← Library‹ 物のかたちのバラッド もう痛くない彼女 3

三崎みさき順子じゅんこから深町ふかまちの自宅じたくに電話でんわがあった。玩具がんぐの残のこりをお渡わたししたい、という用件ようけんだった。新宿しんじゅくまで出でるついでがあるので、その日ひに新宿しんじゅくでお会あい出来できれば、と順子じゅんこは言いった。

「大おおきな荷物にもつになるでしょう」

「それほどでもありません」

「僕ぼくがうかがいますよ」

「用事ようじがありますので、それと併あわせて、と思おもいました。絵えの資料しりょうですから、気きになっておりました」

「ラフ・スケッチは出来できてます」

「そうなのですか。こんなに早はやくに。ではぜひとも、そのことも併あわせまして」

伊勢丹いせたんに用ようがあり、その正面しょうめん入口いりぐちならわかりやすくていい、と順子じゅんこは言いった。だからそこで待まち合あわせることにした。ふたりは時間じかんをきめた。

その日ひ、時間じかんどおりにそこへいくと、三崎みさき順子じゅんこはすでに来きていた。先日せんじつとおなじ包装ほうそう紙しでくるみ、紐ひもをかけた荷物にもつが彼女かのじょのかたわらにあった。先日せんじつよりもサイズは大おおきいように思おもえた。

「これで全部ぜんぶなの」

荷物にもつを指ゆびさして彼女かのじょは言いった。

「伝票でんぴょうを起おこしたわけではないので、返却へんきゃくは必要ひつようないと思おもうのよ。いただいときなさいよ」

「それもいいね。自宅じたくにあるのは、すべて詳くわしく観察かんさつしました。良よく出来できた玩具おもちゃですね」

待まち合あわせの時間じかんは夕食ゆうしょくの時間じかんでもあった。伊勢丹いせたんで用事ようじを済すませたら中村なかむら屋やでチキン・カレーを食たべたい、と彼女かのじょは言いった。

「一いち度どだけ食たべたことがあるの。とってもおいしくて、また食たべたいと思おもっていて、なかなか機会きかいがなくて。今日きょうは食たべたいわ」

「ではチキン・カレーを食たべましょう」

「ここの呉服ごふく売うり場ばに用ようがあるの。母ははに頼たのまれた帯留おびどめを買かうのよ。それだけ。つきあって。それともここで待まっててくださる?」

深町ふかまちはつきあうことにした。荷物にもつを持もち、彼女かのじょのかたわらを歩あるいた。エスカレーターで上あがっていくのが好すきだと彼女かのじょは言いい、呉服ごふく売うり場ばまでエスカレーターを乗のり継ついだ。売うり場ばの中年ちゅうねんの店員てんいんとのやりとりを、深町ふかまちは聞きくともなく聞きいて過すごした。彼女かのじょの母親ははおやが使つかう帯留おびどめではなく、親戚しんせきの人ひとへの贈おくり物ものであり、どのような帯留おびどめなのか母親ははおやが細こまかく指定していしたようだ。店員てんいんとの気きさくなやりとりは要領ようりょうが良よく、無理むりなく積つみ重かさなっていく論理ろんりは的確てきかくな結論けつろんを引ひき出だした。彼女かのじょは帯留おびどめを買かうことが出来できた。支払しはらいをして包装ほうそうしてもらい、店員てんいんは彼女かのじょと深町ふかまちをエスカレーターまで送おくった。

伊勢丹いせたんを出でて中村なかむら屋やへと向むかった。そしてそこのレストランでチキン・カレーを食たべた。その席せきで彼かれはラフ・スケッチを見みせた。その出来できばえに順子じゅんこは感嘆かんたんしていた。

中村なかむら屋やを出でて深町ふかまちは順子じゅんこをミロンガへ誘さそってみた。順子じゅんこは熱意ねついを示しめした。

「いってみたいわ。どんなところかしら。新宿しんじゅくのバーなんて、初はじめてよ」

ミロンガまでふたりは歩あるいた。彼女かのじょと肩かたをならべて歩あるくときの、自分じぶんの歩調ほちょうとの一致いっちのなかに、知しり合あってからこれでまだ二に度どである彼女かのじょという人ひとの、奥行おくゆきのようなものを彼かれは感かんじた。ミロンガには男おとこの先客せんきゃくがふたりいた。ひとりは小説しょうせつ雑誌ざっしの加納かのうという編集へんしゅう者しゃ、そしてもうひとりは、加納かのうとおなじ世界せかいで仕事しごとをしている飲のみ仲間なかまだった。

深町ふかまちは順子じゅんこを加納かのうに紹介しょうかいした。あの玩具がんぐ製作せいさく会社かいしゃの副ふく社長しゃちょうとして活躍かつやくしている人ひとが、加納かのうの昔むかしからの親したしい知しり合あいだという。アメリカ向むけのクリスマスのカタログの仕事しごとは、加納かのうから副ふく社長しゃちょうを経由けいゆして、深町ふかまちに依頼いらいされたものだった。

「そうか、こんなきれいな人ひとが担当たんとうなのか。それでもうおふたりはデートかい」

「今日きょうはラフ・スケッチをいただきましたの」

「何なん度どでも描えがいてもらうといいよ。そのたびにデートしてさ。カレー・ライスくらいおごってくれるよ」

加納かのうのその言葉ことばに順子じゅんこは声こえをあげて笑わらった。華はなやいだ明あかるい笑わらいかたにはくっきりとした輪郭りんかくがあり、その輪郭りんかくは彼女かのじょの性格せいかくであると同時どうじに、無理むりなく身みについている人ひとあしらいの巧たくみさでもあった。

「私わたくしたち、中村なかむら屋やでカレー・ライスを食たべて来きたのです」

「きみは彼女かのじょにおごってあげたか」

加納かのうが深町ふかまちに言いった。

「僕ぼくが支払しはらいました」

「よし、よし」

「そうだ、加納かのうさんに見みせるものがあるのです」

深町ふかまちは鞄かばんを開ひらき、なかからスケッチ・ブックを取とり出だした。この鞄かばんのなかにこれはいつでもかならず入いれてあった。スケッチ・ブックを開ひらき、はさんであった絵えを取とり出だし、深町ふかまちはそれを加納かのうに差さし出だした。受うけ取とった加納かのうはそれを見みた。そして、

「あー」

と、語尾ごびを長ながく引ひっぱった。

「あー。これはいい。これは、素晴すばらしい」

「江利子えりこさんの花はな模様もようのシャツです」

「うーむ。四よん月がつのとても暑あつい日ひ、この店みせの中野なかの江利子えりこはこのシャツを着きてここにいた。ほら」

その絵えを加納かのうはカウンターのなかの江利子えりこに見みせた。

「あのシャツだわ。しかも、シャツの下したにあるのは、まさにこの私わたくしの体からだなのね」

「透視とうしが出来できてしまうからね、すぐれた画家がかという種類しゅるいの人ひとには。ちょうどこの位置いちだよ。正面しょうめんのちょっと左ひだりにずれたところに江利子えりこがいて、ほら、うしろの棚たなにジョニ黒くろの瓶びんがある」

加納かのうの言いうとおり、この店みせのカウンターのなか、いま江利子えりこが立たっている位置いちに、四よん月がつのある日ひ、花はな模様もようのシャツを着きて、おなじ江利子えりこが立たっていた。カウンターとその上うえに置おいた彼女かのじょの右腕みぎうで、そして花はな模様もようのシャツの胴どうから胸むね、そして肩かたにいたるまでが、深町ふかまちの描えがいた絵えのなかにあった。シャツの花はな模様もように、美うつくしくはかなく、彩色さいしきがほどこしてあった。

「自分じぶんで見みると、よけいに自分じぶんの体からだを感かんじるわね。このシャツを着きている、この自分じぶんの体からだ」

「美人びじんの体からだが持もつ、秘密ひみつの量感りょうかんというか奥行おくゆきと呼よぶべきか、そういうものを確たしかに感かんじるね。目めで絵えを見みているだけなのに、体からだを接せっし合あわせて感かんじ取とっているような」

そう言いってかたわらの飲のみ仲間なかまにその絵えを見みせた加納かのうは、いきさつを説明せつめいした。

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