← Library‹ 少女時代 いなくなりたい 10

上野うえの駅えきまで母親ははおやはホミを送おくった。ホミはディ・パックを背中せなかにかつぎ、小こぶりなボストン・バッグを片手かたてに下さげていた。特急とっきゅうの発車はっしゃ番線ばんせんに入はいってグリーン車しゃの前まえで待まっていると、トキとその父親ちちおやがほどなくあらわれた。ホミの母親ははおやとトキの父親ちちおやは、ともに大人おとなの定型ていけい的てきな挨拶あいさつを交かわした。軽井沢かるいざわの別荘べっそうに娘むすめを一いち週間しゅうかんにわたって同居どうきょさせてもらうことに関かんして、ホミの母親ははおやは何なん度ども礼れいを述のべた。

次つぎの日ひにホミの母親ははおやは成田なりた空港くうこうからヨーロッパへ飛とび立たった。そしてホミは、予定よていどおり、トキとその姉あね、そして両親りょうしんたちとともに、軽井沢かるいざわで一いち週間しゅうかんを過すごした。たいへんに楽たのしかった。ホミは別荘べっそうおよびその周辺しゅうへんによくなじんだ。別荘べっそうのなかでの生活せいかつにも、ホミはたちどころに適応てきおうした。どんな場所ばしょにでもすぐになじめて、そこを以前いぜんからの自分じぶんの居い場所ばしょのようにする能力のうりょくを、ホミは幼おさない頃ころから発揮はっきしていた。

朝あさ起おきてから夜よる寝ねるまでのあいだの、日常にちじょうのこまごましたことをすべて喜よろこんで引ひき受うけ、そのどれをも丁寧ていねいにこなして自分じぶんのルーティーンにしてしまうと、彼女かのじょはどこにでもすぐになじむことが出来できた。なじんでしまうと、そこは以前いぜんからずっと自分じぶんの居い場所ばしょだったのだと、ホミは信しんじることが出来できた。

一いち週間しゅうかんもあれば、トキたちと過すごした軽井沢かるいざわの別荘べっそうは、完全かんぜんにホミの場所ばしょとなった。充分じゅうぶんになじんですぐに、そこを去さるときの不思議ふしぎな感触かんしょくも、ホミは楽たのしんだ。ひょっとしたら自分じぶんはもう二に度どとここへは来こないかもしれないと思おもいつつ、なじんで自分じぶんの場所ばしょとなったその別荘べっそうをあとにするとき、そこに滞在たいざいしていた自分じぶんと、そこを去さっていく自分じぶんとが完全かんぜんに対等たいとうに相殺そうさいされ、したがってどちらも消きえてしまうような錯覚さっかくを、彼女かのじょは楽たのしむことが出来できた。

特急とっきゅうで上野うえのまでいき、そこからいったん自宅じたくへ戻もどる予定よていだった。その予定よていのとおりにホミは行動こうどうした。駅えきまでトキと彼女かのじょの父親ちちおやに車くるまで送おくってもらい、切符きっぷを買かってあった午後ごごの特急とっきゅうにホミは乗のった。

上野うえのから東京とうきょう駅えきへ、そして東京とうきょう駅えきから中央ちゅうおう線せんで新宿しんじゅくへ。新宿しんじゅくから私鉄してつの急行きゅうこうに乗のったホミは、降おりるべき駅えきのひとつ先さきで降おりた。急行きゅうこうは彼女かのじょの駅えきには停車ていしゃしないのだ。彼女かのじょは図書としょ館かんへいった。

軽井沢かるいざわへも持もっていった勉強べんきょうをさらに進すすめ、そのあと本ほんを借かりて読よんだ。閉館へいかんの六ろく時じまで図書としょ館かんで過すごし、好このみの店みせを何なん軒けんか見みて歩あるいてから、ひとりで食事しょくじをした。駅えきへいき、上のぼりの各駅かくえき停車ていしゃに乗のり、いつもの駅えきで彼女かのじょは降おりた。

自宅じたくまで歩あるいた。低ひくい門もんを開ひらいて敷地しきちに入はいり、玄関げんかんのドアの前まえに彼女かのじょが立たったとき、ちょうど午後ごご七しち時じだった。夕方ゆうがたが始はじまっていたが、外そとはまだ充分じゅうぶんに明あかるかった。

キーをふたつ使つかってホミは玄関げんかんのドアを開ひらいた。静しずかになかに入はいり、彼女かのじょは丁寧ていねいにドアを閉とじた。手てに下さげていたボストン・バッグを玄関げんかんに置おき、そのかたわらに背中せなかからディ・パックを降おろした。そして彼女かのじょは靴くつを脱ぬいだ。絨毯じゅうたんの敷しいてある廊下ろうかへ上あがった。

廊下ろうかの奥おくにむかって立たち、ホミは家いえのなかの気配けはいを全身ぜんしんで感かんじ取とった。彼女かのじょが軽井沢かるいざわへいった次つぎの日ひに、母親ははおやはヨーロッパにむけて出発しゅっぱつしていた。だから今日きょうで六むい日間かかん、この家いえは人ひとのいない留守るすの状態じょうたいが続つづいていた。現在げんざいの無人むじんの気配けはい、そして六ろく日間にちかんにわたってそのなかで人ひとが動うごいたことのない状態じょうたいが空気くうきのなかに作つくり出だす、空あき家やのようなあるいは博物はくぶつ館かんのような感触かんしょくを、ホミは全身ぜんしんで確認かくにんした。

人ひとがいなくても、そしてすべての窓まどが閉とじてあっても、空気くうきそのものは常つねに入いれ替かわっていたようだ。ホミが想像そうぞうしていたような、真夏まなつの暑あつい空気くうきが家いえのなかにじっと澱よどんでいる状態じょうたいは、まったくと言いっていいほどに感かんじなかった。この家いえはヴェンティレーションに工夫くふうがしてあり、外そととの空気くうきの流通りゅうつうがとてもいいのだと、彼女かのじょの父親ちちおやはいつも自慢じまんしていた。父親ちちおやが自慢じまんするとおりなのだと、彼女かのじょははじめて実感じっかんをともなって納得なっとくした。

六むい日間かかんにわたって誰だれもいず、したがってなにも動うごかずに静止せいししたままであった家いえのなかにむけて、ホミはゆっくりと歩あるいていった。自分じぶん好このみの期待きたい感かんが高たかまるにつれて、心臓しんぞうの鼓動こどうが早はやくなっていくのを、左ひだりの肋骨あばらぼねの内部ないぶにホミは自覚じかくした。

かつて遠とおい昔むかし、自分じぶんはこの家いえに住すんでいたことがあるのだ、と思おもいながら彼女かのじょは間取まどりの奥おくへむかった。何十なんじゅう年ねん、さらには何百なんびゃく年ねん、あるいは年としの単位たんいでは数かぞえきれないほどに遙はるか遠とおい昔むかし。いまここにいるのは、その遠とおい昔むかしの現場げんばへ、時間じかんのトンネルをさかのぼってくぐり抜ぬけ、一時いちじ的てきに帰還きかんしている自分じぶんだ。

ここは、遠とおい昔むかし、自分じぶんが置おき去ざりにした抜ぬけ殻がらだ。かつてここに住すんでいた自分じぶんの家いえ、そしてその家いえのなかで使つかっていた物ものなどが、なぜか昔むかしのままに現在げんざいも保存ほぞんされている。いまは完全かんぜんに異ことなった時間じかんの世界せかいにいる自分じぶんは、かつての時間じかんが虚空こくうへ消きえ去さり、各種かくしゅの物体ぶったいだけが残のこっているこの場所ばしょへ、来訪らいほう者しゃとして確認かくにんに来きている。廊下ろうかを奥おくにむけて四よん歩ほ、五ご歩ほと歩あるいていくあいだに、ホミは自分じぶんを完璧かんぺきにそのような自分じぶんに変かえてしまった。

キチンから始はじめて一いち階かいにある間取まどりのなかすべてを、ホミは静しずかに観察かんさつしてまわった。なににも手てを触ふれることなく、そして音おとを立たてないように歩あるいては、視覚しかくだけによる観察かんさつを彼女かのじょはおこなった。

見みるもののひとつひとつが、遙はるかな時間じかんの彼方かなたから懐なつかしい感情かんじょうをつまみ出だし、たぐり出だした。自分じぶんの記憶きおくのなかというよりも、とっくの昔むかしに宇宙うちゅうの果はてにむけて消きえ去さった時間じかんの底そこから、その懐なつかしさは蘇よみがえって来くるもののように、ホミは感かんじた。そうだ、かつてここにはこんなものがあった。あ、これは見覚みおぼえがある。あの頃ころの自分じぶんは、確たしかにこれを使つかっていた。これは父親ちちおやのものだ。そしてこれは、母親ははおやの愛用あいよう品ひんだ。

そう言いえばあの両親りょうしんたちは、遠とおい昔むかしの時間じかんの分岐ぶんき点てんで別わかれたきりだが、いまはどこでどうしているのだろう。時間じかんの彼方かなたで胸むねをじんわりと絞しぼり上あげられるような、ほのかなせつない気持きもちをホミは楽たのしんだ。両親りょうしんという奇妙きみょうなものを仲介ちゅうかいして感かんじ取とる遠とおい昔むかしの自分じぶんが、その楽たのしみの出発しゅっぱつ点てんだった。

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