← Library‹ 夏と少年の短篇 永遠に失われた

昨日きのうの土曜どよう日ひは福島ふくしま邦子くにこの誕生たんじょう日ひだった。彼女かのじょは十じゅう七なな歳さいになった。学校がっこうの友人ゆうじんたちがパーティを開ひらいてくれた。誕生たんじょう日ひのパーティを、彼女かのじょたちはもちまわりでおこなっていた。邦子くにこのパーティは、明美あけみという友人ゆうじんの家いえでおこなわれた。

六、七ろくしち人にんも来くれば盛況せいきょうだろう、と邦子くにこは思おもっていた。もっとも多おおく集あつまった時間じかんには、参加さんか者しゃは十じゅう八はち人にんにもなった。邦子くにこは、すくなからず驚おどろいた。「邦子くにこちゃんは、やっぱり、人ひとに好すかれるのよ」と、明美あけみの母親ははおやは感心かんしんしたように言いっていた。自分じぶんでは、邦子くにこは、目立めだつところのまるでない、おとなしくて地味じみな、しかも十じゅう七なな歳さいという現実げんじつの年齢ねんれいよりもはるかに大人おとなに見みえてしまう、ごく普通ふつうの女性じょせいだと、自分じぶんのことをとらえていた。

パーティは夜よるの十じゅう時じまで続つづいた。邦子くにこは最後さいごまでいた。パーティがたけなわの頃ころ、明美あけみの父親ちちおやがワインを持もって、席せきへ割わりこんできた。すでに晩酌ばんしゃくを終おえたその父親ちちおやはご機嫌きげんであり、邦子くにこたちにワインを勧すすめた。邦子くにこは、ワイン・グラスに二に杯はい、飲のんだ。

酔ようかな、と思おもったのだが、すこし心臓しんぞうの鼓動こどうが早はやくなっただけであり、それ以外いがいにはなんともなかった。「いける口くちだね」と、明美あけみの父親ちちおやはよろこんでいた。「ほんのりと赤あかくなったところなんか、色いろっぽいだろうなあ。みんなのまえで言いってしまうけど、邦子くにこさん、美人びじんだねえ」と明美あけみの父親ちちおやが言いうのを、邦子くにこは真剣しんけんな顔かおで手てを振ふって否定ひていした。自分じぶんのことを、邦子くにこは、美人びじんだとは絶対ぜったいに思おもっていなかった。

そして、今日きょうは日曜にちよう日ひだ。いつもより一いち時間じかん遅おそく、邦子くにこは目めを覚さました。母親ははおやといっしょに朝食ちょうしょくを食たべた。「急きゅうに寒さむくなったわねえ」と、母親ははおやの寿美子すみこは言いっていた。彼女かのじょの言いうとおりだった。まだ寒さむさを感かんじるほどの季節きせつではないのだが、秋あきは急速きゅうそくに深ふかまりつつあった。いつもより一いち時間じかんだけの朝あさ寝坊ねぼうで邦子くにこが目めを覚さましたのは、Tシャツで眠ねむっていて寒さむさを覚おぼえたからでもあった。

部屋へやのかたづけをしようと思おもい、邦子くにこは午前ごぜん中ちゅうずっと、二に階かいの自分じぶんの部屋へやにいた。本棚ほんだなをととのえ終おわり、いらない本ほんを一いち階かいの納戸なんどのなかにとりあえず移うつし、次つぎにデスクの引ひき出だしのなかの整理せいりにとりかかった。

いろんなものがたくさん、無む秩序ちつじょに入はいっていた。ひとつずつ見みては、捨すてるか取とっておくか判断はんだんしていくと、時間じかんがかかった。それに、捨すてるか取とっておくか判断はんだんするための基準きじゅんを、小ちいさなものでもひとつずつそのたびに考かんがえなければならなかった。やがて邦子くにこは、妙みょうに疲つかれた。

デスクにむかって椅子いすにすわり、邦子くにこはぼうっとしてしばらく過すごした。思おもったとおりやはり今日きょうは不調ふちょうだ、と彼女かのじょは判断はんだんした。十じゅう七なな歳さいの誕生たんじょう日ひをむかえてしまうと、しばらくのあいだ気持きもちは沈しずんだままになるのではないか、と邦子くにこは思おもっていた。そのとおりになりそうな気配けはいが、確実かくじつにあった。

昨日きのうが十じゅう七なな歳さいの誕生たんじょう日ひだった。自分じぶんが十じゅう七なな歳さいでいる期間きかんが、すでに一日ついたち、経過けいかしてしまった。その一日ついたちはどこかへ消きえて、もはや取とりもどすことは絶対ぜったいに不ふ可能かのうだった。今日きょうは十じゅう七なな歳さいになって二ふた日かめだ。その二ふた日かめも、半分はんぶんが過すぎ去さった。

十じゅう七なな歳さいになるということは、自分じぶんが十じゅう七なな歳さいでいる期間きかんが一日ついたちずつ確実かくじつに減へっていくことであった。福島ふくしま邦子くにこは、十じゅう七なな歳さいになりたくなかった。いつまでも十じゅう七なな歳さいでいられるなら、十じゅう七なな歳さいになるのはいっこうにかまわないのだが、いったんなってしまうと、一いち日にちずつ確実かくじつに十じゅう七なな歳さいの期間きかんは減へっていく。そして、来年らいねんの昨日きのう、自分じぶんは十じゅう八はち歳さいとなる。

十じゅう七なな歳さいまでなら、自分じぶんはこれまでどおりの自分じぶんだ。しかし、十じゅう七なな歳さいを終おわってしまうと、自分じぶんはなにかまったく別べつの存在そんざいになってしまうのではないかと、邦子くにこは理由りゆうなく不安ふあんな気持きもちでいた。これまでの自分じぶんがどこかへいってしまい、そのかわりに、十じゅう八はち歳さい、十じゅう九きゅう歳さいといった、得体えたいの知しれない自分じぶんが出現しゅつげんしてくるのだ。

窓まどの外そとは曇くもっていた。もう何なん日にちも、晴はれた日ひを邦子くにこは見みていなかった。雨あめが降ふるか、あるいは、朝あさから夜よるまでずっと、いまのように灰色はいいろに曇くもっているかのどちらかである日ひが、八はち月がつの下旬げじゅんから続つづいていた。

邦子くにこの気持きもちは確実かくじつに沈しずみ、憂鬱ゆううつになった。自分じぶんが十じゅう七なな歳さいになったことから、そのような気持きもちは発生はっせいしていた。だから、十じゅう七なな歳さいになったことを取とり消けさないかぎり、そのような気持きもちは、たとえ心こころの内部ないぶで後方こうほうへ後退こうたいしたとしても、これからずっと続つづいていくのではないかと、邦子くにこは思おもった。そのことに対処たいしょするための覚悟かくごを、彼女かのじょはきめようとした。

昼食ちゅうしょくを、ごく簡単かんたんに、邦子くにこは食たべた。食卓しょくたくのかたづけをして、ふたたび自分じぶんの部屋へやにあがった。整理せいりすべき引ひき出だしは、大おおきいのがふたつ、そして小ちいさいのが三みつもあった。整理せいりしなければならないのだが、このままにしておくのも一種いっしゅの快感かいかんだった。捨すてるか取とっておくか、ひとつずつ判断はんだんしたりせず、すべて一挙いっきょに捨すててしまえる時ときまで待まち、その時ときにみんな捨すててしまえばもっとも気持きもちがいいのではないか、と邦子くにこは思おもった。

邦子くにこは散歩さんぽに出でることにした。歩あるいてこよう、と彼女かのじょは思おもった。海岸かいがんまでいき、海うみを眺ながめ、潮しおの香かおりのする風かぜを胸むねに入いれてこよう。

歩あるくと自分じぶんの体からだや気持きもちが整ととのうのを、邦子くにこはこれまでの体験たいけんで知しっていた。どこを歩あるいてもそれなりの効果こうかはあるのだが、もっともいいのは海うみを見みながら海岸かいがんあるいは海沿うみぞいの道みちを歩あるくことだった。

下着したぎのほかすべてを、邦子くにこは着替きがえた。白しろいTシャツの上うえに長袖ながそでのシャツを着きて、ブルージーンズをはいた。新品しんぴんのときすでに、ごく淡あわいブルーにまで色いろが落おとしてあり、生地きじははき心地ごこち良よく柔やわらかになった状態じょうたいだった。腰こしから足首あしくびまで、自分じぶんの体からだのかたちに沿そってほどよく包つつみこんでくれるスリムなこのジーンズを、邦子くにこは気きにいっていた。

黒くろいナイロンのウインド・ブレーカーを、邦子くにこはシャツの上うえにはおった。このウインド・ブレーカーも、邦子くにこは気きにいっていた。黒くろを着きると、自分じぶんの顔かおの雰囲気ふんいき、さらには体たいぜんたいがひきしまって見みえるのを、邦子くにこは知しっていた。

十じゅう七なな歳さいになったばかりの邦子くにこは、ほとんどいつも、二十にじゅうをいくつか過すぎた年齢ねんれいに見みえていた。黒くろを着きると、いっそう確実かくじつにそう見みえた。しかし彼女かのじょは、黒くろによって自分じぶんのぜんたいがひきしまって見みえることのほうを、大事だいじに思おもっていた。

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