大人びた雰囲気の、と誰もが言う美少女、十四歳の神崎里里葉は、四階でエレヴェーターを降りた。ホテルのような、と言えば言えなくもない廊下を歩き、自分たちの部屋のドアのまえに立った。チャイムのボタンを一度だけ押した。母親が部屋のなかにいることを、里里葉は期待していなかった。
ヒールの低い皮のサンダルをはいた里里葉は、魚の模様の軽い夏のスラックスに、おなじ模様で対になった袖なしのシャツを着ていた。二、三泊用の旅行鞄を彼女は足もとに置いた。そしてそのかたわらにしゃがみ、鞄のアウトサイド・ポケットからパウチを取り出した。あらゆるものが入っているそのパウチから、彼女は部屋の鍵を探し出した。
立ち上がってドア・ロックにキーを差し込み、ロックを解放した。パウチをわきの下にはさみ、鞄を持ち上げ、彼女はドアを押し開いた。そしてなかに入った。鞄を玄関に置き、サンダルを脱ぎ、彼女は廊下に上がった。部屋のなかの空気は冷房されていた。人の気配はなかった。玄関のフォイアから、左右に廊下がのびていた。その廊下に対して垂直に、奥にむけてもう一本、廊下がまっすぐにあった。その廊下を彼女はパウチだけを持って歩いた。
突き当たりにあるドアの手前、左側のドアを彼女は開いた。彼女が自分のスペースとして使っている、二十畳の広さの部屋だった。隣接して東側に和室があり、この和室が里里葉の寝室だった。奥の壁に寄せて、大小さまざまなクッションがいくつも、すべてを同時に投げ出したように、置いてあった。まっすぐにそこへ歩いた彼女は、フロアにあぐらをかいてすわった。膝のすぐまえに電話機があった。受話器を取った里里葉は、おなじクラスの親友、加藤帆奈美の番号を記憶させてあるボタンを押した。帆奈美はいつもはホミと呼ばれ、里里葉はリリと呼ばれていた。
電話はすぐにつながった。
「ホミ」
と里里葉は言った。そして喋りはじめた。
「帰って来たんだよ。神戸から新幹線で。そして東京の部屋には寄らずに、そのまま電車を乗り換えて、ここへ。いま帰って来たばっかり。恵子さんはいないよ。プール・サイドじゃないかな。今日も晴れてて、暑いから。お昼は新幹線のなかで食べた。メニューを持って来てくれるんだけど、カラーの写真が出てて、どれもみんな茶色なんだよね。だから茶色の昼ごはん。あはははは。恵子さんはプール・サイドで新聞を読んでるよ。いまはもうじき四時でしょう。ふつうなら新聞を読んでる時間だね。新聞を読むのが大好きで、三種類も取ってて、ここにも宅配してもらってるんだよ。それに英字新聞も。なぜだか英語ができるんだよ、恵子さんは。日本の新聞社の英字新聞ではなくて、外国のなんとかという新聞の、インタナショナル・エディションとか言うやつ。隅から隅まで、じっくり読むんだよね。最後に見るのが将棋のとこ。将棋が強いんだよ。三十分くらいじーっと見てて、そうか、といきなり言って、六、八の銀か、なんて言うの。すこしだけ気味悪いよ。どこで見つけたのか知らないけれど、ものすごく良く似合う水着を着て、水着のまま一日じゅういるんだよ。上品で可愛いくて、落ち着いていて華やかで、色気もほどよくあって、大人っぽくてなおかつ、若い雰囲気の水着。絶対にそのへんで買った水着ではないんだろうけど、どこで買ったのか娘の私にも教えてくれないんだよ。体が大きいし、恵子さんは世のなかのいろんなことに関して、私そんなこと知りません、というような態度だから、水着はよく似合ってるよ。恵子さんの身長? 一七〇センチ。体がでかいと、いいよ。身のこなしに余裕があって。なんでも構わないわよ、どんと来なさい、という雰囲気で。和服を着るとすごいよ。着やせして、すっごく美人で、こりゃ何者じゃ、と娘の私だって思うからね」
帆奈美を相手に喋りながら、里里葉は背後の壁に寄せて大きなクッションを積み重ねた。そしてそれにむけて、あぐらをかいた体を後退させていった。彼女はゆったりとクッションに上体を預けた。受話器を左手に持ちかえた。