← Library‹ 夏と少年の短篇 あの雲を追跡する 2

二ふた日か後ごも、まったく変化へんかのない、すさまじい照てりかたの真夏まなつの日ひだった。待まち合あわせの時間じかんどおりに、裕一ゆういちは駅えきへいった。特急とっきゅうの時間じかんを確認かくにんした。彼かれが記憶きおくしていたとおり、次つぎの特急とっきゅうは十じゅう時じ八はち分ふんだった。

五ご分ふんまえに、西野にしの亜紀子あきこがあらわれた。切符きっぷを買かい、むこう側がわのホームへ渡わたり、定刻ていこくに駅えきへ入はいってきた特急とっきゅうに、ふたりは乗のった。

特急とっきゅうは空あいていた。自由じゆう席せきの車輛しゃりょうですら、がら空あきだった。

「どうしてかしら」

亜紀子あきこが不思議ふしぎがっていた。

「お盆ぼんのまえの静しずけさだよ」

裕一ゆういちが答こたえた。

「きっとね」

いろんな話はなしをしていると、一いち時間じかんはすぐに過すぎ去さった。残のこりの一いち時間じかんは学校がっこうの話はなしをして過すごした。小しょう学校がっこうの頃ころからはじまって、これまでにいったい何なん度ど転校てんこうしたか、自分じぶんでも数かぞえきれないという亜紀子あきこは、その間あいだに体験たいけんした面白おもしろい話はなしを、いくつも持もっていた。

特急とっきゅうを降おり、海岸かいがんまで駅前えきまえからバスに乗のった。まっすぐいけば駅えきから十じゅう分ふんとかからないのだが、ショッピング・センターを経由けいゆするため、二十にじゅう分ふん近ちかくかかった。

砂丘さきゅうの土手どてのむこう側がわに、長ながく続つづく白しろい砂すなの海岸かいがんがあった。土手どてには海うみの家いえがびっしりとならんでいた。建物たてもののあいだの細ほそい通路つうろを抜ぬけてはじめて、海岸かいがんを見渡みわたすことができた。海うみの家いえはどれもみな盛業せいぎょう中ちゅうであり、海岸かいがんの人出ひとでは亜紀子あきこや裕一ゆういちの気持きもちを浮うき立たたすのにちょうどよかった。

海岸かいがんの店みせで昼食ちゅうしょくを食たべ、海うみのなかで遊あそび、砂すなの上うえでも遊あそんだ。濡ぬれた砂すなで子供こどものように城しろを作つくったし、トラックのタイヤ・チューブを利用りようした太ふとい浮うき輪わも、ふたりは楽たのしんだ。ゴム・ボートも借かりて乗のった。沖おきにある飛とびこみ台だいまでいき、そこで飛とびこみも楽たのしんだ。ビーチ・ボールでも遊あそんだ。

午後ごごの時間じかんがゆったりと経過けいかしていき、海うみの家いえのござの上うえで、ふたりは昼寝ひるねまでした。目覚めざめて西瓜すいかを食たべ、ひと泳およぎし、そのあと長ながい海岸かいがんを端はしから端はしまで、波なみのなかを歩あるいた。太腿ふともものなかばから腰こしのあたりまで海うみにつかり、膝ひざを高たかく上あげ、両手りょうてで水みずをかきわけながら、歩あるいていった。

午後ごごが、ようやく終おわった。パラソルや人ひとの影かげが、砂すなの上うえに長ながくなった。深ふかい角度かくどで射さしてくる陽ひざしは、西にしから届とどいてくる色いろの濃こい陽ひざしだった。その西陽にしびをうしろから受うけながら、ふたりは波打なみうちぎわを海岸かいがんの中央ちゅうおうあたりにむけて歩あるいた。ふたりの影かげが前方ぜんぽうへ長ながくのびていた。

人ひとの数かずが少すくなくなりはじめていた。海うみを渡わたって、風かぜが吹ふいて来きた。一いち日にちじゅう強つよい陽ひに照てらされ、ふたりは心地ここちよいほてりを体からだの内部ないぶに自覚じかくしていた。そのほてりに、海うみからの風かぜは快適かいてきだった。

「夜よるになると、人ひとはいなくなるでしょうね」

腰こしまで波なみにつかって、亜紀子あきこは砂丘さきゅうを見渡みわたしてそう言いった。

「みんな帰かえっていくよ」

「ずっと、ここにいたいわ。海うみの家いえの人ひとたちは、どうするのかしら」

「店みせを閉とじて引ひき上あげるだろう」

「そうね」

「誰だれもいなくなるよ」

「それが私わたくしの夢ゆめだったの」

気持きもちをこめてそう言いい、亜紀子あきこは裕一ゆういちにむきなおった。

「一いち日にちずっと海岸かいがんにいて、夕方ゆうがたになって人ひとが少すくなくなり、夜よるが来きてほとんど人ひとがいなくなって、海うみの家いえは閉とじて明あかりが消きえ、ついには自分じぶんだけになった海岸かいがんに、自分じぶんだけはまだいるの」

「夢ゆめ?」

「そうよ。一いち度どでいいから、それをしてみたかったの。一日ついたちずっと海岸かいがんにいて、夜よるになって人ひとがいなくなってもまだそこにいて、海岸かいがんで眠ねむって夜よるを明あかすの。そして朝あさ、誰だれもいない海岸かいがんで、目めを覚さますの」

「やってみようか」

「ほんと?」

と、亜紀子あきこはきいた。

「やってみよう」

「ほんとに?」

「ほんとだよ」

「つきあってくれるの?」

「僕ぼくがいると、ふたりになるけど」

「これで、夢ゆめがかなうわ」

明日あすまでここにいることにきまると、気持きもちに余裕よゆうが生うまれた。そのせいだろう、時間じかんの経過けいかは、すくなくともふたりにとっては、倍ばい以上いじょうにゆるやかとなった。

夕食ゆうしょくを食たべる店みせを、ふたりは海岸かいがんで物色ぶっしょくして歩あるいた。もっともこぎれいな店みせのテラスのテーブルで、西陽にしびと海うみからの風かぜを受うけとめつつ、ふたりは早はやめの夕食ゆうしょくをとった。

ロッカーを借かりた海うみの家いえへ引ひきかえし、熱あついシャワーを浴あびて体からだと髪かみを洗あらった。服ふくを着きて、ふたりはふたたび海岸かいがんへ出でてきた。砂丘さきゅうに寝ねそべって時間じかんを過すごし、海うみにむけて細ほそく突つき出でている半島はんとうのむこうへ陽ひが沈しずむのを、ふたりは見守みまもった。

ゆっくりと、万全ばんぜんを期きすかのように、夕方ゆうがたがやってきた。そして、何なん度どか蚊かに刺さされているうちに、夜よるになった。星ほしがいくつも見みえはじめた。ほどなく、月つきも出でてきた。

海岸かいがんを、ふたりは歩あるいた。遅おそくまで開ひらいている海うみの家いえが何なん軒けんかあり、そのうちのひとつで、亜紀子あきこは熱あつい紅茶こうちゃを飲のんだ。そしてその店みせの洗面せんめん室しつで、歯はをみがいた。

夜よるの十じゅう時じを過すぎると、海岸かいがんには人ひとがいなくなった。海うみの家いえの明あかりがすべて消きえた。海うみからの風かぜには、潮しおの香かおりが濃こくなっていた。夜よるの空そらが海うみの上うえいっぱいに広ひろがり、星ほしがどれもみなくっきりと鮮明せんめいだった。波なみの音おとが重おもく聞きこえた。

砂丘さきゅうの頂上ちょうじょうの平たいらな部分ぶぶんに体からだを横よこたえていると、ふたりはすぐに眠ねむくなった。増ふえていく星ほしの数かずを知覚ちかくしつつ、どの星ほしも夜よるの深ふかまりによって洗あらわれ、輝かがやきがいっそう鋭するどくなっていくのを見守みまもるうちに、ふたりとも眠ねむりへのゆるやかな坂さかを、滑なめらかに滑すべり落おちていった。そしてそれっきり、朝あさまで目めを覚さまさなかった。

朝あさ、八はち時じまえに、裕一ゆういちは目めを覚さました。海岸かいがんにはまだ陽ひが当あたっていなかった。海うみのむこうには、陽ひが降ふり注そそいでいた。空そらはまっ青さおだった。今日きょうも暑あつくなる、と裕一ゆういちは思おもった。

砂すなの上うえに体からだを起おこすと、砂丘さきゅうのスロープの途中とちゅうに立たっている亜紀子あきこが、彼かれの視線しせんのなかに入はいった。裕一ゆういちに気きづいて、亜紀子あきこは笑顔えがおになった。うしろからの風かぜに髪かみがあおられ、前まえへまわってきた髪かみで彼女かのじょの顔かおがかくれた。

空そらを仰あおいでその髪かみをやり過すごした亜紀子あきこは、

「おはよう」

と、すっきりした声こえで言いった。

「よく寝ねてたわ。足あしにいくら砂すなをかけても、あなたは目めを覚さまさないのよ」

砂すなのスロープを、亜紀子あきこは上あがってきた。すわっている裕一ゆういちのまえに膝ひざをつき、亜紀子あきこは片手かたてで砂すなをすくった。その砂すなを、少すこしずつ、彼女かのじょは落おとした。

蚊かに刺さされたあとを、裕一ゆういちはかいた。頭あたまを両手りょうてで撫なでまわし、裕一ゆういちは短みじかい髪かみについた砂すなを落おとした。立たち上あがり、胸むねを反そらせて深ふかく呼吸こきゅうした。

「気持きもちいいわ」

「最高さいこうよ」

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