二日後も、まったく変化のない、すさまじい照りかたの真夏の日だった。待ち合わせの時間どおりに、裕一は駅へいった。特急の時間を確認した。彼が記憶していたとおり、次の特急は十時八分だった。
五分まえに、西野亜紀子があらわれた。切符を買い、むこう側のホームへ渡り、定刻に駅へ入ってきた特急に、ふたりは乗った。
特急は空いていた。自由席の車輛ですら、がら空きだった。
「どうしてかしら」
亜紀子が不思議がっていた。
「お盆のまえの静けさだよ」
裕一が答えた。
「きっとね」
いろんな話をしていると、一時間はすぐに過ぎ去った。残りの一時間は学校の話をして過ごした。小学校の頃からはじまって、これまでにいったい何度転校したか、自分でも数えきれないという亜紀子は、その間に体験した面白い話を、いくつも持っていた。
特急を降り、海岸まで駅前からバスに乗った。まっすぐいけば駅から十分とかからないのだが、ショッピング・センターを経由するため、二十分近くかかった。
砂丘の土手のむこう側に、長く続く白い砂の海岸があった。土手には海の家がびっしりとならんでいた。建物のあいだの細い通路を抜けてはじめて、海岸を見渡すことができた。海の家はどれもみな盛業中であり、海岸の人出は亜紀子や裕一の気持ちを浮き立たすのにちょうどよかった。
海岸の店で昼食を食べ、海のなかで遊び、砂の上でも遊んだ。濡れた砂で子供のように城を作ったし、トラックのタイヤ・チューブを利用した太い浮き輪も、ふたりは楽しんだ。ゴム・ボートも借りて乗った。沖にある飛びこみ台までいき、そこで飛びこみも楽しんだ。ビーチ・ボールでも遊んだ。
午後の時間がゆったりと経過していき、海の家のござの上で、ふたりは昼寝までした。目覚めて西瓜を食べ、ひと泳ぎし、そのあと長い海岸を端から端まで、波のなかを歩いた。太腿のなかばから腰のあたりまで海につかり、膝を高く上げ、両手で水をかきわけながら、歩いていった。
午後が、ようやく終わった。パラソルや人の影が、砂の上に長くなった。深い角度で射してくる陽ざしは、西から届いてくる色の濃い陽ざしだった。その西陽をうしろから受けながら、ふたりは波打ちぎわを海岸の中央あたりにむけて歩いた。ふたりの影が前方へ長くのびていた。
人の数が少なくなりはじめていた。海を渡って、風が吹いて来た。一日じゅう強い陽に照らされ、ふたりは心地よいほてりを体の内部に自覚していた。そのほてりに、海からの風は快適だった。
「夜になると、人はいなくなるでしょうね」
腰まで波につかって、亜紀子は砂丘を見渡してそう言った。
「みんな帰っていくよ」
「ずっと、ここにいたいわ。海の家の人たちは、どうするのかしら」
「店を閉じて引き上げるだろう」
「そうね」
「誰もいなくなるよ」
「それが私の夢だったの」
気持ちをこめてそう言い、亜紀子は裕一にむきなおった。
「一日ずっと海岸にいて、夕方になって人が少なくなり、夜が来てほとんど人がいなくなって、海の家は閉じて明かりが消え、ついには自分だけになった海岸に、自分だけはまだいるの」
「夢?」
「そうよ。一度でいいから、それをしてみたかったの。一日ずっと海岸にいて、夜になって人がいなくなってもまだそこにいて、海岸で眠って夜を明かすの。そして朝、誰もいない海岸で、目を覚ますの」
「やってみようか」
「ほんと?」
と、亜紀子はきいた。
「やってみよう」
「ほんとに?」
「ほんとだよ」
「つきあってくれるの?」
「僕がいると、ふたりになるけど」
「これで、夢がかなうわ」
明日までここにいることにきまると、気持ちに余裕が生まれた。そのせいだろう、時間の経過は、すくなくともふたりにとっては、倍以上にゆるやかとなった。
夕食を食べる店を、ふたりは海岸で物色して歩いた。もっともこぎれいな店のテラスのテーブルで、西陽と海からの風を受けとめつつ、ふたりは早めの夕食をとった。
ロッカーを借りた海の家へ引きかえし、熱いシャワーを浴びて体と髪を洗った。服を着て、ふたりはふたたび海岸へ出てきた。砂丘に寝そべって時間を過ごし、海にむけて細く突き出ている半島のむこうへ陽が沈むのを、ふたりは見守った。
ゆっくりと、万全を期すかのように、夕方がやってきた。そして、何度か蚊に刺されているうちに、夜になった。星がいくつも見えはじめた。ほどなく、月も出てきた。
海岸を、ふたりは歩いた。遅くまで開いている海の家が何軒かあり、そのうちのひとつで、亜紀子は熱い紅茶を飲んだ。そしてその店の洗面室で、歯をみがいた。
夜の十時を過ぎると、海岸には人がいなくなった。海の家の明かりがすべて消えた。海からの風には、潮の香りが濃くなっていた。夜の空が海の上いっぱいに広がり、星がどれもみなくっきりと鮮明だった。波の音が重く聞こえた。
砂丘の頂上の平らな部分に体を横たえていると、ふたりはすぐに眠くなった。増えていく星の数を知覚しつつ、どの星も夜の深まりによって洗われ、輝きがいっそう鋭くなっていくのを見守るうちに、ふたりとも眠りへのゆるやかな坂を、滑らかに滑り落ちていった。そしてそれっきり、朝まで目を覚まさなかった。
朝、八時まえに、裕一は目を覚ました。海岸にはまだ陽が当たっていなかった。海のむこうには、陽が降り注いでいた。空はまっ青だった。今日も暑くなる、と裕一は思った。
砂の上に体を起こすと、砂丘のスロープの途中に立っている亜紀子が、彼の視線のなかに入った。裕一に気づいて、亜紀子は笑顔になった。うしろからの風に髪があおられ、前へまわってきた髪で彼女の顔がかくれた。
空を仰いでその髪をやり過ごした亜紀子は、
「おはよう」
と、すっきりした声で言った。
「よく寝てたわ。足にいくら砂をかけても、あなたは目を覚まさないのよ」
砂のスロープを、亜紀子は上がってきた。すわっている裕一のまえに膝をつき、亜紀子は片手で砂をすくった。その砂を、少しずつ、彼女は落とした。
蚊に刺されたあとを、裕一はかいた。頭を両手で撫でまわし、裕一は短い髪についた砂を落した。立ち上がり、胸を反らせて深く呼吸した。
「気持ちいいわ」
「最高よ」