見ていますと、その人の顔が、ヒョイと屋根裏のやみの中へ引っこみました。オヤッと思ううちに、こんどはその穴から、きたない二本の足が、ニューッとおりてくるではありませんか。
そして、ひざからもも、腰、腹と、すべるようにズルズルさがってきたかと思うと、いつのまにか、二本の手で天井にぶらさがり、器械体操でもするように、はずみをつけて、ヒラリと部屋の中へとびおりました。
じつにみごとな早わざです。あの高い天井からとびおりて、しりもちをつくでもなく床の上を二、三度ピョンピョンはねて、スックと立ちあがると、人々の顔を見まわしてニコニコ笑っているのです。
それは十四、五歳ほどの、乞食のようなうすぎたない少年でした。思いもよらぬ天井から、子どもの乞食がふってきたのです。人々がアッと仰天したのもむりではありません。
「殿村君、この子どもに見おぼえはないかね。きみがさいしょ東洋製作会社へやってきたときから、この乞食の子どもは、たえずきみの身辺につきまとっていたんだぜ。よく見たまえ、きみは今までこの子どもに、たびたび出あっているはずだ。」
殿村は乞食少年を、穴のあくほど見つめました。見つめているうちに、彼の顔がだんだん青ざめていくではありませんか。たしかに見おぼえがあるようです。何かしら、ひしひしと思いあたることがあるらしいのです。
明智は殿村のうろたえるありさまを、しりめにかけながら、一同に話しかけました。
「みなさん、ご紹介しましょう。この子どもは、こんなきたないふうをしていますが、けっしてほんとうの乞食ではありません。ぼくの少年助手小林芳雄君です。わざとこんな変装をさせて、先日から、この男を尾行させておいたのです。小林君は殿村の一挙一動を、残るところもなく見とどけました。そして、毎日ぼくに報告していたのです。」
読者諸君は、この数日、毎晩のように、窓から明智探偵の書斎へしのびこんだ乞食少年をご記憶でしょう。あの異様な乞食少年こそ、今ここにいる小林芳雄君だったのです。
人々はそれを聞いて、またべつのおどろきにうたれました。「ああ、こんな奥の手が用意してあったのか。やっぱり明智探偵はたいしたものだ。」と、声をのんで感嘆しないではいられませんでした。
「では、この小林君の口から、殿村の秘密をお話しさせることにしましょう。小林君、かいつまんで話してみたまえ。」明智がさしずしますと、乞食少年の小林君は、すぐ快活に語りはじめました。
「ぼくは明智先生の命令で、殿村を尾行しました。そして、殿村が人目をしのびながら、コッソリこの家へはいるのを見とどけたのです。
そこで、先生とご相談したうえ、殿村のるすを見はからい、ぼくは、この家の屋根裏へしのびこむことにしました。それにはひじょうな苦心をしましたが、けさ、やっとその目的をはたしたのです。
ぼくは天井の上をはいまわり、天井板にナイフで、下から気づかれぬように、小さいすきまを作って、部屋の中のようすをすき見していたのです。
そして何もかも見てしまいました。この人はせむしの殿村探偵だけでなくて、また別の人にも化けるのです。三角形のあごひげをはやして、大きなめがねをかけた、五十歳ぐらいのりっぱな紳士に化けるのです。
この人はそういう姿に化けて、地下室から相川君たち四人の子どもを、じゅんじゅんにこの部屋へ連れてきました。そして、みんなをしばりあげてさるぐつわをはめて、あの石膏像の中へかくしたのです。石膏像の底に大きな穴があいているのです。みんなをひとりひとりその中へいれて、またもとのように立てておいたのです。
そうして、相川君たちを、おどしつけているとき、この人は自分のことを蛭田博士といっていました。それから、ぼくは殿村が夕方外出するのを待って、事務所へかけつけ、ぼくの見たり聞いたりしたことを、すっかり明智先生に報告したのです。」
こんなに見とどけられてしまっては、もう運のつきです。殿村の蛭田博士は、まっさおになって、ギリギリと歯がみをしながら、小林君をにらみつけていましたが、なんという強情なやつでしょう。まだ、やせがまんをはって、気でもちがったように、ゲラゲラ笑いだしたのです。
「ワハハハ……、おい、小僧、でたらめもいいかげんにしろ。きさま夢でもみたんじゃないか。このおれが蛭田博士に化けたんだって? ば、ばかな、おれは知らん。おれはそんなまねをしたおぼえはない。」
しかし、小林少年は少しもひるみませんでした。いきなりきたない着物のふところから、何か髪の毛のかたまりのようなものを取りだして、それを殿村の前にさしつけながら、はげしい口調で、たしなめるように言いました。
「それじゃ、ひとつ、これをかぶってごらんなさい。きみが蛭田博士に化けたときのかつらと、つけひげと、めがねです。きみが昼間、変装をといて、あの衣装部屋へ投げこんでおいたのを、ぼくがソッと手にいれたのです。さあ、これをつけてごらんなさい。そうすれば、きみが蛭田博士かどうか、相川君たちが一目で見わけてくれるでしょう。」
ああ、さすがは小林少年です。相手にうむをいわせぬ、りっぱなしょうこ品を、ちゃんとにぎっていたのです。
いくら強情な殿村でも、このかつらや、あごひげをつけて、四人の少年に顔を見せる勇気はありません。もう絶体絶命です。
殿村は血走った目で、助けでも求めるように、あたりをキョロキョロ見まわしました。そして、ゾッとするようなおそろしい表情になって、ジリリ、ジリリと、あとじさりをはじめたのです。殿村はそのとき、書斎のまんなかの大机の前に立っていたのですが、だんだん、あとじさりをして、机のうしろにまわりました。そして、人々にさとられぬように、そっと机の下の床に出ている小さなボタンのようなものを、ふみつけました。
ああ、あぶない! それはいつか、相川泰二少年が蛭田博士のために地下室へ落とされた、あのおとし穴をひらくボタンなのです。