「羽柴君、なんだか深い穴があるようだよ。懐中電灯をかしてごらん。」
小林団長は、羽柴君から、懐中電灯を受けとりますと、それで足もとを照らしてみました。そこには、どんな幅とびの名人だって、とびこせそうもないような、大きい深い穴があいていて、そのまんなかに、じょうぶな厚い板が、橋のようにかけてあるのです。その板がまだ新しいところをみますと、ごく近ごろだれかが、かけておいたものにちがいありません。
小林君はその板の下へ、懐中電灯をさし入れて、穴の深さをしらべましたが、その底は電灯の光もとどかないほど深く、下部ほど広くなっていて、耳をすましますと、はるか下のほうから、ゴウゴウと水の流れる音が聞こえてきます。もし足をすべらせて落ちこんだら、むろん助かる見こみはありません。
「みんな、用心するんだよ。ここに深い穴があるから……。」小林君がさけびますと、その声が深い穴に反響して、ガーン、ガーンとひびきましたが、すると、穴の底に向けている懐中電灯の光の中へ、下のやみの中から、何かしら黒い大きなものが、ひじょうな早さで、スーッとうきあがるようにあらわれてきました。
懐中電灯の弱い光では、とっさに何ものともわかりませんでしたが、何かネズミ色のフワフワしたようなもので、それがみるみる形を大きくしながら、スーッととびあがってきたかと思うと、のぞきこんでいた小林君や羽柴君の目の前を、おそろしい勢いでかすめ通り、向こうのやみの中へ、矢のように消えていってしまいました。羽柴君は、この不意うちにめんくらって、「ワーッ。」と悲鳴をあげながらとびのきましたが、しかし、大きな井戸のような穴の中からとびだしてくるものは、一つだけではなかったのです。
羽柴君の悲鳴に、おどろいてかけよった少年たちが、たがいに手をにぎりながら、こわごわのぞく穴の底から、つぎからつぎへと、ネズミ色のフワフワしたものが、いくつも重なりあって、うきあがるようにとびだしてくるではありませんか。みょうな風を切るような羽音をたてて、まるで地獄の底から悪魔の飛行機がまいあがってくる感じでした。
「アッ、コウモリだ。コウモリがウジャウジャいるんだ。みんな、なんでもないよ。コウモリだよ。コウモリが光におどろいてとびだしてきたんだよ。」小林君が大声にいって聞かせても、少年たちは生きたコウモリを見るのははじめてだったものですから、あまりのきみ悪さに、もうこのまま引きかえして、洞くつの外へ出たいように思うのでした。
「なあんだ。みんないやにびくびくしているじゃないか。探検家がコウモリにおそれをなして逃げだしたなんて人に聞かれたら、もの笑いの種だぜ。さあ、びくびくしないで、もっと奥へ進もう。みんな、足もとに注意するんだよ。」小林君は、またたくうちに洞くつの奥へ消えさったコウモリのむれを見送りながら一同を元気づけるようにいって、羽柴君の手をとると、ぐんぐん板橋をわたりはじめました。少年たちも、そういわれては、あとへ引くわけにいきません。十人はまた一列縦隊になって、たがいに手をつなぎあいながら、橋をわたって、なおも奥へ奥へと進みました。
それから、せまい道を少し行きますと、とつぜん左右の岩はだが遠のいて、がらんとした感じになりました。第二の広い空洞へ出たのです。
「おや、また広くなったね。さあ、また岩にさわりながら、右のほうへまわるんだよ。」小林君のさしずで、みんながつめたいでこぼこの岩はだをなでながら、大空洞の周囲をまわりはじめたときでした。列のうしろのほうから、
「アッ!」というさけび声がしたかと思うと、何かドサッとたおれるような物音が聞こえました。
「おい、どうしたの? 今さけんだのはだれだい。」小林君の声に、うしろのほうから桂君が答えました。
「篠崎君がつまずいてたおれたんですよ。」
小林君が懐中電灯をふりてらしながら、列のうしろへもどってみますと、その光の中に、たおれた篠崎少年が、顔をしかめながら、起きあがろうとしているところでした。
「大じょうぶかい。けがはなかった?」
「ウン、けがはしないけれど……。」
「え、けがはしないけど?」
「なんだかへんだよ。」
「へんって、何がへんなの?」
「ぼく、とんでもないことしてしまったらしいのだよ。」
「エッ、とんでもないことって?」
「ひもが切れたんじゃないかしら。ほら、いくら引っぱっても、手ごたえがないんだよ。引っぱれば引っぱるだけ、いくらでもズルズルとこちらへ寄ってくるんだよ。」篠崎君は、もう泣きだしそうな声をしています。
「エッ、ほんとうかい。見せてごらん。」さすがの小林団長も、それにはギョッとしないではいられませんでした。急いで篠崎君の手からひもの玉をとって引っぱってみますと、ああ、なんということでしょう。
道しるべのひもは、どこかで切れてしまったらしく、いくらでもたぐりよせることができるのです。それと知った少年たちは、もう胸をドキドキさせながら、小林団長と篠崎君のまわりに集まってきました。
「ひもが切れたんだって? ほんとうかい。」
「チェッ、しょうがないなあ。じゃあ、ぼくたちもう帰れやしないじゃないか。」
「篠崎君、きみがぼんやりしているからだよ。そのひもは、ぼくたちの命の綱じゃないか。」
すると、まだたおれたままの篠崎君が、泣き声で答えました。
「ぼくが悪いんだよ。きみたちぼくをなぐってくれたまえ。いいだけなぐってくれたまえ。ぼくの注意がたりなかったんだよ。」
それを聞きますと、だれも、もう篠崎君をせめる気にはなれませんでした。みんなだまりこんでしまって、シーンと静まりかえったやみの中に、篠崎君の鼻をすする音だけが聞こえていました。
「おい、みんな、これは篠崎君が悪いんじゃないよ。これを見たまえ。このひもの切り口は、岩かどにすれて切れたんじゃないよ。ほら、ここをごらん。」とつぜん小林団長がみょうなことを言いだしましたので、少年たちがそのそばによってみますと、ひもはすっかり手もとにたぐりよせられ、小林君は、その切り口を懐中電灯の光にかざして、ふしぎそうにながめているのでした。