お話はとんで、その翌々日のお昼ごろのことです。鍾乳洞の近くの、例の老猟師の家を、ひとりの紳士がたずねてきました。鳥打ち帽に旅行服姿の名探偵明智小五郎です。
少年探偵団員たちが、出発の翌日、日が暮れても帰らなかったものですから、おとうさまや、おかあさまたちは、たいへんご心配になって、明智探偵にご相談なすったものですから、探偵は、夜の明けるのを待ちかねて、警官よりも早く、ひとりで鍾乳洞へ出かけたのです。十一人の団員のおとうさまたちにかわって、少年たちのゆくえを捜索するためです。
老猟師の家をたずねますと、ちょうどおりよく例のモンペ姿の老人が居あわせて、駄菓子などのならべてある店先へ出てきました。
「鍾乳洞のご見物ですか。」老人は、少年たちが洞内へとじこめられたことも知らぬとみえて、のんきにたずねました。
「いや、見物じゃないのです。あんたは鍾乳洞の案内人ですか。」
「はい、そうでがすよ。」
「ぼくは東京の明智というのですが、おとといここへ、中学生や小学生などの、十一人づれの子どもたちが見物に来たはずだが、あんたは見かけなかったかね。」明智探偵がそういって、名刺を出しますと、じいさんは字が読めないらしく、それを見ようともしないで答えました。
「はい、大ぜい来ましただ。それがどうかしたですか。」
「その子どもたちは、鍾乳洞の中へはいったのだろうね。」
「はいりましたとも。案内人はいらねえといって元気ではいっていきましただ。」
「で、あんたはその子どもたちが鍾乳洞から出てくるのを見たかね。」
「いンや、それは見ねえでがす。ふもとに用があって、山をくだっていたでね。だが、見ねえでも、あの少年たちが帰ったのは、まちがいねえですよ。まさか、鍾乳洞の中で寝泊まりもしますめえ。ワハハハ……。」
「ところが、あの子どもたちが、けさになっても、東京へ帰らないのだよ。ここへ来る道でも、駅員や自動車の運転手などにもたずねてみたが、だれも子どもたちが帰るのを、見かけなかったというのだ。だから、ひょっとすると、鍾乳洞の中で、道にまよって出られなくなっているのじゃないかと心配しているのだが……。」
「ヘーン、帰らなかったって? そいつは奇態だ。わしは、十六年というもの、ここの案内人をやってるだが、道にまよって出られなくなったなんて、聞いたこともねえでがす。あの少年たち、元気にまかせて、深っ入りしたんじゃあんめえかな。」じいさんは腕組みをして、小首をかたむけました。
「じゃあ、深くはいれば道にまようかもしれないというのだな。」
「そうです。わしが案内したって、奥の奥まで行くわけじゃねえし、ましてひとりではいる見物は、おっかながって、ホンの入り口で引きかえしちまうだからね。ほんとうのことをいえば、だれもこの穴の奥を見とどけたものはねえでがす。」
「そうすると、子どもたちは奥深くはいりすぎたのかもしれない。ともかく一度ぼく自身で鍾乳洞の中をしらべてみたいと思うが、案内してくれるだろうね。こうして懐中電灯も用意してきているんだよ。」
明智探偵はポケットから、小型の懐中電灯をとりだして見せました。
「ようがす。じゃあ、これからすぐに、穴の中へはいってみますべえ。」じいさんは気軽にいって奥の間へ立っていきましたが、何かゴトゴトやっていたかと思うと、すぐ店先へ引きかえしてきて、そこの土間にあった、きたないぞうりをひっかけ、先に立って歩きだすのでした。
明智探偵も、ステッキをつきながら、そのあとにしたがいましたが、ふたりが猟師の家を十メートルもはなれたころ、その家のかげから、ひとりのみょうな人物がソッと姿をあらわしました。その人物は、このあたたかいのに、黒い将校マントのようなものを頭からスッポリかぶって、顔はもちろんからだじゅうをおおいかくし、まるで泥棒かなんぞのように足音をしのばせて、ふたりのあとを尾行しはじめたのです。
このあやしげな人物は、いったい何者でしょう。もしかしたら二十面相の手下ではないか。いや、手下ではなくて、二十面相自身かもしれません、二十面相はそうして明智探偵のあとをつけて、洞くつの暗やみの中で、何かおそろしいたくらみをしようというのではありますまいか。それがはたして二十面相であったか。それとも二十面相などよりはもっともっと意外な人物であったかは、まもなくわかるときがくるでしょう。いずれにもせよ、読者諸君はこのあやしげな人物のことを、よく記憶しておいていただきたいのです。
猟師のじいさんも、明智探偵も、そんな尾行者があるとは少しも気づかぬようすで、何か話しながら、鍾乳洞の入り口に近づき、そのまま洞くつの中へはいっていきました。すると、黒マントの人物も、ふたりのあとから、ソッとすべりこむように、その洞穴の中へ姿を消したではありませんか。
鍾乳洞にはいりますと、明智探偵はすぐさま懐中電灯を点火して、それをふりてらしながら、じいさんのあとについて進みました。じいさんはなれたもので、せまい岩穴の中を、少しもためらわず、グングンはいっていきます。ところが、そうして、二十メートルほども歩いたときでした。じいさんのあとにしたがっていた明智探偵が、「アッ。」とさけんだかと思うと、懐中電灯の光が消えて、あたりは真のやみになってしまいました。
「おや、どうしただ? ころんだのかね。気をつけねえと、足もとがあぶねえだから。」じいさんがやみの中でうしろをふりかえりました。
「いや、ちょっとつまずいたんだよ。そのひょうしに懐中電灯を落としてしまって、ああ、あったあった。さあ、もう大じょうぶだから、かまわないで進んでくれたまえ。」明智は、拾いあげた懐中電灯をふたたび点火して、元気にふりてらして見せました。
そうして電灯が消えていたのは、ほんの三十秒ほどのあいだでしたが、それにしても、少年たちでさえ、そんな入り口の近くでは、だれもつまずかなかったのに、日ごろ注意ぶかい名探偵が、懐中電灯をとりおとすなんて、少しへんではありませんか。それには何か深いわけがあったのではないでしょうか。