さすがの明智探偵も、ふいをうたれて、手むかいをするすきもなく、二十面相の命ずるままに、洞くつの奥へ奥へと進むほかはありませんでした。探偵の背中には、二十面相のピストルの筒口が、ピッタリおしつけられているのです。少しでも立ちどまったりすれば、その筒口から、いつ弾丸がとびだすかもしれないのです。いくら名探偵でも、これには手むかいのしようもありません。
そうしてふたりは、だんだん洞くつの奥へ進んでいきました。二十面相は明智探偵の懐中電灯をうばって、それでうしろから道を照らしているのです。おそろしい岩はだがつぎつぎと行く手にあらわれてきます。ある場所では四つんばいにならなければ通れないほどせまくなり、またある場所では、からだを横にしてやっとすりぬけるような細い道もあり、それがグルグルとまがりくねって、どこまでもつづいているのです。
やがて、五、六十メートルも歩いたかと思うころ、にわかにあたりが広くなって、例の洞くつの中の大きな部屋のような場所に出ました。
「さあ、見たまえ、きみのかわいい少年たちが、あのへんにかたまって、べそをかいているから。」二十面相は、にくにくしく言いながら、懐中電灯の光をサッとそのほうにさし向けました。
すると、その光の中に、広い洞くつの向こうがわの岩はだがあらわれ、そのすみに、ひとかたまりになって、力なげにうずくまっている十一人の少年たちの姿が、つぎつぎと照らしだされました。
少年たちは、きのうから、たべるものも飲むものもなく、空腹と疲労のために死人のようになって、そこにうずくまっているのでした。むろんはじめのうちは、どうかしてここをぬけだそうと、まっくらな迷路の中を、気ちがいのように歩きまわってみたのですが、いつまでたっても、同じような岩穴をグルグルまわっているばかりで、あの板の橋のかかっていた大穴のところへさえ出られないのでした。
そのうちにからだは綿のようにつかれはて、おなかはペコペコにへってしまって、さすが勇敢な少年たちも、もうそれ以上歩きまわる力もつきてしまったのです。でも、少年たちは、けっしてこれが運のつきだとは思っていませんでした。
「きっと明智先生が助けに来てくださる。明智先生はなんでもおわかりになっているのだから、ぼくたちが、こうしてひどいめにあっていることも、先生は知っていらっしゃるにちがいない。」口にだしてはいいませんでしたが、みんなそう考えて、今にも明智探偵の、あのニコニコした顔が、あらわれるのではないかと、そればかりを念じていたのです。
ちょうどそこへ、洞くつの向こうがわにとつぜん人のけはいがして、パッとまぶしい懐中電灯の光がさし、二十面相のにくにくしい声が聞こえてきました。
「おい、子どもたち、きみたちの尊敬している明智大先生のご入来だぞ。明智先生は親切にもきみたちを救いだすために、はるばる東京からお出かけになったのだ。だが、お気のどくなことに、先生は、この二十面相のとりこになってしまわれたのだよ。ワハハハ……、さあ、明智先生、かわいい部下たちにあってやるがいい。そして、みんないっしょに、この穴の中で餓死するんだね。二十面相をとらえようなんて、だいそれたことを考えるやつは、しまいにはこんなめにあうんだよ。自業自得というものだ。ざまをみるがいい。ハハハ……。」まるで地獄の底からでも聞こえてくるような、ものおそろしい声が、洞くつにこだまして、ガーンガーンとひびくのです。
少年たちはそれを聞きますと、号令でもかけられたように、すっくと立ちあがり、声のするほうをにらみつけました。いくらおなかがすいていても、うらみかさなる二十面相の声には、こぶしをにぎって立ちあがらないではいられません。
なかでも、団長の小林少年は、明智先生と聞いて、もうじっとしていることはできませんでした。いきなり、おそろしい二十面相がいるのもわすれたように、明智探偵とおぼしい黒い人影にむかって、とびついていました。
「先生。」小林君が、明智探偵に近づいて、手さぐりでその腕にすがりつきますと、
「おお、小林君か。」と、明智探偵もなつかしそうに、その肩をだくのでした。
「ウフフフ……、師弟の対面というやつか。悲劇にでもありそうな場面だね。まあ、せいぜい手を取りあってなげくがいい。きみたちは、もう二度と日の目を見ることはできないのだからね。この洞くつに生きうめ同様になってしまうのだからね。」二十面相の老案内人は、そんなことをつぶやきながら、さもきみよさそうに名探偵と少年助手の黒い影を見まもっています。もうとくいの絶頂なのです。長いあいだ苦しめられた明智探偵と、その片腕といわれる小林少年を、しゅびよくとりこにしてしまったのです。これがうれしくなくてどうしましょう。
ほんの十秒か二十秒のあいだでしたが、さすがの凶賊も、自分の成功によったようになって、ついピストルを持つ手もとがおるすになってしまいました。ゆだんをしたのです。まさかおなかのすいた少年たちに、そんな元気が残っていようとは知らず、とんだゆだんをしてしまったのです。
そのとき、相撲選手の桂君を先頭に、五人の少年探偵団員が、暗やみをさいわい、地面をはうようにして、音もなく、二十面相の足もとへ近づいていました。そして、相手がいい気になってしゃべりながら、ピストルを持つ手をダランとさげているのを見すまし、いきなり、五人がひとかたまりになって、その手にとびついたのです。
「あ、痛い!」二十面相はふいをうたれて、思わずさけびました。それも道理です。五人のうちのひとり篠崎君などは、大きな口をあけて、賊の手首にかみついたのですから、いくら怪盗でもかないません。痛さにたえかねて、ピストルをにぎる指がゆるむのを、力の強い桂君がうむをいわさずもぎとってしまいました。