「勝ったぞ、勝ったぞ。うらみかさなる明智のやつを、とうとう生きうめにしてしまった。ああ、おれは生まれてから、こんなにせいせいしたことはない。もうこれからはおれの天下だぞ。思うさまあばれてやるんだ。」
二十面相は、懐中電灯を消して、かって知ったやみの迷路を、入り口のほうへ急ぎながら、ゆかいでたまらないというように、声に出してつぶやくのでした。
ですが、あの板の橋をとりはずした大穴を、どうしてこすつもりなのでしょう。そこを通らなければ、洞くつの外へ出られないではありませんか。ところが、二十面相は大穴から十メートルほどてまえまで来ますと、ひょいと立ちどまって、懐中電灯をつけ、そこの岩はだを照らしました。
「フフン、こんなしかけがあろうとは、いくら名探偵でも気がつくまいて。よしよしここだ、これがおれのほかにはだれも知らない目印だ。」
二十面相は懐中電灯を地面において、そこにうずくまり、岩と岩の間のせまいすきまに、右手をさし入れて、何かしたかと思いますと、これは、どうでしょう。そのそばの大きな岩のかたまりが、音もなく、まるでドアでもあくように、スーッと動いて、そのあとに、五十センチ四ほうほどの不規則な穴が、ポッカリと口をあけたではありませんか。秘密の通路なのです。それは、ちょっと見たのでは、岩はだのほかの部分と少しもちがわないのですが、じつは、セメントをかためて色をつけた秘密のとびらだったのです。
二十面相はその穴の中へはいりこんで、セメントのとびらをもとのとおりにしめておいて、まるでモグラのように、せまいまっくらな穴を十五、六メートルはいすすみました。そして、その行きどまりまで来ますと、またそこの秘密のしかけをはずして、同じようなコンクリートのとびらをひらき、穴の外にはいだして、またそのとびらをもとのようにしめました。これが例の井戸のような大穴をこさないで入り口に出られる、秘密のぬけ道だったのです。
穴をはいだしたといっても、穴の外もやっぱり洞くつの中の迷路の一部です。二十面相は着物の土をはらって、懐中電灯を照らしながら、その細い道を、入り口のほうへと歩きだしました。
ところが、そうして五、六歩も進んだかと思いますと、何を見たのか、二十面相はギョッとしたように立ちどまり、懐中電灯を行く手のやみにさしむけました。おお、これはなんとしたことでしょう。夢ではないのでしょうか。そこにはひとりの人物が、じっとこちらをにらみつけて、腕組みをしてつっ立っていたのです。読者諸君。それがだれだったと思います。意外も意外、その異様な人物こそわれらの名探偵明智小五郎だったのです。
二十面相はあっけにとられて、しばらくあいた口がふさがらず、まるであほうのような顔をして立ちすくんでいました。まったく不可能なことがおこなわれたのです。二十面相はつい今しがた、明智探偵をあの広い洞くつに置きざりにしてきたばかりではありませんか。あの洞くつからここへ来るのには、橋のない大穴の上を、鳥のようにとびこすか、今の秘密の通路を通るほかないのですが、そのどちらも人間わざではできないことです。大穴は翼でもはえていないかぎり、どんな幅とびの選手だってとびこせないほど広いのですし、いっぽうの秘密の通路のコンクリートのとびらのひらき方は、二十面相のほかにはだれも知らないことです。だいいち、通路の入り口がどこにあるかさえ、ほかの人にはわからないはずです。
ではいったい明智探偵は、どこをどうして、ここへ先まわりしていたのでしょう。まるで魔法使いではありませんか。二十面相は考えているうちに、心の底からこわくなってきました。目の前にニコニコしてつっ立っている名探偵の姿が、何か幽霊ででもあるように、おそろしく思われてきました。
ごらんなさい。二十面相の懐中電灯を持つ手が、ぶるぶるふるえているではありませんか。それにつれて、明智探偵を照らす、まるい光が動くものですから、探偵の姿まで、いかにも幽霊のように、ふわふわとゆれて見えるのです。
「き、きさま、あ、あ、明智だな。」二十面相は虚勢をはって、大きな声でどなりつけました。しかし、おびえきっているしょうこには、その声がひどくふるえているのです。
「ハハハ……、ぼくは明智だよ。どうかしたのかね。きみはひどくおどろいているようだね。何をそんなにびっくりしているんだね。え、二十面相君。」明智探偵は腕組みをしたまま、一歩前に進んで、あざけるように怪盗の顔を見つめました。
「お、おどろいてなんぞいるものか。だが、き、きさま、ここへどうしてやってきたんだ。」
「どうしてって、入り口からはいってきたのさ。それがどうかしたのかね。」明智はさもゆかいらしく、またニコニコと笑いました。
「エッ、入り口からだって? ば、ばかな。そんなことがあるもんか。おれは、きさまを一生涯出られない場所へ、とじこめておいたはずだ。」
「とじこめられているのは、ほかのだれかだろうよ。ぼくは今ここへはいってきたばかりなんだからね。」
「そ、そんなばかなことはない。おれはたしかにきさまを……。」二十面相は、とびだすばかりに見ひらいた目で明智探偵の顔を穴のあくほどにらみつけました。しかし、けっしてにせ者ではありません。正真正銘の明智小五郎にちがいないのです。
「ハハハ……、めんくらっているね。ゆかいゆかい、魔法使いといわれる二十面相が、きょうはぼくの魔法にかかったのだからね。ハハハ……、こんなゆかいなことはないよ。エッ、ぼくがにせ者だというのかね。ハハハ……、にせ者はぼくではなくて、この奥にとじこめられている男だよ。」
「え、え、なんだって?」二十面相は、ほんとうにめんくらってしまって、なにがなんだかわからないようです。
「きみが明智小五郎だと信じて、洞くつの奥へとじこめた男がにせ者だというのさ。」