← Library‹ 妖怪博士 乞食少年

それからしばらくたって、明智あけち探偵たんていと殿村とのむら探偵たんていとは、相あい前後ぜんごして、東洋とうよう製作せいさく会社かいしゃの門もんを出でました。

殿村とのむらは別わかれのあいさつをするでもなく、ぶあいそうな、敵意てきいにもえた目めで、ジロリと明智あけちをにらんでおいて、例れいのまがりくねったステッキをつきながら、からだを二ふたつに折おるようにして、ヨチヨチと歩あるいていきます。

すると、どこに、かくれていたのか、ひとりの乞食こじきの子こどもが、石門せきもんの中なかからヒョッコリ姿すがたをあらわしました。のびほうだいにのびた髪かみの毛け、すすをぬったように黒くろくよごれた顔かお、ボロボロにさけやぶれた洋服ようふく、十じゅう四、五しご歳さいほどの、見みるもきたならしい乞食こじき少年しょうねんです。

乞食こじきは門もんの外そとへ出でますと、まだそこに立たって、殿村とのむらのうしろ姿すがたを見送みおくっていた明智あけち探偵たんていを、ヒョイと見みあげました。明智あけちのほうでも乞食こじきの顔かおを見みました。そして、ふたりの目めと目めがぶっつかりますと、明智あけちも乞食こじき少年しょうねんも、なぜか意味いみありげにニッコリと笑わらいました。おや、明智あけち探偵たんていは、こんなきたない乞食こじきと、知しりあいなのでしょうか。知しりあいでなくて、あんなしたしそうな笑顔えがおを見みせるはずはないのですが。

しかし、乞食こじき少年しょうねんは、べつにものをいうでもなく、そのまま、殿村とのむらのあとを追おうように立たちさっていきました。つえを力ちからに背中せなかをまるくして、ヨチヨチと歩あるくせむし探偵たんてい、その少すこしうしろから、お供ともでもするようについていく乞食こじきの小僧こぞう、ふたりの姿すがたは、まるで奇妙きみょうな親子おやこのように見みえました。

明智あけち探偵たんていは事務じむ所しょに帰かえりますと、そのまま階下かいかの洋室ようしつにとじこもって、のんきらしく読書どくしょをはじめました。べつに捜索そうさくのために外出がいしゅつするようすもないのです。

夕食ゆうしょくをすませてからも、やっぱり同おなじ部屋へやにとじこもったまま、こんどは机つくえの上うえに紙かみをひろげて、むずかしい高等こうとう数学すうがくの計算けいさんをはじめました。これは明智あけちの一ひとつの道楽どうらくで、ひまでこまるときにはいつも、ふつうの人ひとには頭あたまのいたくなるような、数学すうがくの問題もんだいをといて楽たのしむのがくせでした。みょうな道楽どうらくもあればあるものです。しかし、そんなのんきなまねをしていいのでしょうか。三み日かのうちに犯人はんにんを発見はっけんするという約束やくそくではありませんか。相手あいての殿村とのむらは、今いまごろきっと、ひじょうな意気いきごみで、活動かつどうしているにちがいありません。それに明智あけちのほうでは、そのたいせつな時間じかんを、事件じけんとはなんの関係かんけいもない数学すうがくの計算けいさんをして、まったくむだについやしているのです。いったい明智あけちは何なんを考かんがえているのでしょう。

ところが、その夜よる八はち時じごろになって、みょうなことがおこりました。数学すうがくの計算けいさんにむちゅうになっている明智あけちの部屋へやへ、窓まどからしのびこんだものがあるのです。窓まどの外そとの、まっくらに木きのしげった庭にわに、人ひとの影かげが動うごいたかと思おもうと、何者なにものかが、窓まどガラスにピッタリ顔かおをあてて、部屋へやの中なかをのぞいているようすでしたが、やがて、そろそろと窓まどがひらかれ、ひとりのきたならしい乞食こじき少年しょうねんが、そこから、室内しつないへはいりこんできたではありませんか。

ああ、あいつです。昼間ひるま、殿村とのむら探偵たんていのあとを追おっていった、あの乞食こじき少年しょうねんです。明智あけち探偵たんていの部屋へやへしのびこんで、いったい何なんをするつもりなのでしょう。もしかしたら、殿村とのむらの命いのちをうけて、明智あけちに危害きがいをくわえるために、やってきたのではありますまいか。しかし、明智あけち探偵たんていともあろうものが、いくら計算けいさんにねっちゅうしていたからといって、窓まどがひらき、人ひとがしのびこんだのを気きづかぬはずはありません。乞食こじき少年しょうねんが窓まどを乗のりこして、そこに立たったとき、探偵たんていは机つくえの上うえからヒョイと顔かおをあげて、そのほうをふりかえりました。

明智あけちは乞食こじき少年しょうねんを見みて、アッとおどろいたでしょうか。また、乞食こじき少年しょうねんは探偵たんていに発見はっけんされて、ギョッとして逃にげだしたでしょうか。いやいや、けっしてそうではなかったのです。じつにふしぎなことには、探偵たんていも乞食こじき少年しょうねんも、少すこしもおどろくようすはなく、おたがいに顔かお見みあわせて、ニコニコと笑わらいだしたのです。

それから、ますますみょうなことがおこりました。乞食こじき少年しょうねんはなんのえんりょもなく、ツカツカと明智あけちの机つくえのそばに進すすみよったかと思おもうと、探偵たんていの耳みみに口くちをあてて、何なんかしらボソボソとささやきはじめたのです。そして、長ながいあいだささやいてから、顔かおをあげて、またニッコリと笑わらいました。

明智あけち探偵たんていは乞食こじき少年しょうねんのことばを、しきりにうなずきながら聞きいておりましたが、聞ききおわりますと、無言むごんのまま、右手みぎてをあげて、みょうなあいずをしました。すると、乞食こじき少年しょうねんは、だまって机つくえのそばからしりぞき、もとの窓まどにかけよって、ヒラリと外そとのやみへ姿すがたを消けしてしまいました。

こうして、捜査そうさ第だい一いち日にちを、明智あけち探偵たんていは自分じぶんの部屋へやにとじこもったまま、何なんをするでもなくすごしましたが、第だい二に日にちめもまったく同おなじことがつづいたのです。探偵たんていは一いち歩ほも外出がいしゅつしないで、あいかわらず、さものんきそうに、数学すうがくの問題もんだいにむちゅうになっていました。たいくつでしかたがないといわぬばかりです。

夜よるになりますと、時間じかんもちょうど八はち時じごろ、ゆうべと寸分すんぶんたがわぬことがおこりました。れいの乞食こじき少年しょうねんが窓まどからしのびこんできて、ボソボソと探偵たんていの耳みみに、なにごとかをささやき、そして、また窓まどから立たちさってしまったのです。

読者どくしゃ諸君しょくん、これはいったい何なんを意味いみするのでしょうか。明智あけち探偵たんていは殿村とのむらとの競争きょうそうにかぶとをぬいで、捜索そうさくを断念だんねんしてしまったのでしょうか。まさかそんなことはありますまい。とすると、明智あけちが一いち歩ほも外出がいしゅつしなかったのは、なぜでしょう。もしかしたら、明智あけちは、何なんか奇想きそう天外てんがいの手段しゅだんによって、競争きょうそう相手あいての殿村とのむらをアッといわせるつもりかもしれません。では、それはいったい、どんな手段しゅだんなのでしょう。

また、あの奇妙きみょうな乞食こじき少年しょうねんは、そもそも何者なにものだったのでしょう。見みるもむさくるしい乞食こじきのくせに、明智あけちの耳みみに口くちをつけんばかりにして、ボソボソとないしょ話はなしをするなんて、じつに奇怪きっかいせんばんな話はなしではありませんか。

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