← Library‹ 青銅の魔人 怪人昇天

怪かい人物じんぶつは、三さん人にんの高たかい靴音くつおとにもいっこう気きづかぬようすで、機械きかいのようにガックリガックリ歩あるいています。

こちらはみるみる追おいついて、へだたりは五十ごじゅうメートルほどになりました。怪物かいぶつの両手りょうてにチカチカ光ひかっているものが、よく見みえます。

「アッ、あれです。あれは時計とけいです。あいつがどろぼうにちがいありません。」

店員てんいんのひとりが、目めざとくそれをたしかめて、さけびました。

三さん人にんはいっそう足あしを早はやめて走はしります。怪かい人物じんぶつはまだ気きづきません。正面しょうめんをむいたまま、ふりむこうともしないのです。もうあいてとの距離きょりは二十にじゅうメートルほどになりました。

「オイッ、待まてッ。」

警官けいかんがおそろしい声こえで、どなりました。

すると、その時とき、青服あおふくの大男おおおとこが、とつぜん立たちどまって、クルッとこちらを向むきました。首くびだけふりむくのでなくて、からだごとうしろをむいたのです。

月つきの光ひかりが、怪かい人物じんぶつの顔かおをまともに照てらしました。

オオ、その顔かお。警官けいかんも店員てんいんたちも、その顔かおを一生いっしょう忘わすれることはできないでしょう。

人間にんげんの顔かおではない。青黒あおぐろい金属きんぞくのお面めんです。鉄てつのように黒くろくはない。銅像どうぞうとそっくりの色いろなのです。青銅せいどう色しょくというのでしょうか。

三角さんかく型がたをした大おおきな鼻はな、三日月みかつき型がたに笑わらっている口くち、目めの玉たまはなくて、ただまっ黒くろな穴あなのように見みえる両眼りょうめ、三千さんぜん年ねん前まえのエジプトの古墳こふんからでも掘ほりだして来きたような、世よにも気味きみのわるいお面めんです。

三さん人にんはあまりのおそろしさに、釘くぎづけになったように、そこに立たちすくんでしまいました。

聞きこえます。自分じぶんたちの心臓しんぞうの音おとではありません。たしかに怪物かいぶつのからだの中なかから、ひびいてくるのです。ギリギリ、ギリギリ、巨人きょじんが歯はぎしりをかむような歯車はぐるまの音おと。

懐中かいちゅう時計とけいが何十なんじゅう個こあつまっても、こんな無む気味きみな音おとをたてるはずはありません、怪人かいじんのからだの中なかに、なにかしら、そういう音おとをだすものがあるのです。

とつぜん、歯はぎしりの音おとが、びっくりするほど大おおきくなりました。イヤ、そうじゃない。歯はぎしりとは別べつの音おとが、怪物かいぶつの三み日か月つき型がたの口くちの中なかから、とびだして来きたのです。

それはなんともえたいの知しれぬ、いやな音おとでした。キ、キ、キ、キ、と金属きんぞくをすりあわせるような音おと、怪物かいぶつが笑わらったのです。こいつはそういうおそろしい声こえをたてて笑わらうのです。

長ながいあいだ笑わらったあとで、怪物かいぶつはまたクルッとあちらを向むいたかと思おもうと、ヒョイとよつんばいになりました。両手りょうてには、たくさんの懐中かいちゅう時計とけいのくさりをにぎったままです。そして、怪物かいぶつは大おおきなイヌのように、四よん本ほんの足あしでかけだしたのです。

アア、なんということでしょう。いよいよこいつはばけものです。よつんばいになって走はしる人間にんげんなんて、聞きいたこともありません。こいつはけだものでしょうか。イヤ、けだものより、もっとおそろしいやつです。怪物かいぶつの走はしりかたは、イヌやネコとはまるでちがっています。前足まえあしもあと足あしも、機械きかいのようにぎごちないのです。まるでゼンマイじかけで走はしる、ブリキ製せいのイヌのような感かんじなのです。

怪物かいぶつがよつんばいになる時とき、三さん人にんはその横顔よこがおを見みました。その時とき、青あおい色いろのソフトが落おちてしまったので、怪物かいぶつの頭あたまや、首くびのうしろも見みえました。こいつはお面めんをかぶっているのではありません。あのおそろしい顔かおは、お面めんではなくて、うしろのほうまでずっとつづいていたのです。耳みみも首くびも、それから頭あたまの毛けまで、みな同おなじ青銅せいどう色しょくに光ひかっているのです。髪かみの毛けはひどくちぢれて、大仏だいぶつの頭あたまのように、無数むすうの玉たまになっています。

怪物かいぶつは、あの「鉄てつ仮面かめん」のように、頭部とうぶ全体ぜんたいを包つつむ、青銅せいどうの仮面かめんをかぶっていたのでしょうか。イヤ、もしかしたら、頭部とうぶだけではなくて、からだ全体ぜんたいが青銅せいどうで包つつまれていたのではないでしょうか。

よつんばいになったかと思おもうと、あの歯はぎしりの音おとが、にわかにはげしくなりました。どこかで歯車はぐるまがおそろしいいきおいで、かみあっているのです。そして、その走はしる早はやさというものは。

そこはちょうど国電こくでんのガードのそばでしたが、怪物かいぶつはガードの下したをかけぬけて、そのむこうを、線路せんろにそってまがりました。

いくら気味きみがわるくても、どろぼうをこのまま見みのがすわけにはいきません。三さん人にんは気きをとりなおして、怪物かいぶつのあとを追おいました。

ところが、ガードのむこうをまがって、横よこ通とおりに出でてみますと、ふしぎなことに、そこには月つきに照てらされた白しろい道みちが、ずっとつづいているばかりで、ネコの子こ一いち匹ひきいないではありませんか。

「おかしいな。たしかに、こっちへまがったね。」

「エエ、まちがいありません。」

三さん人にんはいいあわせたように、立たちどまって、耳みみをすませました。しかし、どこからも、あの歯はぎしりの音おとは聞きこえてこないのです。

一方いっぽうには戸とをしめきった商家しょうかがならび、一方いっぽうの線路せんろの下したは、ずっとあき地ちになっています。昔むかしは倉庫そうこに使つかわれていたのですが、今いまは道路どうろとのさかいの板壁いたかべもとりはらわれて、なんの目めざわりになるものもなく、そのへんいったい、一目ひとめで見みわたせます。

三さん人にんは念ねんのために、線路せんろの下したにはいって、あちこちとさがして見みましたが、あの大男おおおとこがかくれているような場所ばしょは、どこにもありません。怪物かいぶつは影かげものこさず消きえうせてしまったのです。

それからまた、手てわけをして、そのへんいったいをくまなくさがしまわりましたが、やはりなんの手てがかりもありません。

青銅せいどうの首くびを持もち、鉄てつの指ゆびを持もつ怪物かいぶつが、気体きたいとなって蒸発じょうはつするはずはない。では風船ふうせんのように、からだが軽かるくなり、フワフワと空そらへまいあがったとでもいうのでしょうか。

あの怪談かいだんずきの青年せいねん店員てんいんは、よつんばいの怪物かいぶつが、ちょうど花火はなびからとびだした、紙製かみせいのトラのように、月夜つきよの空そらを、高たかく高たかくとんで行いくのが、かすかに見みえるような気きがしました。

さて読者どくしゃ諸君しょくん、この青銅せいどうの首くびを持もつえたいの知しれぬ怪物かいぶつは、そもそも何者なにものでしょうか。そいつはなぜよつんばいになって走はしるのでしょう。ギリギリという歯はぎしりのような音おとは、何なんを意味いみするのでしょう。そいつはいったいぜんたい、どうして消きえうせたのでしょう。また、懐中かいちゅう時計とけいばかりを、あんなにたくさん盗ぬすんで行いったのは、なぜでしょう。

これにはみな、ちゃんとわけがあるのです。このお話はなしは怪談かいだんではありません。おそろしい知恵ちえを持もった怪盗かいとうと、名めい探偵たんてい明智小五郎あけちこごろうと小林こばやし少年しょうねんとの知恵ちえくらべの戦たたかいなのです。ばけもののような怪物かいぶつも、やがて正体しょうたいを見みあらわされる時ときが来くるでしょう。しかし、それまでには、非常ひじょうにおそろしい事件じけんが、次つぎから次つぎへとおこるのです。

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