← Library‹ 青銅の魔人 青銅魔人の最期

屋上おくじょうに逃にげだした二十にじゅう面相めんそうは、忘わすれないで持もって来きた、例れいの袋ふくろのようなカバンから、黒くろい絹紐きぬひものたばをとりだしました。いつか煙突えんとつさわぎの時ときに使つかったのと同おなじような、一いち尺しゃくごとにむすび玉たまのある、じょうぶな長ながいひもばしごです。

かれはそれをつかんで、屋上おくじょうのてすりから、はるかの地上ちじょうを見みおろしました。五ご階かいの屋上おくじょうですから、二十にじゅうメートルに近ちかい高たかさです。目めの下したには川岸かわぎしへ出でる道みちがあって、そこに、数すう名めいの警官けいかんがならび、そのそばに、きたない浮浪ふろう児じのような子供こどもが十じゅう数すう人にん、ウジャウジャとかたまっています。チンピラ隊たいの連中れんちゅうです。

二十にじゅう面相めんそうは、その屋上おくじょうの出でっぱりのはじに、ひもばしごの金具かなぐをとりつけ、長ながいひもをパッと下したへなげました。のぞいて見みると、ひもの長ながさは建物たてものの三さん分ぶんの二にほどしかありません。このひもをつたいおりても、地面じめんにはとどかず、中途ちゅうとにぶらさがっているほかはないのです。二十にじゅう面相めんそうは、それを知しりながら、ひもをつたって、おりはじめました。いったい、どうするつもりなのでしょう。

建物たてものは表ひょうは道路どうろに面めんし、裏うらは隅田すみだ川かわにのぞんでいるのですが、今いま、二十にじゅう面相めんそうのぶらさがっているのは、その横よこのがわです。そのがわには、ほとんど窓まどがなく、中途ちゅうとでひもを切きられる心配しんぱいがありません。

地上ちじょうの人々ひとびとは、二十にじゅう面相めんそうの空中くうちゅう曲芸きょくげいに気きづいたようです。足あしの下したから、ワーッという声こえが、わきあがって来きました。その人々ひとびとの姿すがたが、おもちゃのように小ちいさく見みえるほど、高たかいのです。ひと足あしひと足あし、注意ちゅういぶかく、むすび玉たまに指ゆびをかけて、おりて行いくのですが、空そらふく風ふうにひもがゆれて、ともすれば、スルスルと、すべりおちそうになります。もし手てをはなしたら、弾丸だんがんのように地上ちじょうに墜落ついらくして、からだはめちゃめちゃになってしまうでしょう。身みの毛けもよだつ、いのちがけの曲芸きょくげいです。二十にじゅう面相めんそうがひものはじまで、おりきったところには、地上ちじょうには明智あけちや中村なかむら警部けいぶの姿すがたも見みえました。ひものはじといっても、地面じめんから七なな八はちメートルの空そらにあるのですから、どうすることもできません。

それは、ちょうど、木きの枝えだからさがったクモが、風かぜにゆれているのと同おなじでした。二十にじゅう面相めんそうは絹きぬひものはじに、しがみついた一いち匹ひきのクモのように、あぶなっかしいのです。

見みていると、そのクモの糸いとは、だんだん大おおきくゆれはじめました。風かぜのためばかりではありません。二十にじゅう面相めんそうが、まるでブランコをこぐように、大おおきく、いきおいをつけているのです。

やがて、ふしぎな空中くうちゅうのブランコは、時計とけいのふりこのように、規則きそくただしく、右みぎに左ひだりに、ヒューッ、ヒューッとゆれ動うごき、そのはばが、刻こく一刻いっこく広ひろくなって、今いまでは建物たてもののはばよりも、大おおきくゆれているのです。

そのころになって、地上ちじょうの人々ひとびとは、やっと二十にじゅう面相めんそうの真意しんいをさとることができました。彼かれは世よにもおそろしい大だい冒険ぼうけんを、くわだてていたのです。つまり、そうして、できるだけふりこを大おおきくして、最後さいごにはパッと手てをはなし、隅田すみだ川かわの中なかへダイビングをするつもりなのです。

見みれば、ちょうどかれの飛とびこむかと思おもわれるあたりに、一いち艘そうのモーターボートが、人ひとまち顔かおに浮ういています。アア、あのボートは二十にじゅう面相めんそうが飛とびこんでくるのを、待まっているのかもしれません。

人々ひとびとはそこへ気きづくと、いきなり川かわの上手かみてにむかって走はしりだしました。小林こばやし少年しょうねんが盗ぬすみきいた電話でんわによって、二十にじゅう面相めんそうがボートの用意よういを命めいじたことがわかっていたので、こちらにも、水上すいじょう快速かいそく艇ていが待機たいきさせてあるのです。人々ひとびとはその快速かいそく艇ていへと、いそいだのです。

その時ときでした。人々ひとびとが予想よそうしたとおりのことがおこりました。二十にじゅう面相めんそうは、ひもばしごを振ふれるだけ振ふっておいて、パッと手てをはなしたのです。丸まるめたからだが、弾丸だんがんのように、サーッと風かぜをきって、空中くうちゅうをとびました。そして、岸きしから十じゅう数すうメートルはなれた水中すいちゅうに、おそろしい水みずしぶきがあがりました。

待まちかまえていた賊ぞくのモーターボートは、水みずしぶきの個所かしょに近ちかづき、浮うきあがった二十にじゅう面相めんそうを、すくいあげたかとみると、そのままエンジンの音おとも高たかく、東京とうきょう湾わんの方角ほうがくにむかって走はしりだしました。

さいわいにも、その時ときには、水上すいじょう署しょの大型おおがたランチが、出発しゅっぱつの用意よういを、おわっていました。そのランチには、水上すいじょう署しょ員いんのほかに、明智あけち探偵たんてい、中村なかむら警部けいぶ、小林こばやし少年しょうねん、チンピラ隊たいの代表だいひょう者しゃ五ご名めいがのりこんでいます。

賊ぞくのモーターボートとランチとの距離きょりは約やく百ひゃくメートル。世よにもおそろしい水上すいじょう競技きょうぎが、はじまったのです。

モーターボートは、さすがに二十にじゅう面相めんそうが用意よういしておいただけあって、おどろくべき速力そくりょくでした。トビウオがとぶように、船体せんたいはほとんど水面すいめんをはなれて、空中くうちゅうを滑走かっそうしています。へさきの切きる水みずしぶきは、みごとに左右さゆうにわかれ、大おおきな噴水ふんすいが走はしって行いくようです。

両りょう艇ていは、ほとんど同おなじ距離きょりをたもちながら、月島つきしまをはなれ、お台場だいばに近ちかづき、またたくまに、そのお台場だいばもうしろに見みて、洋々ようようたる東京とうきょう湾わんの中心ちゅうしんにむかって疾駆しっくしています。

「ワーッ、青銅せいどうの魔人まじんだッ。」

チンピラのわめき声ごえに、ふと気きがつくと、賊ぞくのボートの中なかには、あの銅像どうぞうのような青銅せいどうの魔人まじんが、こちらをむいてスックと立たちあがり、しきりに両手りょうてをふり動うごかしています。二十にじゅう面相めんそうは、この最後さいごの大だい場面ばめんをかざるために、思おもい出での青銅せいどうのよろいを身みにつけて、追手おってに見みせびらかし、追手おってを嘲笑ちょうしょうしているのです。

それから十分じゅうぶんあまり、追おうものも、追おわれるものも、機関きかんもやぶれよとばかり、全力ぜんりょくをつくして突進とっしんしましたが、けっきょく、小型こがたのモーターボートは、大型おおがたランチの敵てきでなかったのです。賊ぞくのモーターボートに、何なんかしら疲つかれのようなものが見みえて来きました。機関きかんに故障こしょうでもおこったのか、よろめくような走はしりかたをはじめたのです。遠とおくきこえてくるエンジンの響ひびきも、調子ちょうしがくるっています。

しかし、二十にじゅう面相めんそうとしては、何なんがなんでも、逃にげおおせなければなりません。ボートの上うえの青銅せいどうの魔人まじんは、手てをふり、足あしをふんで、もっと早はやく、もっと早はやくと、機関きかん手しゅにどなりつけているようすです。

しかし、ついに最期さいごが来きました。

ダダーンと、爆弾ばくだんが投下とうかされたような、おそろしい水みずけむり。耳みみをろうする爆発ばくはつ音おん。ムクムクとあがる黒煙こくえんの中なかにチロチロうごくヘビの舌したのような火焔かえん、そこに一瞬いっしゅん間かん火ひにつつまれた不動明王ふどうみょうおうのような青銅せいどうの魔人まじんの、ものおそろしい姿すがたが、チラチラとながめられました。

やがて、煙けむりのうすれた海面かいめんには、モーターボートの影かげも形かたちも見みえませんでした。

これが青銅せいどうの魔人まじん、すなわち怪人かいじん二十にじゅう面相めんそうの、ひさんな最期さいごでした。警察けいさつのランチは、ただちに現場げんばに近ちかづいて、人命じんめい救助きゅうじょにつとめたことは、いうまでもありませんが、ボートの乗組のりくみ員いんはひとりとして生いきのこったものはなく、中なかにも青銅せいどうのよろいを着きた二十にじゅう面相めんそうの死体したいは、いくらさがしても、発見はっけんすることができませんでした。あのよろいの重おもさのため、海中かいちゅうにしずんだまま、浮うきあがることができなかったのかも知しれません。

残念ざんねんながら、主犯しゅはんをとらえることは、できませんでしたが、青銅せいどうの魔人まじんの秘密ひみつは、ことごとくあばかれ、かれの同類どうるいはとらえられ、秘密ひみつの工場こうじょうは、とりつぶされ、地底ちていの財宝ざいほうは、それぞれ、もとの持もち主ぬしの手てにもどりました。

名めい探偵たんてい明智あけち小五郎こごろうと、少年しょうねん助手じょしゅ小林こばやしの名声めいせいは、いよいよ高たかく、それにつれて、あのチンピラ別働べつどう隊たいの手てがらも、大おおきく新聞しんぶんにのり、十じゅう六ろく人にんのチンピラどもが肩かたをくんで笑わらっている、むじゃきな写真しゃしんが、どの新聞しんぶんにも出でたものですから、その評判ひょうばんは大たいへんなものでした。

そして、このチンピラ少年しょうねんたちは、そのうち、明智あけち探偵たんていの世話せわで、あるものは学校がっこうにはいり、あるものは職業しょくぎょうにつき、それぞれ、幸福こうふくな身みのうえになったということです。

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