← Library‹ 虎の牙 魔法博士

このふしぎなお話はなしは、まず小しょう学校がっこう六ろく年ねん生せいの天野勇一あまのゆういち君くんという少年しょうねんの、まわりにおこった出来事できごとからはじまります。

その出来事できごとというのは、一ひとつはたいへんゆかいな、おもしろくてたまらないようなこと、もう一ひとつは、なんだかゾーッとするような、えたいのしれないおそろしいことでした。

ある春はるの日曜にちよう日ひ、天野あまの勇一ゆういち君くんは、おうちのそばの広ひろっぱで、野球やきゅうをして遊あそんでいました。場所ばしょは東京とうきょうの世田谷せたがや区くの、ある屋敷やしき町まちです。広ひろいおうちのならんだ、屋敷やしき町まちに、むかしながらに森もりのある八幡はちまんさまのお社やしろがのこっていて、その前まえに野球やきゅうのできるような広ひろっぱがあるのです。

天野あまの君くんのキリン・チームは、十じゅう八はち対たい十じゅう五ごで敵てきのカンガルー・チームを破やぶり、一いち戦せんをおわったので、みんながひとかたまりになって、ガヤガヤとおしゃべりをしているときでした。

ふと気きがつくと、ひとりのふしぎな紳士しんしが、勇一ゆういち君くんのうしろに立たってニコニコ笑わらっていました。歳としは五十ごじゅうぐらいでしょうか。黒くろい洋服ようふくを着きて、その上うえに、うすいラシャでできた、そでのヒラヒラする外がいとうをはおっています。オーバーではなくて、おとなの人ひとが和服わふくの上うえに着きる外がいとうの、すそのほうを短みじかくしたような形かたちで、なんだか、大おおきなコウモリが、羽はねをヒラヒラさせているように見みえるのです。

帽子ぼうしをかぶっていないので、フサフサした頭あたまの毛けがよく見みえますが、それがまた、ひどくかわっていました。この紳士しんしのかみの毛けは、もえるような黄色きいろなのです。日本にっぽん人にんにも赤毛あかげの人ひとはときどきありますが、こんな黄色きいろいのは見みたこともありません。しかも、ただ黄色きいろいのではなくて、その中なかに、縞しまのように黒くろい毛けがまじっています。黄色きいろと黒くろのだんだらぞめ。言いってみれば、虎とらネコの毛けなみを思おもいださせるようなかみの毛け、それを長ながくのばしてうしろへなでつけてあるのですが、油あぶらをつけてないので、フワフワして、風かぜがふくたびに、こまかくゆれ動うごき、陽ひの光ひかりをうけて、まるで黄金こがねのようにかがやくのです。

ふといべっこうぶちのメガネをかけ、その中なかに糸いとのようにほそい目めが笑わらっています。ワシのように高たかくてだんだんになった鼻はな、その下したに針はりのようにこわい口くちひげが、ピンと両方りょうほうにはねています。そのひげが、やっぱり黄色きいろと黒くろのまだらなのです。口くちは大おおきくて、唇くちびるは紅べにでもぬったようにまっかです。

みんなが、このふしぎな紳士しんしを、ビックリして見みつめていますと、紳士しんしはポケットに入いれていた右手みぎてを出だして、空中くうちゅうに輪わをかくように、大おおきく動うごかしたと思おもうと、いままで何なんもなかった、その手ての中なかに、一ひとたばのトランプの札ふだがあらわれました。

紳士しんしはその十じゅう数すう枚まいのカードを、一いち枚まい一いち枚まい、ヒラヒラと地面じめんにおとし、すっかりおとしてしまって、手ての中なかがからっぽになると、ニヤニヤ笑わらって、その手てで、空中くうちゅうに大おおきな輪わをえがきましたが、すると、ふしぎ、ふしぎ、またしても、一いちたばのカードが、手ての中なかにあらわれたのです。紳士しんしはそれを、まえとおなじように、ヒラヒラと地面じめんにおとしました。

紳士しんしはニヤニヤ笑わらいながら、このふしぎなしぐさを、なん度どとなくくりかえしました。地面じめんには、美うつくしく色いろどられたトランプの札さつが、まるで秋あきの落おち葉ばのように、いちめんにちらばっているのです。

「アハハハハハハハ、どうだね、キリン・チームとカンガルー・チームの少年しょうねん諸君しょくん。カードはまだいくらでもわきだしてくるんだよ。だが、カードだけでは、つまらないかね。きみたちは、もっとほかのものを出だしてほしいのかね。」

紳士しんしは、そこではじめて、まっかな唇くちびるをひらき、大おおきな声こえで、こんなことを言いいました。

「ふしぎだなあ、それ、手品てじなでしょう。」

ひとりの少年しょうねんが、紳士しんしを見みあげて、言いいますと、紳士しんしはべつにおかしくもないのに、ワハハハハハハハと笑わらって、

「まあ手品てじなのようなものだ。しかし、世界せかい中ちゅうに、わしのような魔法まほう使つかいは、ほかにいないのだよ。わしは手品てじな師しではない。魔法まほう博士はかせだ。一ひとつ諸君しょくんのほしそうなものを、空気くうきの中なかから取とりだしてみせるかな。ほら、いいかね、よく見みていたまえ。」

紳士しんしはそう言いって、クルッと、一いちまわりしたかと思おもうと、その手てには一いち本ほんの新あたらしいバットがにぎられていました。

「さあ、これが優勝ゆうしょうしたキリン・チームの賞品しょうひんだ。受うけとってくれたまえ。」

天野あまの勇一ゆういち君くんのとなりにいた少年しょうねんがそれを受うけとりますと、紳士しんしはまたもや、つま先さきでクルッと、一いちまわり、マントのそでがヒラヒラとしたかと思おもうと、こんどは両手りょうてに、新あたらしいミットが一ひとつずつ、わきだしていました。

「さあ、これは両りょうチームに、なかよく一ひとつずつだ。キリン・チームの主将しゅしょう、それからカンガルー・チームの主将しゅしょう、さあ取とりに来きたまえ。」

少年しょうねんたちは見知みしらぬ人ひとから、こんなにいろいろなものをもらって、いいのかしらと、顔かお見合みあわせて、ためらっていましたが、紳士しんしのすすめかたがうまいので、両りょうチームとも、このりっぱなミットを受うけとってしまいました。

「おじさん、魔法まほう博士はかせってほんとうかい。おじさんのうちはどこなの?」

天野あまの勇一ゆういち君くんがたずねますと、紳士しんしは黒くろいマントのそでをはばたくように、ヒラヒラさせ、ほそい目めをいっそうほそくして、またカラカラと笑わらいました。

「すぐそばだよ。ほら、ここからも見みえる、あの八幡はちまんさまの森もりの向むこうに、煙突えんとつがヌッと出でている洋館ようかんさ。わしは一ひと月がつほどまえに、あすこへひっこして来きたんだよ。」

その洋館ようかんなら、少年しょうねんたちはよく知しっていました。赤あかレンガの古ふるい建物たてもので、スレートぶきの急きゅうな屋根やねから、やはりレンガでできた四角しかくな暖炉だんろの煙突えんとつがそびえている。いまどき、どこにも見みられないような、うすきみの悪わるい、へんなうちなのです。

「ヘエー、あの化ばけもの屋敷やしきかい?」

だれかがとんきょうな声こえをたてました。

「ワハハハハハハハ、あのうちは、近所きんじょで化ばけもの屋敷やしきという、うわさがたっていたそうだね。だが、化ばけものなんかより、魔法まほう博士はかせのほうがうわてだからね。化ばけものは逃にげだしてしまったよ。へんなうわさがたってだれも借かり手てがないと聞きいたので、わしが借かりて、すっかり手てをいれて、りっぱなうちにしてしまった。そのうち、きみたちを招待しょうたいするからね、見みにくるといい。」

「魔法まほうの力ちからで、空気くうきの中なかから、いろいろなものを取とりだして、かざりつけをしたのかい?」

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