さて、明智探偵がつれさられた、その同じ夜のこと、怪屋にとじこめられている、小林少年のほうには、また、べつのふしぎがおこっていました。
その夜、あの牢屋のような部屋で、夕食をたべたあとで、小林君はりっぱな洋室へうつされました。魔法博士ではなく、ボーイの服を着た男が、案内したのです。そして、「ここで、しばらくやすんでいらっしゃい。いまにおもしろいことが、はじまるからね。」と言って、ニヤニヤ笑いながら、立ちさりました。むろん、ドアには、外からかぎがかけられたのです。
小林君は、大きなアーム・チェアに腰をおろして、ゆっくり部屋の中を見まわしました。じつにりっぱな部屋です。外国映画に出てくる古い貴族の家にあるような、ドッシリとおちついた部屋です。それに、ふしぎなことは、四方のかべに大小さまざまの鏡が、はめこみになっていて、まるで、鏡の部屋とでもいうような感じなのです。
天井から、すずらんの花をたばにしたような、古風なシャンデリヤがさがっていましたが、それが四方の鏡にうつってチカチカ光って、まるで宝石をちりばめた部屋に入れられたようです。
それにしても、さっき、ボーイ服を着た男が、「いまにおもしろいことが、はじまるからね。」と言ったのは、いったい何を意味するのでしょうか。どこにおもしろいことがおこるのでしょうか。
部屋の中はシーンとしずまりかえって、なんだかおそろしくなるほどです。あの虎はどこにいるのでしょう。いまごろは、また、ドアの外の廊下を、目を光らせてノソノソ歩いているのではないでしょうか。ふと気がつくと、どこかで、コト、コトとかすかな物音がしました。その音のするほうに目をやっても、何もありません。ただ、かべにはめこんだ、大きな鏡が、つめたくチカチカと光っているばかりです。
また、コト、コトと音がしました。どうもその大鏡のへんから、ひびいてくるようです。
小林君は、思わず立ちあがって、鏡の前に近づきました。そこには、シャンデリヤの光を、うしろにして、小林君自身の姿が、大きくうつっているばかりでした。
ところが、その自分の姿を、ジッと見ていますと、ふしぎなことがおこったのです。鏡にうつっている小林君の姿が、スーッと消えるように、うすくなっていくではありませんか。
びっくりして、見つめているうちに、だんだん、うすくなっていく自分の姿に、かさなるようにして、べつの少年の姿が、あらわれてきました。しかも、ひとりではありません。三人の少年が、おたがいに、からだをすりよせるようにして、立っている姿です。
小林君は思わず、「アッ。」と声を立てました。その三人は、よく知っている少年たちだったからです。花田君、石川君、田村君、読者もごぞんじの少年探偵団の幹部です。
いったい、この三少年が、どうして大鏡にうつっているのでしょう。そして、小林君の姿が消えてしまったのでしょう。三少年をてらしている光は、シャンデリヤよりも、ずっと明かるいようです。まるで、ガラス窓から、向こうの明かるい部屋を、のぞいているような感じです。映画やテレビではありません。たしかに五メートルほど向こうに、三人の少年が立っているのです。
小林君は、ふと、あることを思いだしました。いつか科学博物館で、こういう鏡を見たことがあります。それはこんな大きなものではなくて、やっと顔がうつるぐらいの小さい鏡でしたが、かべを、そこだけくりぬいて、ガラスがはめてあり、どちらがわから見ても、ふつうの鏡のように見えるのですが、こちらの部屋をくらくし、向こうの部屋を明かるくすると、ガラスがすきとおって、いままでうつっていた自分の顔が消え、向こうの部屋の中がハッキリ見えるのです。
小林君は、あのしかけにちがいないと思いました。ですから小林君のほうからは見えるけれども、三人の少年のほうからは、小林君の姿は見えないのです。もし見えれば、向こうでも、びっくりするでしょうが、そんなようすはすこしもありません。
向こうの部屋は、かざりも何もない、まるで牢屋のようなきたない部屋です。三人の少年は、あきらかに、魔法博士のために、かんきんされているのです。いつのまに、つれてこられたのでしょう。
小林君が紙しばいのじいさんにおびきよせられたような、何かそれとにたやり方でつれてこられたのかもしれません。それとも、もっとおそろしい方法でゆうかいされたのかもしれません。
声をかけようとしても、厚いガラスにへだてられているので、どうすることもできません。少年たちは、小林団長がここにいることを、すこしも知らないのです。
すると、そのとき、鏡の一方のはじに、チラッと黄色いものがあらわれました。なにかゾッとするような、黄色と黒のだんだらぞめのものです。
虎の首です。金色に光った目が、少年たちを見つめています。むろん、首だけではありません。やがて、肩が見え、足が見え、猛虎の全身があらわれたのです。
小林君は、ハッと、息をのんだまま、身うごきもできなくなりました。
虎は、三人の少年に向かって、まっかな口をガッとひらきました。いまにも飛びかかろうとしているのです。
小林君は、目がクラクラッとして、目の前がスーッと暗くなるような気がしました。すると、おそろしい虎の顔も、三人の少年の姿も、もやにへだてられたように、消えていきました。
ハッと気がついたときには、前にあるのは、ふつうの鏡で、そこに小林君自身の青ざめた顔が、うつっているばかりです。
なんだかおそろしい夢でも見たような気持ちでした。小林君は魔法博士の催眠術にかかって、ありもしないものを見たのでしょうか、いやそうではありません。三人の少年は、たしかに鏡の向こうがわにいたのです。そして、そこへ一ぴきの猛虎がはいって来たのです。
ああ、少年たちは、いったいどうなったのでしょうか。いまごろは猛虎のために、むごたらしいめにあっているのではないでしょうか。