← Library‹ 怪奇四十面相 警官と乞食少年

お話はなしはもとにもどって、黒衣こくいの人形にんぎょうをしばりつけたアドバルーンが、世界せかい劇場げきじょうの塔とうから、とびさった、すぐあとのことです。怪獣かいじゅうのならんでいる塔とうの屋根やねから、ほそい黒くろいひもが、スーッとさがり、そのひもをつたって、ひとりの制服せいふくの警官けいかんが、劇場げきじょうの屋上おくじょうへ、おりてきました。

そこは塔とうのうしろがわなので、だれも見みているものはありません。それに、みんなアドバルーンに気きをとられていたので、このふしぎな警官けいかんに注意ちゅういするものは、ひとりもありませんでした。

警官けいかんは、いま、つたいおりた、ほそいひもを、手てもとにたぐりよせると、それをまるめて、ポケットにおしこみ、屋上おくじょうの出入でいり口くちから、劇場げきじょうのなかへはいっていきました。

それから五ご分ふんほどのち、世界せかい劇場げきじょうの正面しょうめん玄関げんかんから、さっきの制服せいふく警官けいかんが、大おおきなふろしきづつみをかかえて、出でてきました。ふろしきのなかみは、なんだかわかりませんが、直径ちょっけい五十ごじゅうセンチほどのまるくて、うすべったいものです。大おおきなおぼんのようなかたちです。

劇場げきじょうの前まえのひろばには、まだおおぜいの人々ひとびとが、むらがっていました。そのなかには警官けいかんの一隊いったいも、まじっているのです。その警官けいかんのひとりが、いま、玄関げんかんから出でてきた、ふしぎな警官けいかんに、声こえをかけました。

「きみはどこの署しょの人ひとですか。その大おおきな荷物にもつは、なんです?」

すると、ふしぎな警官けいかんが、にこにこしながら、こたえました。

「ぼくは警視けいし庁ちょうのものですよ。中村なかむら係かかり長ちょうさんの命令めいれいで、しょうこ品ひんを、持もってかえるのです。」

「みょうなかたちのものですね。それは、いったい、なんですか。」

「ぼくにもわかりませんよ。ふろしきに、つつんだまま、渡わたされたのです。係長かかりちょうさんは、なにか、お考かんがえがあるのでしょう……。じゃあ、しっけいします。」

ふしぎな警官けいかんは、そう言いいすてて、人ひとごみを、かきわけながら、どこかへ、立たちさってしまいました。

それから、また十じゅう分ふんほどのちのことです。中央ちゅうおう区くの、とあるさびしい屋敷やしき町まちを、さっきの、ふしぎな警官けいかんが、テクテクと、歩あるいていました。やっぱり、まるい大おおきな、ふろしきづつみを、こわきにかかえているのです。

街灯がいとうもまばらな暗くらい町まちです。両りょうがわには大おおきな邸宅ていたくのコンクリート塀べいや、板塀いたべいや、こんもりした、いけがきなどが、つづいています。まだ日ひがくれたばかりなのに、人通ひとどおりは、まったくありません。東京とうきょうのまんなかに、こんなさびしい町まちがあったのかと、あやしまれるほどです。

ふしぎな警官けいかんは、そのさびしい暗くらい町まちを、コツコツと、歩あるきながら、おもしろくてたまらない、というように、ニヤニヤ笑わらっていました。

「ウフフフ……、うまくいったぞ。われながら感心かんしんするほどだ。さっきのおまわりさん、中村なかむら係かかり長ちょうにあったら、おれのことを報告ほうこくするだろうな。係かかり長ちょうのおったまげる顔かおが見みえるようだ。係かかり長ちょうはこんな荷物にもつを、渡わたしたおぼえはないんだからな。

しかし、四十よんじゅう面相めんそうが制服せいふく警官けいかんに化ばけて、逃にげだしたなんて、まさか気きがつくまい。四十よんじゅう面相めんそうはアドバルーンにのって、空そらをとんでいるはずじゃないか。フフフ……、アドバルーンにさがっていたのは、人形にんぎょうで、ほんものの四十よんじゅう面相めんそうは、警官けいかんになりすまして、こんなところを、歩あるいているなんて、どんな名めい探偵たんていにだって、わかりっこないよ。」

ふしぎな警官けいかんは、ブツブツと、口くちのなかで、そんなことをつぶやいていました。

では、この警官けいかんは、じつは、怪人かいじん四十よんじゅう面相めんそうだったのでしょうか。そうです。これが、かれの大だい奇術きじゅつなのです。みんながアドバルーンに気きをとられているすきに、かれは絹糸けんしのなわばしごで、塔とうの屋根やねからおり、劇場げきじょうのなかを通とおって、玄関げんかんに出でたのです。

警官けいかんの制服せいふくは、脱獄だつごくを用意よういしているあいだに、部下ぶかに命めいじて黒衣こくいの人形にんぎょうといっしょに、塔とう上じょうの怪獣かいじゅうのかげに、かくさせておいたものです。なんという用心ようじんぶかさでしょう。脱獄だつごくして俳優はいゆうに化ばけたあとで、まんいち、正体しょうたいを見みやぶられたときのことを、まえもって、ちゃんと考かんがえておいたのです。そのときはアドバルーンを利用りようして、警官けいかんに化ばけてと、なにからなにまで、いちぶのすきもなく、用意よういしてあったのです。

かれは、アドバルーンに人形にんぎょうをくくりつけ、つなをきりはなすと、てばやく、その警官けいかん服ふくを身みにつけて、なにくわぬ顔かおで、むらがる群集ぐんしゅうと、警官けいかん隊たいの前まえにすがたをあらわしたのです。

どろぼうが警官けいかんに化ばけるとは、なんという、きばつな思おもいつきでしょう。しかし、考かんがえてみれば、これがいちばん安全あんぜんなのです。警視けいし庁ちょうと所轄しょかつ警察けいさつ署しょの警官けいかんが、いりまじっていて、おたがいに顔かおを知しらないのですから、そこへ、まったく見みおぼえのない警官けいかんがあらわれても、だれも、うたがうものはないのです。

それにしても、警官けいかんに化ばけた四十よんじゅう面相めんそうが、こわきにかかえている、まるい荷物にもつは、いったい、なんでしょうか。これは、世界せかい劇場げきじょうのなかから、持もってきたのにちがいありませんが、あのふろしきのなかには、なにが、つつんであるのでしょう。おそろしく用心ようじんぶかい四十よんじゅう面相めんそうのことですから、これも、なにか危急ききゅうのばあいの、奇術きじゅつの種しゅかもしれません。

ふしぎな警官けいかんは、まだニヤニヤ笑わらいながら、暗くらい町まちを、コツコツと、歩あるきつづけています。

ところが、よく見みると、その町まちを歩あるいているのは、四十よんじゅう面相めんそうだけでないことが、わかってきました。四十よんじゅう面相めんそうの二十にじゅうメートルほどあとから、小ちいさな人間にんげんが、すこしも足音あしおとをたてないで、こっそりと尾行びこうしているではありませんか。

それはゾッとするほど、きたならしい、乞食こじきの少年しょうねんでした。かみの毛けは、モジャモジャにのびて、目めの上うえまでたれさがっています。ジャンパーのようなものを着きているのですが、それがボロボロにやぶれ、ズボンも、すそがちぎれて、ひざっこぞうが見みえ、顔かおも手ても足あしも、まっ黒くろによごれて、まるで黒くろんぼうのような少年しょうねんです。クツもはかず、すあしに、わらぞうりをはいているのです。そうです。読者どくしゃ諸君しょくんが、お気きづきになったとおり、これは少年しょうねん名めい探偵たんてい、小林こばやし君くんの変装へんそうすがたでした。

世界せかい劇場げきじょうのまわりの大だい群集ぐんしゅうのなかで、たったひとり、アドバルーンのごまかしを、もしやと、うたがった人間にんげんがありました。それが小林こばやし少年しょうねんだったのです。

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