← Library‹ 怪奇四十面相 変装術

それから、じつにみょうなことが、はじまったのです。明智あけち探偵たんていともあろうものが、とほうもないことを、やりだしたのです。

手洗てあらい所しょにはいって、あんないの女中じょちゅうが立たちさると、探偵たんていは、入いり口ぐちのドアをしめて、ポケットから、針金はりがねのまがったものを、とりだし、それをかぎ穴あなにいれて、カチカチ音おとをさせていたかと思おもうと、ピチンとかぎがかかってしまいました。つまり、自分じぶんを、手洗てあらい所しょの中なかへ、とじこめてしまったのです。そとから、だれかがあけようとしても、ひらかないようにしたのです。明智あけちは、いったい、なにをはじめるつもりでしょう。

部屋へやの一方いっぽうに洗面せんめん台だいがあって、その上うえのかべに、大おおきな鏡かがみが、はめこみになっています。明智あけちはその前まえに立たって、自分じぶんの顔かおを、鏡かがみにうつしました。

「フフン、明智あけち先生せんせい、きみとも、もうおさらばだよ。」

みょうなひとりごとを言いって、ニヤリと笑わらったかと思おもうと、かれは、自分じぶんの頭あたまを両手りょうてでつかんで、モジャモジャのかみの毛けを、いきなり、はがしはじめました。すると、頭あたまの皮かわが、スルスルと、めくれてしまったではありませんか。いや、頭あたまの皮かわではありません。それは、ひじょうによくできたカツラだったのです。

カツラをはいでしまうと、その下したから、ほんとうの頭あたまがあらわれました。すそのほうを、みじかくかって、七なな三さんに分わけた黒くろいかみの毛けです。

とくちょうのあるモジャモジャ頭あたまがなくなると、明智あけちの顔かおが、すっかり、かわってしまいました。それは、もう、明智あけち探偵たんていではありません。えたいのしれぬ、ひとりの、あやしげな男おとこです。

男おとこは、カツラを洗面せんめん台だいにおくと、こんどは、ポケットから、銀色ぎんいろの、まるいコンパクト(おしろい入いれ)を出だして、パチンとひらき、その中なかにはいっている赤黒あかぐろいえのぐのようなものを、両手りょうての指ゆびにつけると、それを、顔かおいちめんにぬりつけるのでした。

鏡かがみのなかの男おとこの顔かおは、みるみる赤黒あかぐろくかわっていきました。それから、黒くろいチョークのようなもので、まゆげをふとくぬり、目めのまわりも、うす黒ぐろく、いろどりますと、いままでの、白しろい明智あけちの顔かおが、日ひにやけた、わかい労働ろうどう者しゃの顔かおに、かわってしまいました。

男おとこは鏡かがみをのぞいて、さも、まんぞくらしく、ニヤリと笑わらいましたが、つぎには、着きていた黒くろい背広せびろとズボンとワイシャツを、てばやく、ぬぎすてました。すると、ワイシャツの下したに、きたないセーターを、着きこんでいることがわかりました。

それから、上着うわぎとワイシャツは、小ちいさくまるめて、洗面せんめん所しょのすみにあったくず箱ばこの底そこにおしこみ、ズボンは、うらがえしにして、はきました。すると、いままでの、黒くろの背広せびろのりっぱな紳士しんしが、たちまち、うすぎたない労働ろうどう者しゃの若者わかものにかわってしまいました。ズボンのおもては、きれいな黒くろラシャですが、それをうらがえすと、きたないカーキ色いろのもめんに、かわるのです。おもてと、うらと、両方りょうほうつかえる、変装へんそう用ようのズボンなのです。

たった三さん分ふんでした。三さん分ぶんのあいだに、明智あけち探偵たんていは、きたないセーターに、カーキ色いろのズボンをはいた若者わかものに、はやがわりをしてしまったのです。

その男おとこは、すっかり、みなりをかえると、もういちど、鏡かがみのなかをのぞきこんで、ぶきみな笑わらいを、もらしましたが、セーターのすそをまくって、腹はらのへんにかくしていた、もみくちゃになった鳥打とりうち帽ぼうをとりだし、その中なかにまるめてあった、十じゅうセンチ四方しほうほどの紙かみをたばにしてとじたものを、左手ひだりてにもち、鳥打とりうち帽ぼうは頭あたまにのせました。これですっかり、用意よういができたのです。

男おとこは、さっきの、まがった針金はりがねで、入いり口ぐちのドアをひらくと、ソッと廊下ろうかに出でました。さいわい、あたりに、人ひとかげもありません。男おとこはまたニヤリとして、すこしも足音あしおとをたてない歩あるきかたで、かげのように、玄関げんかんまでたどりつき、そのまま、門もんのほうへ、歩あるいていきました。

そのじぶんには、宮永みやなが家かの門前もんぜんには、私服しふくや制服せいふくの警官けいかんが四、五しご人にん、見みはりをしていました。明智あけち探偵たんていからの電話でんわで、警視けいし庁ちょうから、かけつけた人ひとたちです。

変装へんそうした男おとこは、左手ひだりてに持もった紙かみのたばを、ヒラヒラと、見みせびらかすようにして、警官けいかんたちの前まえを、通とおりかかりましたが、すると、ひとりの警官けいかんが、

「オイ、きみはだれだね。」

と、よびかけました。

「電灯でんとう会社かいしゃです。メーター調しらべですよ。」

若者わかものは、手てにした紙かみのたばを、警官けいかんの目めのまえに、さしだしました。それは電灯でんとうのメーターの数字すうじを書かきいれる、印刷いんさつした紙かみをとじたものでした。

「アア、そうか。よろしい。」

警官けいかんがうなずいてみせると、若者わかものはピョコンと、ひとつ、おじぎをして、そのまま、いそぎあしに、立たちさってしまいました。

警官けいかんたちは、古こ道具どうぐ屋やの老人ろうじんに化ばけた四十よんじゅう面相めんそうを、まちぶせていたのです。それは、これから、やってくるはずでした。中なかから出でてくる人ひとを、うたがう必要ひつようは、すこしもなかったのです。電灯でんとう会社かいしゃのメーター調しらべという答こたえに、アア、そうかと、見みのがしてしまったのは、むりもないことでした。

ところが、それから五、六ごろく分ふんたったかと思おもうころ、一いち台だいの自動じどう車しゃが、門前もんぜんにとまり、中なかから、黒くろい背広せびろを着きた明智あけち探偵たんていがあらわれ、警官けいかんたちのそばへ、近ちかづいてきました。

「アッ、明智あけち先生せんせいですか。」

ひとりの私服しふくの警官けいかんが、みょうな顔かおをして、明智あけちの前まえに、立たちふさがりました。

「ヤア、ごくろうさん、ぼくのまえに、だれもこなかっただろうね。」

明智あけちが、にこにこしてたずねますと、警官けいかんは目めをパチパチさせて、ひどく、どもりながら、へんなことを、言いいだしました。

「あなたは、ほんとうに、明智あけち先生せんせいですか。」

「ほんとうだとも。なにか、あやしいと思おもうわけがあるのですか。」

「それがあるのですよ。わたしたちは、十じゅう分ふんほどまえに、ここへついたのですが、ここのうちの女中じょちゅうにきいてみると、明智あけち先生せんせいと小林こばやし君くんとが、いま客間きゃくまで、ご主人しゅじんと話はなしているところだということでした。ですから、明智あけち先生せんせいは、このうちのなかに、おいでになるとばかり思おもっていたのですよ。そこへ、いまごろになって、また先生せんせいがこられるというのは……。」

「エッ、ぼくが、うちのなかにいるって? まちたまえ。それじゃあ、きみたちがここへ来きてから、だれか、この門もんを出でていったやつがあるね。あるだろう?」

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