そのとき、黒井博士は、岩の上に立って、三人の漁師を見まわしながら、むずかしい顔をして、みょうなことを言いだすのでした。
「きみたちに、ちょっと、言っておくことがある。きみたちは、四十面相という、どろぼうのうわさを、聞いているだろうね。」
すると、若者のひとりが、答えました。
「知っているとも。あの、四十もべつの顔をもっているという、大どろぼうでしょう。新聞やラジオでおれたちも、みんな知っている。その四十面相が、どうかしたのかね。」
「その四十面相が、ここへやってくるかもしれないのだ。」
「エッ、ここへ?」
「そうだよ。わたしたちの探検のじゃまをしに、やってくるはずなんだ、きみ、五郎さんとかいったね。」と、博士は、若者のひとりを指さしました。「きみは、手旗信号ができるんだってね。それをやってもらいたいのだよ。どこか高いところへあがって、町のほうを見ていてくれないか。リュックの中に双眼鏡があるから、それで、宿屋の屋根の上を見はっているんだ。
宿屋の主人にたのんで、もうひとり、手旗信号のできる人が、やとってある。もし、町へ、東京ものらしい人間が、やってきたら、その人が、宿屋の屋根にのぼって、手旗信号をおくる手はずになっているんだよ。それを読んで、わたしたちに、知らせてもらいたいのだ。
きょう、町へやってくるのは、四十面相だけじゃない。わたしたちの友だちも、やってくるはずだ。それは八木という人だよ。だから、手旗が、八木が来たと信号したら、この船で、むかえにいってもらいたい。
また、もし、手旗が、名のわからない人が来たと信号したら、けっして、この島へ、ちかよらせてはいけない。そいつが、べつの船でやってくるようだったら、みんなが力をあわせて、島へあがらせないように、じゃまをするのだ。
きみたちも、聞いているだろうが、四十面相というやつは、人をころしたり、きずつけたりすることが、だいきらいだから、けっして、あぶないことはない。ただ、じゃまをすればいいのだ。わかったかね。」
お礼がほしいためとはいえ、魔もののいる島へ、すすんで、やってくるほどの人たちですから、それを聞いても、さしてこわがるようすはありません。ふたりの若者などは、かえって、いさみたつようにみえました。
「じゃあ、おれ、このがけをのぼって、見はりをするから、おめえ、リュックをしょって、あんないしろよ。」
五郎という若者は、リュックの中から、双眼鏡と、赤と白の手旗をとりだし、そのまま、いっぽうのがけのほうへ、歩いてゆきました。
そこで、黒井博士は、年とった漁師にむかって、
「きみは船にのこって、やはり見はりをしてくれたまえ。」
と、さしずし、つぎに、のこった若者に、よびかけました。
「さあ、その、ほらあなのところへ、あんないしてくれたまえ。この島には、大きなほらあなが、ふたつあるんだってね。町のほうから見て、左にあたるほらあなへ、行くんだよ。」
すると、リュックを、肩にかけた若者が、
「わかってます。それが、魔もののすんでいるほらあなだよ。だんながたは、魔ものにあいにきたんだからね。」と言って、大声に、笑いました。大胆らしい男です。
そこで、若者を、先頭にたてて、出発したのですが、無人島のことですから、道というものがありません。ただ、デコボコの岩が、どこまでもつづいているばかりです。四人は、一列になって、岩から岩と、つたいながら、だんだん、島の中心へと、はいっていきました。
しばらく、すすむと、がけとがけに、はさまれた、谷底のようなところへ、さしかかりました。両がわの、びょうぶのような岩は、いよいよ高くなり、その底を歩くのですから、あたりは、夕がたのように、うす暗いのです。いまにも、そのへんの岩かどから、怪物がとびだしてくるのではないかと、さすがの小林少年も、すこし、うすきみが悪くなってきました。
「オヤッ、あの音は、なんだろう。」
とつぜん、黒井博士が立ちどまって、あたりをながめました。
耳をすますと、島のまわりには、うちよせている波の音とちがった、ドドドド……という、きみの悪いひびきが、どこからか、聞こえてきます。巨大な怪物が、ほらあなから、はいだして、こちらへ、近づいてくるのではないでしょうか。
「なあに、おどろくことはないよ。あれが、ほらあなさ。」
さきにたつ若者が、こともなげに、いうのです。
「あれが、ほらあなだって? ほらあなから、あんな音がでるのかね。」
「そうじゃない。滝ですよ。滝が流れだしている音さ。」
ああ、なるほど、「ながるるなんだのおくへ」でした。ほらあなからは、涙が流れていなければなりません。つまり、水が流れていなければなりません。そうでなくては、あの暗号の文句と、合わないことになります。
それから、またしばらく、すすみますと、さきにたっていた若者が、とんきょうな声をたてました。
「ホーラ、あれが滝だよ。見えるだろう。ほらあなから、滝が流れているのが。」
岩かどを、ひとつまがると、はるかむこうに見あげるばかりの高いがけがそびえ、その下のほうに、大きなほらあなが、まっ黒な口をひらいているのが、見えました。その口から、おそろしい、いきおいで、水が流れだしているのです。
水のおちる高さは、二メートルぐらいで、滝というよりも、激流といったほうがよいかもしれません。その下には、谷川のように水が流れていますが、それは、海が、まがりくねって、いりこんで、入江のようになっているのです。
「ふしぎだねえ。こんな小さな島の、どこから、あんな水が、わきだすのだろう。」
黒井博士が、滝をみつめて、小首をかたむけました。すると、リュックをしょった若者が、
「あれは、わきだすんじゃない。やっぱり海の水だよ。このむこうがわの、岩のさけめに、うちよせた海の水が、こちらへ、流れだしてくるのさ。だから、ひきしおになれば、あの滝は、なくなってしまうんだ。」と、説明しました。
「フーン、すると、ひきしおまで、またなければ、ほらあなの中へ、はいれないわけだね。きょうはいつごろ、ひきしおになるんだろう。」