← Library‹ 鉄塔の怪人 奇怪な消失

ぶきみな妖虫ようちゅうの姿すがたが、賢二けんじ少年しょうねんたちの部屋へやの中なかに、消きえてしまうと、広田ひろたは、にわかに、あわてだしました。もう夜よるの十じゅう時じなので、勉強べんきょう部屋へやにはだれもいません。にいさんの壮一そういち君くんも、弟おとうとの賢二けんじ君くんもべつの部屋へやで、寝ねていたからです。しかし、カブトムシは、その寝室しんしつまでも、ゴソゴソと、はっていくかもしれません。そして、賢二けんじ君くんを、あの長ながい足あしでつかんで、どこかへつれさるかもしれないのです。

広田ひろたはそれをおもうと、もうじっとしていられません。いきなり、勉強べんきょう部屋へやの外そとに、かけよって、いましがた、カブトムシのはいっていった窓まどに、よじのぼり、まっ暗くらな、部屋へやの中なかへ、はいっていきました。

部屋へやのすみに、身みをかがめて、じっと耳みみをすましても、なんの音おとも聞きこえません。あれだけの大おおきな虫むしが、もし部屋へやの中なかにいるとすれば、なにか音おとがするはずです。それが、シーンとしずまりかえっているのをみると、怪物かいぶつはもう、部屋へやから廊下ろうかのほうへ、出でていったのかもしれません。

広田ひろたは、おずおずとスイッチのところへ近ちかよって、パッと電灯でんとうをつけました。やっぱり、部屋へやの中なかにはなにもいません。怪物かいぶつは、廊下ろうかに出でてしまったのです。

「たいへんです。だれか来きてください。カブトムシが、カブトムシが……。」

広田ひろたは、おもいきりどなっておいて、死しにものぐるいの勇気ゆうきをだして、廊下ろうかへ、とびだしていきました。

廊下ろうかには電灯でんとうがついているので、一目ひとめでわかります。左ひだりは行いきどまりですから、右みぎのほうを見みればよいのですが、長ながい廊下ろうかには、なにもいません。廊下ろうかのむこうには、居間いまや茶ちゃの間まや寝室しんしつがあるのですが、広田ひろたのどなり声ごえに、そのほうから、主人しゅじんの高橋たかはしさんが、びっくりして、廊下ろうかへ、かけだしてきました。そのうしろに、おくさんや女中じょちゅうさんの姿すがたも見みえました。寝ねていた壮一そういち、賢二けんじの兄弟きょうだいもねまきのまま、外そとへ、とびだしてきました。

「広田ひろた、どうしたんだ。なにごとだ。」

高橋たかはしさんが、大声おおごえで、たずねました。

「カブトムシです。おばけカブトムシが、この廊下ろうかへ、はいこんだのです。」

広田ひろたは、息いきをきらしています。

「どこに? 廊下ろうかには、なにもいないじゃないか。」

「ほかへ行いくひまはありません。ぼくはすぐあとから、おっかけたのですから。みょうだなあ、たしかに、この廊下ろうかに、いるはずなんだが。そちらの茶ちゃの間まのほうへは行いかなかったでしょうね。」

「くるはずがないよ。わたしたちがいたんだからね。」

「すると、どこにも、にげみちはないはずですね。ふしぎだなあ。」

「おまえ、夢ゆめでも見みたんじゃないのか。」

「いいえ、けっして、夢ゆめなんかじゃありません。」

広田ひろたはそこで、庭にわで見みたことを、てみじかに話はなしました。

「広田ひろたさん、おとうさんの書斎しょさいのドアが、すこし、あいてるよ。あの中なか、見みたの?」

壮一そういち少年しょうねんが、目めばやくそれに気きづいて、遠とおくから声こえをかけました。

みんなの目めがそのドアを見みました。たしかに、四よんセンチか五ごセンチひらいているのです。この廊下ろうかの、勉強べんきょう部屋へやから、茶ちゃの間ままでのあいだには、右みぎがわに主人しゅじんの高橋たかはしさんの大おおきな書斎しょさいが一ひとつあるきりで、左ひだりがわは、ずっと壁かべになっているのです。もし、怪物かいぶつが、にげこんだとすれば、この書斎しょさいのドアのほかには、ないわけです。

「書斎しょさいの窓まどには、こうしがはまっている。もし、ここへはいったとすれば、袋ふくろのネズミだ。」

高橋たかはしさんはそういって、広田ひろたに目めくばせをしました。ドアをあけてみよといういみです。

広田ひろたは、ドアのそばに近ちかよりました。しかし、それをひらくのには、よほどの勇気ゆうきがいります。かれは、そこに立たちすくんだまま、しばらく、ためらっていました。

すると、そのとき、そのドアが、ひとりでに、すこしずつ、ひらきはじめたではありませんか。中なかから、ひらいているのです。

それを見みると、人ひとびとは、ギョッとして、あとじさりをしました。あのおそろしい妖虫ようちゅうが、まがった足あしで、ドアをひらいて、みんなの前まえに、とびだしてくるのだと思おもったからです。

ドアは、みるみる大おおきくひらいていきました。中なかはまっ暗くらです。そのやみの中なかから、ヌーッと出でてきたのは、おばけカブトムシではなくて、意外いがいにも、もうひとりの書生しょせいの青木あおき青年せいねんでした。

「アッ、青木あおき君くんか。カブトムシを見みなかったか。」

高橋たかはしさんが、しかりつけるように、いいました。

「いいえ、この部屋へやにはなにもいません。」

「きみは、まっ暗くらな書斎しょさいで、なにをしていたんだ。」

「本ほんだなの本ほんをおかりしに、はいったのです。いつでも、かってに読よんでいいとおっしゃったものですから。本ほんをさがして、電灯でんとうを消けして、出でようとすると、廊下ろうかがさわがしくなったので、ちょっと、出でそびれていたのです。」

青木あおきはそういって、手てに持もっていた一いちさつの本ほんを見みせました。法律ほうりつの本ほんでした。

「そうか。それならいいが、しかし、おかしいな。広田ひろたは、人間にんげんほどの大おおきさのカブトムシが、この廊下ろうかへ、はいこんだというのだ。そして、わたしたちと広田ひろたとで、はさみうちにしたわけだから、にげみちは、この書斎しょさいのほかにはない。ところが、きみはなにも見みなかったという。どうもふしぎだ。ねんのために、書斎しょさいの中なかをしらべてみよう。」

高橋たかはしさんが、さきにたって、書斎しょさいにはいり、スイッチをおして、電灯でんとうをつけました。広田ひろたと、壮一そういち君くんとが、そのあとにつづき、青木あおきは本ほんを持もって、どこかにたちさりました。

書斎しょさいの中なかには、なにもいませんでした。机つくえの下したや本箱ほんばこのうしろなども、じゅうぶんさがしましたが、なにもいないのです。窓まどをひらいて、こうしをしらべてみましたが、どこもこわれてはいません。

「おい、広田ひろた君くん。きみはやっぱりまぼろしでも見みたんだろう。もし、カブトムシが、家いえの中なかにはいったのなら、これほどさがして、見みつからないはずがないじゃないか。きみは、こんやは、どうかしているよ。」

高橋たかはしさんが、にが笑わらいをして、いいました。広田ひろたは、頭あたまをかきながら、首くびをかしげるばかりです。しかし、広田ひろたは、あの怪物かいぶつがまぼろしだったとは、どうしても、考かんがえられません。たしかに妖虫ようちゅうが、はいこんできたのです。しかも、それがあっというまに、煙けむりのように消きえうせてしまったのです。

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