← Library‹ 灰色の巨人 名犬シャーロック

いよいよ十じゅう一いち日にちの夜よるになりました。やくそくの八はち時じすこし前まえに、園井そのいさんのやしきの百ひゃくメートルほど東ひがしの町まちかどに、一いち台だいの自動じどう車しゃが、ヘッドライトを消けしてとまっていました。運転うんてん手しゅのほかに、うしろのせきにも、ひとりの男おとこが乗のっていました。

自動じどう車しゃから三十さんじゅうメートルほどはなれた電柱でんちゅうのかげに、ひとりの男おとこがかくれるようにして、キョロキョロあたりを見みまわしていました。明智あけち探偵たんていや警官けいかんなどが、あとをつけてくるといけないので、灰色はいいろの巨人きょじんの部下ぶかのものが、見みはりをつとめているのです。

そこは、両りょうがわに、大おおきなやしきのコンクリートべいがつづいているさびしい町まちで、日ひがくれると、めったに人ひとも通とおらないようなところでしたが、その暗くらやみの中なかを、向むこうから、へんにヨロヨロする歩あるきかたで、ひとりの男おとこが近ちかづいてきました。

電柱でんちゅうのかげの見みはりのものは、その男おとこが園井そのいさんではないかと、じっと目めをこらしましたが、よく見みると、園井そのいさんとはにてもつかない、きたならしい、こじきみたいな男おとこでした。それが酒さけによっているらしく、口くちの中なかで、なにかブツブツいいながら、ちどり足あしで歩あるいてくるのです。

そして、電柱でんちゅうのまえまでくると、なにかにつまずいて、ヨロヨロと電柱でんちゅうのかげに、よろめいてきました。

そこにかくれていた男おとこは、いそいで身みをよけましたが、まにあいません。よっぱらいが、ころびそうになって、なにかにつかまろうとさしだした手てが、男おとこの服ふくをつかんでしまったのです。

男おとこは、「うるさいっ。」といわぬばかりに、かた手てで、よっぱらいを、はらいのけようとしました。それが、いきおいあまって、なぐりつけたように感かんじたものですから、よっぱらいはだまっていません。

「やい、やい、なんのうらみがあって、おれをなぐりやがった。さあ、しょうちしねえぞ。けんかなら、あいてになってやらあ。さあ、出でてこいっ。」

見みはりの男おとこは、とんだやつにつかまったと思おもいましたが、こっちも、けんかずきの悪わるものですから、たちまち、取とっ組くみあいがはじまってしまいました。上うえになり下したになりの大だい格闘かくとうです。

すると、そのとき、町まちのむこうの方ほうから、まっ暗くらな、かげぼうしのようなものが、チョロチョロと走はしってきて、そこにとまっている自動じどう車しゃのうしろに近ちかづき、車体しゃたいの下したにもぐるようにして、なにかやっていたかと思おもうと、すぐに、そこからはいだして、またチョロチョロとかげのように、むこうの方ほうへ走はしりさってしまいました。それは、子こどもか一いち寸すん法師ほうしみたいに、ひどく小ちいさいやつでした。

ちょうどそのとき、見みはりの男おとこは、よっぱらいと取とっ組くみあっていたので、まったくそれに気きづきませんでした。また、自動じどう車しゃの中なかのふたりも、むこうの取とっ組くみあいを助たすけにいこうか、どうしようかと、その方かたばかり見みていたので、やっぱり小ちいさなかげぼうしのことは、すこしも知しらなかったのです。

小ちいさなかげぼうしが走はしりさってしまうと、いままで取とっ組くみあっていた、よっぱらいが、とつぜん、さっと身みをひいて、そのまま、逃にげるように走はしりだし、見みはりの男おとこが、あっけにとられているうちに、むこうのやみの中なかへ、姿すがたを消けしてしまいました。

あのよっぱらいと、小ちいさなかげぼうしとは、なかまだったのでしょうか。かげぼうしが自動じどう車しゃの下したにもぐりこんで、なにかやるあいだ、見みはりの男おとこの注意ちゅういを、そらしておくために、よっぱらいのまねをして、けんかを、ふっかけたのではないでしょうか。もしそうだとすると、あのよっぱらいとかげぼうしは、いったい、なにものだったのでしょう。

それはともかく、いっぽう、園井そのいさんは、やくそくの八はち時じになると、「にじの宝冠ほうかん」を、明智あけちのおいていった黒くろぬりの箱はこにいれて、それをこわきにかかえて、門もんの前まえから、東ひがしへ百ひゃくメートルほど歩あるいていきますと、そこに、ヘッドライトを消けした自動じどう車しゃがとまっていました。それは、さっき、よっぱらいが、けんかをした、すこしあとのことです。

園井そのいさんが自動じどう車しゃに近ちかづくと、ヘッドライトが、パッパッと、二に―三さん度ど、ついたり、消きえたりしました。これが灰色はいいろの巨人きょじんの車くるまだという、あいずでした。

そして、自動じどう車しゃのドアが、スーッと開ひらき、中なかにいた男おとこが手てを出だして、園井そのいさんを引ひっぱりこむようにしました。いまさら逃にげるわけにもいきませんので、引ひかれるままに中なかへはいりますと、ドアがしまり自動じどう車しゃは走はしりだしました。

「ちょっときゅうくつだが、目めかくしをさせてもらいますよ。」

灰色はいいろの巨人きょじんの手下てしたらしい男おとこが、そういって、黒くろい手てぬぐいのようなもので、園井そのいさんの目めのところをしばってしまいました。園井そのいさんに、いく先さきをさとられない用心ようじんです。

その自動じどう車しゃが、どこかへ走はしりさってしまって、五ご分ふんほどすると、うしろの方ほうから、また、べつの自動じどう車しゃがやってきました。そして、灰色はいいろの巨人きょじんの自動じどう車しゃがとまっていたへんで、ピッタリ停車ていしゃしました。

見みると、その運転うんてん席せきには、明智あけち探偵たんていがハンドルをにぎっています。うしろの客席きゃくせきには、小林こばやし少年しょうねんと、大おおきなシェパードのイヌがのっていました。

明智あけちは、車くるまをとめると、注意ちゅういぶかくあたりを見みまわして、あやしいものがいないことを、たしかめてから、自動じどう車しゃのそとに出でました。それを見みると、小林こばやし少年しょうねんも、シェパードの綱つなを引ひいて、車くるまからおりました。

「シャーロック、しっかりやってくれよ。こんやは、おまえが主人しゅじん公こうだ。うまくいくかいかないか、おまえのはなしだいなんだぞ。」

明智あけち探偵たんていはイヌの頭あたまをたたいていい聞きかせました。シャーロックというのは、このシェパードの名なまえです。明智あけちが知しりあいの愛犬あいけん家かから借かりだしてきたもので、警視けいし庁ちょうにもよく知しられた有名ゆうめいな探偵たんてい犬けんなのです。ですから名なまえも、名めい探偵たんていシャーロック=ホームズにちなんで、シャーロックとつけられていました。

「小林こばやし君くん、あれを。」

明智あけちがいいますと、小林こばやし少年しょうねんは、自動じどう車しゃのゆかにおいてあった、黒くろいドロドロしたもののついたぬのを指ゆびでつまんで、シャーロックのはなの前まえに持もっていきました。プーンと、コールタールのはげしいにおいがします。

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