← Library‹ 海底の魔術師 船室のがい骨

小林こばやし少年しょうねんは、このできごとを、無電むでんで東京とうきょうの警視けいし庁ちょうに知しらせ、そこから明智あけち探偵たんてい事務じむ所しょへ伝つたえてもらいました。

それからは、べつだんのできごともなく、ハヤブサ丸まるは潮しおノ岬みさきの沖おきにつきました。宮田みやたさんの手てにいれた海図かいずには、大洋たいよう丸まるの沈しずんだ位置いちの緯度いどと経度けいどが、ちゃんとしるしてありますから、その位置いちの海底かいていを、水中すいちゅう探測たんそく機きでさぐればよいのです。

水中すいちゅう探測たんそく機きというのは、船ふねから超ちょう短波たんぱを発はっして、それが海底かいていにぶつかって、もどってくる時間じかんがグラフになって、紙かみのうえにあらわれるようになっている機械きかいです。そのグラフの曲線きょくせんで、海うみの深ふかさがわかるのですが、もし沈没ちんぼつ船せんがあれば、そこだけ、きゅうにふくらんだ線せんになってあらわれるので、それとさっしがつくわけです。

ハヤブサ丸まるは、海図かいずにしるしてある海面かいめんを、行いったり来きたりして、くりかえし水中すいちゅう探測たんそく機きのグラフをしらべました。そして、その曲線きょくせんのふくらみが、海底かいていの岩いわやなんかでなくて、沈没ちんぼつ船せんにちがいないことをたしかめたのです。

海面かいめんから沈没ちんぼつ船せんの上部じょうぶまでは、わずかに三十さんじゅうメートルほどでした。これなら、金塊きんかいだけでなく、大洋たいよう丸まるそのものも、引ひきあげることができるかもしれません。大洋たいよう丸まるの船長せんちょうが、正ただしい沈没ちんぼつの位置いちをかくしていたばっかりに、貴重きちょうな金塊きんかいや鉄材てつざいが、二十にじゅう年ねんも海底かいていにねむっていたのです。

沈没ちんぼつ船せんの位置いちがわかると、いよいよ、潜せん水夫すいふをもぐらせてみることになりました。金塊きんかいが、大洋たいよう丸まるのどこにつんであったかは、船長せんちょうの遺言ゆいごん書しょにも書かいてありませんので、それをさがすだけでも、たいへんです。ですから、すぐに金塊きんかいを引ひきあげるわけではなく、まずその沈没ちんぼつ船せんが、はたして大洋たいよう丸まるかどうかを、しらべるための潜水せんすいです。

その日ひは、空そらが青々あおあおとはれわたった、よい天気てんきで、風かぜもなく、波なみもなく、潜水せんすいにはもってこいの日ひよりでした。

サルベージ会社かいしゃの人ひとたちは、ふたりのくっきょうな潜水せんすい夫ふを、えらび出だして、ゴムの潜水せんすい服ふくをきせ、真鍮しんちゅうの潜水せんすいカブトをかぶせてやり、カブトの中なかへ空気くうきをおくる、送気そうきエンジンのよういをしました。

ふたりの潜水せんすい夫ふは、ハヤブサ丸まるの外そとがわにとりつけてある、直立ちょくりつの鉄てつばしごをおりて、タコのおばけのような丸まるい頭あたまをふりながら、いのち綱つなとゴムホースのような送気そうき管かんと、それにまきついている電話でんわ線せんを引ひきずるようにして、つめたい水みずの中なかへ、はいっていきました。

船ふねの上うえでは、船長せんちょうや汽船きせん会社かいしゃの人ひとたちや、この引ひきあげ作業さぎょうの団長だんちょうである宮田みやたさんなどにまじって、賢吉けんきち少年しょうねんと、小林こばやし少年しょうねんとが、海中かいちゅうに異様いような姿すがたを沈しずめていく潜水せんすい夫おっとたちを、じっと、見みまもっていました。

ふたりの潜水せんすい夫ふは、右手みぎてには、なにかをこじあけるための鉄棒てつぼうのようなものを持もち、左手ひだりてには、暗くらい沈没ちんぼつ船せんの中なかをてらすための、水中すいちゅう電灯でんとうをさげていました。

潜せん水夫すいふたちは、足あしのうらにつけた、大おおきなナマリのおもりや、胸むねにさげたナマリのおもりの力ちからで、ぐんぐん水みずの中なかを沈しずんでいきます。沈しずむにつれて、下したの方ほうから巨大きょだいな船体せんたいが見みえてきました。二十にじゅう年ねんもたっているので、水みずの中なかのゴミがつもり、そこから海草かいそうがはえ、また貝かいがらが、いっぱいついていて、鉄てつの船ふねというよりは、海うみの底そこの大おおきな岩山いわやまのように見みえるのでした。船体せんたいは三十さんじゅう度どぐらいによこにかしいで沈しずんでいました。甲板かんぱんがきゅうな坂さかのように、かたむいているのです。ふたりの潜水せんすい夫ふがおりたのは、沈没ちんぼつ船せんの船首せんしゅに近ちかいところでした。かれらは船首せんしゅの外そとがわにたどりついて鉄棒てつぼうで貝かいがらなどを、けずりとり、水中すいちゅう電灯でんとうをふりてらして、船ふねの名なが書かいてある場所ばしょをさがしました。そして、なんなく、それが大洋たいよう丸まるにちがいないことを、たしかめたのでした。

それから、ふたりは、かたむいた甲板かんぱんをよじのぼるようにして、ハッチ(甲板かんぱんから船ふねの中なかへおりる出入でいり口くち)をさがしました。それも、じき見みつかったので、ふたりはそこから、せまい階段かいだんをおりて、下したの船室せんしつへはいっていきました。その鉄てつの階段かいだんにも、いちめんに、貝かいがらがくっついているので、まるで岩いわのほら穴あなの中なかへでも、はいっていくようなかんじです。

階段かいだんをおりたところに、広ひろい部屋へやがありました。いや、部屋へやというよりは、大おおきなほら穴あなです。かたむいた床ゆかには、二十にじゅう年ねんのゴミがたまり、そこから人間にんげんの胸むねまでもあるような、長ながいコンブのような海草かいそうが、いっぱいはえていて、歩あるくこともできないほどです。

そこは上じょう甲板かんぱんの下もとで、貴重きちょう品ひん室しつなどのあるところですから、潜せん水夫すいふたちは、それをさがすために、おりてきたのですが、壁かべは、すっかり貝かいがらにおおわれていて、どこにドアがあるかもわからないほどで、とても、金塊きんかいのありかをみつけだす見みこみはありません。

船室せんしつの床ゆかも、三十さんじゅう度どかたむいているのですから、ナマリのくつで歩あるくたびに、ずるずるとすべります。しかし、陸上りくじょうとちがって、すべっても、ころぶようなことはありません。水みずの中なかでからだが軽かるくなっているからです。

足あしがすべると、海うみ草くさの根ねに十じゅうセンチもたまっているゴミが、むらむらと目めの前まえにわきあがり、むこうが、見みえなくなってしまいます。また、海草かいそうのあいだに、かくれていたさかなが、むれをなして逃にげだします。それが水中すいちゅう電灯でんとうの光ひかりの中なかをとおると、ウロコが金色きんいろ、銀色ぎんいろにかがやいて、じつにうつくしいのです。

潜せん水夫すいふは、手てくびまではゴムの潜水せんすい服ふくですが、ゆびには軍手ぐんてをはめていました。そのほうが仕事しごとがしやすいからです。ひとりの潜水せんすい夫ふが、かたむいた床ゆかにすべって、どろどろしたゴミのなかに手てをつきました。すると、その手てに、なにかみょうな、かたいものがさわりました。

「おい、ほとけさまだぜ。」

陸上りくじょうならば、そういって、なかまにしらせるのですが、潜水せんすい服ふくでは、おたがいに話はなしもできません。水中すいちゅう電灯でんとうを、二に―三さん度ど、よこにふって、こちらを見みよというあいずをしました。そして、ゴミの中なかのかたいものを、ひろいあげ、電灯でんとうの前まえに持もちあげました。

それはがい骨こつの頭あたまでした。黒くろいほら穴あなのような目め、くいしばった長ながい歯はのれつ、潜せん水夫すいふは、沈没ちんぼつ船せんのがい骨こつには、なれていたのですが、やっぱり、ぶきみです。すると、もうひとりの潜水せんすい夫ふが、電灯でんとうの光ひかりの前まえに手てを出だしました。その手ては、がい骨こつの足あしの骨ほねを、にぎっていたではありませんか。

それから、水中すいちゅう電灯でんとうを、床ゆかのゴミのそばに近ちかづけて、さがしてみると、手てや足あしや、あばらの骨ほねが、つぎつぎと、あらわれてきました。大洋たいよう丸まるの船員せんいんが、この部屋へやで死しんでいたのです。それが、いまではバラバラの骨ほねばかりになって残のこっていたのです。

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