← Library‹ 黄金豹 午後十時

それから武夫たけお君くんは、おとうさんの寝室しんしつへいって、今いまのことをしらせましたが、ちょうどそのとき、寝室しんしつの机つくえの上うえの卓上たくじょう電話でんわのベルが、リリリリリ……と、なりだしました。

園田そのださんが、受話じゅわ器きをとってききますと、相手あいては、まったくききおぼえのない、しわがれ声こえで、恐おそろしいことをいうのでした。

「きみは園田そのださんのご主人しゅじんだね。こちらはごぞんじの黄金おうごん豹ひょうだよ。ハハハ……、人間にんげんみたいに口くちのきける、千せん年ねんの魔ま豹ひょうだよ。ところで、二に、三み日かのうちに、あれを、ちょうだいにいくと約束やくそくしておいたね。きょうはまだ二ふた日かめだが、いよいよ今晩こんばんにきめたよ。せいぜい用心ようじんしたまえ。きみがいくら用心ようじんしても、おれは、かならず盗ぬすみだしてみせるよ。時間じかんは午後ごご十じゅう時じかっきりだ。十じゅう時じをすぎても盗ぬすみだせなかったら、おれの負まけだ。しかし、おれは、けっして負まけないよ。それじゃ、あばよ。」

そして、こちらが、なにもいわないうちに、電話でんわがきれてしまいました。

「たいへんだ。すぐみんなを呼よんでおくれ。今夜こんや十じゅう時じに、あいつがやってくるというんだ。」

おとうさんのいいつけで武夫たけお君くんは、うちじゅうをかけまわって、それをしらせました。すると、ふたりの会社かいしゃ員いん、ふたりの書生しょせい、五ご人にんの警官けいかんと、助造すけぞうじいさんが、園田そのださんの寝室しんしつの日本にっぽん間かんへ集あつまってきました。

園田そのださんは、みんなに、応接おうせつ間かんに黄金おうごん豹ひょうがあらわれたこと、いま電話でんわがかかってきたことを話はなしてから、ことばをつづけて、

「じつは、みなさんにしらせないで、わしは、金きんむくの豹ひょうを、この部屋へやの縁えんの下したへ、かくしたのです。しかし、もうこうなったら、わしだけでは、まもりきれない。みんなに力ちからをあわせて、まもってもらわねばなりません。じいや、ここのたたみをあげて、床板ゆかいたをはずしてくれ。」

と、助造すけぞうじいさんに、命めいじました。

そこで、じいさんに、ふたりの書生しょせいも手てつだって、たたみ二にまいと、その下したの床板ゆかいたをとりはずし、豹ひょうの箱はこのうずめてある地面じめんが見みえるようにしました。

「じいや、すこしほって、箱はこがあるかどうか、たしかめてごらん。」

園田そのださんにいわれて、じいさんは、お勝手かっての方ほうから、シャベルを持もってきました。そして、床下ゆかしたの土つちを、ほってみましたが、箱はこはちゃんと、もとの場所ばしょにうずまっていました。まだ盗ぬすまれていなかったのです。

それを見みながら、巡査じゅんさ部ぶ長ちょうのきしょうをつけた警官けいかんが、園田そのださんに話はなしかけました。

「床下ゆかしたではあぶないですね。庭にわから縁えんの下したへもぐりこめば、だれでもここへこられるじゃありませんか。」

すると園田そのださんは、にっこり笑わらって、

「ところが、ここはだいじょうぶなのですよ。この日本にっぽんべやの建物たてものは、土台どだいがコンクリートでできているのです。縁えんの下したは、ぐるっと、コンクリートでかこまれ、ところどころに、空気くうきぬきの四よんかくな穴あながあけてあるのですが、その穴あなにも、こまかく鉄棒てつぼうをはめて、ネズミでさえはいれないようになっているのです。でなければ、このだいじなものを、床下ゆかしたなんかへ、うずめるはずはありませんよ。」

それを聞きくと巡査じゅんさ部ぶ長ちょうは、感心かんしんしたような顔かおをして、

「そうですか。それなら、だいじょうぶですね。しかし、ねんのために、そのコンクリートの土台どだいが、こわれていないか、たしかめてみることにしましょう。相手あいてが相手あいてですからね。どんなからくりがあるか、わかりませんよ。」

といって、部下ぶかの四よん人にんの警官けいかんに、懐中かいちゅう電灯でんとうをもって、床下ゆかしたへもぐるようにさしずしました。

そこで四よん人にんの警官けいかんは、帽子ぼうしや、上着うわぎをぬいで、懐中かいちゅう電灯でんとうをてらしながら、床下ゆかしたへはいっていきましたが、しばらくすると、つぎつぎともどってきて、日本にっぽん間かんをとりまいているコンクリートには、どこにも、異状いじょうがないと報告ほうこくしました。

警官けいかんたちは、たたみ二にまいの穴あなの四方しほうにこしかけて、ピストルをかまえ、まんいち、あやしいやつが、床下ゆかしたにあらわれたら、いつでもピストルがうてるようにして、見みはりをつづけました。

それから夜よるの十じゅう時じまでは、ずいぶん長ながい時間じかんでしたが、ときどきかわりあって便所べんじょへいくほかは、だれもその部屋へやを出でませんでした。食事しょくじなども、そこへはこばせてたべることにしたのです。

夕ゆうがたからは、小林こばやし少年しょうねんと武夫たけお君くんが、見みはりの中なかにくわわりました。武夫たけお君くんが学校がっこうの帰かえりに、明智あけち探偵たんてい事務じむ所しょによって、小林こばやし君くんをさそってきたのです。そのとき、事務じむ所しょには、ちょうど明智あけち探偵たんていもいましたので、小林こばやし君くんは武夫たけお君くんからきいた話はなしを、明智あけち先生せんせいにつたえて、なにか相談そうだんしていました。

「ぼくは、たのまれたわけではないから、きょうはいかないが、きみが、ぼくのかわりになって、てがらをたてるんだね。」

明智あけち先生せんせいが、ニコニコしながら、そんなことをいっているのが聞きこえました。

そうして、みんなが、わき目めもふらず、床下ゆかしたを見みつめて、番ばんをしているうちに、やがて夜よるになり、十じゅう時じが近ちかづいてきました。

「もう、あと十分じゅうぶんですよ。」

巡査じゅんさ部ぶ長ちょうが、時計とけいを見みながら、だれにともなくいいました。すると、四よん人にんの警官けいかんはもとより、園田そのださんも、社員しゃいんも、書生しょせいも、小林こばやし君くんも、武夫たけお君くんも、からだが、ひきしまるように感かんじました。いよいよあと十分じゅうぶんなのです。あいつは、いったい、どんなすがたで、どこからあらわれてくるのでしょうか。

警官けいかんたちの手てにある五ごちょうのピストルは、いつでもうてるように、用意よういされています。いくら魔法まほう使つかいでも、この厳重げんじゅうな警戒けいかいの中なかに、すがたをあらわすことができるのでしょうか。

「あと五ご分ふんです。」

巡査じゅんさ部ぶ長ちょうが、すこし、ふるえ声ごえでいいました。

おおぜいいる部屋へやの中なかが、まるで、あきやのように、しいんと、しずまりかえっています。おき時計とけいの、コチコチと秒びょうをきざむ音おとが、異様いようにはっきり聞きこえるのです。

「あと三さん分ふん。」

「あと二に分ふん。」

「あと一いち分ふん。」

みんなはもう、石いしにでもなったように、身みうごきもしません。武夫たけお君くんは、心臓しんぞうがどきどきしてきました。そっとみんなの顔かおを見みますと、警官けいかんでさえ、青あおい顔かおになっていました。ピストルをかまえた手てが、かすかにふるえています。おとうさんの園田そのださんのひたいには、こまかい汗あせの玉たまが、うきあがっていました。

「アッ、ちょうど十じゅう時じだッ。」

巡査じゅんさ部ぶ長ちょうの高たかい声こえが、部屋へやじゅうにひびきわたりました。

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