明智は話しつづけました。
「宝石商のおくまった応接室へ、黄金豹がとびこんで、あと足でドアをしめたひょうしに、かけがねがおりてしまったので、警官たちが、ドアを破ってとびこむと、部屋の中は、からっぽになっていた。たった一つの窓には、鉄格子がはまっているのだから、どこにも出口はなかった。それなのに、さっき、とびこんだばかりの黄金豹は影も形もなくなっていた。そのときの黄金豹は、むろんきみだった。きみが豹の皮をかぶっていたのだ。
きみは、うすいラシャでつくった洋服をきたうえに、豹の皮をかぶっていた。その洋服は宝石商の店員のだれかの服と、同じ色だったにちがいない。顔や、髪の毛も、その店員とにたように変装していたのだろう。
きみは応接室にはいって、ドアをしめ、かけがねをおろすと、手ばやく豹の皮をぬいで、店員になりすまし、ドアが開かれるのを待っていた。
警官はドアの板を破り、そこから手を入れてかんぬきをはずして、ドアを開いた。そのとき、きみは、開かれたドアと壁とのすきまに、身をかくしたのだ。警官たちは、部屋の中へとびこんで、机だとか、イスだとか、豹のかくれそうなところを、捜しまわった。そのすきに、きみはドアのうしろから出て、店員が警官のてつだいをしていると見せかけて、そのへんを捜すふりをし、ころあいを見はからって、ソッと、逃げだしてしまったのだ。豹の皮は、細ながくまるめて、なにかにつつめば、窓の鉄格子のすきまから、裏のろじへ捨てることもできる。それを、あとから、ソッと、拾いにいけばいいのだ。
これはぼくの想像だが、このほかに、やりかたはないと思う。どうだ、まちがっているかね。……だまっているところをみると、ぼくの想像が、あたったようだね。ハハハ……。」
小林少年のさしむける懐中電灯の、まるい光のなかに、浮きあがっている怪老人の顔は、驚きと恐れに、みにくくゆがんでいます。その表情は、明智の推理が、ことごとく、的中していることを、もの語っていました。
「ところで、もうひとつの密室のなぞが、のこっている。小林君が園田家の書斎に寝ていたときに、あらわれた黄金豹が、どうして消えたかというなぞだ。このなぞは、いっそう、むずかしかった。あのときには、警官がかけつけたわけではないし、宝石商とちがって、おおぜいの人がいるわけでもない。だれかに化けて、逃げだすことは、むずかしいのだ。
この秘密を、発見するためには、密室のなぞのほかに、もっとべつのなぞを、とかなければならなかった。黄金豹には、この犬が化けていた。それから、きみという人間が化けていた。しかし、犬でも人間でもなかったばあいがある。第三のトリックがある。それに気がつかないと、この密室のなぞは、とけないのだ。」
明智はそこで、ことばをきって、しばらくだまっていました。怪老人もだまっています。小林少年もだまっています。暗やみの地下室は、まるで墓場のように、シーンと、しずまりかえっていました。
そのときです。どこからともなく、「ウオーッ。」と、けだものの吠えるような、ものすごい声が、聞こえてきたではありませんか。
懐中電灯の光の中の怪老人の顔が、驚きのために、異様にゆがみ、小林少年も、ハッと息をのみました。犬はおとなしくしています。犬が吠えたのではありません。だいいち、犬にあんな恐ろしい声が出るはずはないのです。
「あれは、たしかに動物の声だ。このうちには、まだほかに動物がいるらしいね。行ってしらべてみよう。」
明智はそういって、ポケットからピストルを出して、怪老人の背中につきつけました。
「さあ、さきにたって、むこうの部屋へいくんだ。動物の声のした部屋へいくんだ。」
老人は、しかたなく歩きだしました。小林君と、あの大きな犬も、そのあとにつづきます。
ドアを出ると細い廊下があり、そのむこうがわのドアを開くと、パッと赤ちゃけた光がさしてきました。その部屋には、小さな電灯が、天井からぶらさがっているのです。
老人が、さきにたって、部屋にはいりましたが、ひと足ふみこんだかとおもうと、「アッ。」と叫んで、たちすくんでしまいました。
ごらんなさい。部屋のむこうがわに、大きなテーブルがあり、そのむこうのイスに、恐ろしいものが、こしかけているのです。それは、まがいもない、あの黄金豹です。金ピカの怪獣が、テーブルの上に、前足を組み、その上に、顔をのせるようにして、燐のような目で、じっと、こちらをにらんでいるではありませんか。
小林少年も、それを見ました。明智探偵も、それを見ました。
「ううん、ふしぎだ! いったい、これはどうしたことだ。」
怪老人が、まっ青な顔で、うめくようにいいました。
さっき、明智探偵は、「犬でも、人間でもないばあい。」といいました。すると、ここにいるのは、ほんものの豹なのでしょうか。それとも、……?
そのとき、明智は小林君の耳に口をつけて、ぼそぼそと、なにごとかを、ささやきました。すると、小林君の顔に、いっそう驚いたような色が、浮かびましたが、手に持っていたピストルを、明智にわたすと、そのまま、だまって、部屋のそとへ出ていきました。
「きみ、あの豹をよく見ていたまえ。いまに、どんなことがおこるか。」
明智は、ゆだんなく、ピストルを老人の背中につけたまま、いみありげにささやきました。
しばらくすると、じつに、ふしぎなことがおこりました。テーブルの上に、もたれかかっていた黄金豹が、みょうな動きかたをしたのです。こちらへ、とびかかってきたのではありません。テーブルの上から、ずるずると、すべり落ちたのです。そして、ぎゃくに、うしろのほうへ、なにかに引っぱられるように、すべっていくのです。
イスのうしろには、地底の廊下に面して窓があり、そのガラスが、二十センチほど開いていました。黄金豹は、その窓のすきまへ、ひきつけられていくのです。