← Library‹ 妖人ゴング 生か死か

ブイの中なかでは、小林こばやし少年しょうねんが、声こえをかぎりに叫さけんでいました。鉄てつのかんおけと思おもったのは鉄てつのブイだったのです。

「助たすけてくれええ……、息いきがつまりそうだ。はやく、ここから出だしてくれええ……。」

もう声こえがでません。目めがくらんで、気きをうしないそうになってきました。大おおきな声こえをだし、手足てあしを動うごかしたので、いっそう、息いきぐるしくなったのです。心臓しんぞうは、おそろしいはやさで、おどっています。

たらたらと、口くちの中なかへ汗あせが流ながれこみました。なんだか、ぬるぬるした汗あせです。いや、へんなにおいがします。血ちのにおいです。手てでふいてみると、べっとりと、ねばっこいものがつきました。汗あせがこんなに流ながれるはずはありません。鼻血はなぢが出でたのです。いつまでもとまりません。気味きみのわるいほど流ながれだしてくるのです。

耳みみの中なかで、セミでも鳴ないているようなやかましい音おとがして、頭あたまのしんが、ジーンとしびれてきました。

×    ×    ×

「おい、やっぱりそうだぜ。あのブイの中なかから、みょうな音おとが聞きこえてくる。荷にあげ場ばまでおりて、ようすを見みようじゃないか。」

「うん、それじゃ、そばへいって、よくしらべてみよう。」

ふたりの労働ろうどう者しゃは、坂さかになった荷にあげ場ばの水みずぎわへ、おりていきました。ブイは、ちょうど、その水みずぎわに流ながれついていたのです。

岸きしから手てをのばせば、ブイにとどくので、労働ろうどう者しゃのひとりが、ブイの外そとがわを、コンコンと、たたいてみました。

すると、中なかから、おなじように、たたきかえす音おとが聞きこえたではありませんか?

「おうい、ブイの中なかに、人間にんげんがはいっているのかあ?」

もうひとりが、大おおきな声こえでどなりました。

すると、ブイの中なかから、なにか、子こどもの泣ないているような、かすかな声こえが聞きこえてくるような気きがしました。

「やっぱりそうらしい。鉄板てっぱんでかこまれているので、よく聞きこえないが、たしかに人間にんげんがはいっている。どうすればいいだろう?」

「道具どうぐがなくちゃあ、どうにもできない、工場こうじょうまでいって、だれか、よんでこようか。」

「うん、それがいいな。じゃあ、おまえ、いってくれるか。」

「よし、ひとっぱしり、いってくる。ここに待まっててくれよ。」

ひとりが、そういって、うしろに見みえる工場こうじょうのほうに、かけだしていきました。

×    ×    ×

ブイの中なかでは、小林こばやし君くんは、もう息いきもたえだえに、ぐったりとなっていました。

外そとからコンコンと、たたいているようです。こちらもコンコンと、たたきかえしました。

かすかに、人ひとの声こえがしたようです。とうとうだれかが、ブイをみつけてくれたのでしょうか。

「助たすけてくれえええ……、ブイをこわして、出だしてくれえええ……。」

さいごの力ちからをふりしぼって、どなりました。

すると、また、鼻はなから、おびただしい血ちが、たらたらと流ながれだすのです。

もうだめだと思おもいました。このがんじょうなブイが、急きゅうにこわせるものではありません。それまで生いきていられそうもないのです。もう、頭あたまが、ボーッとかすんで、なにがなんだか、わからなくなってきました。

恐おそろしい夢ゆめを見みているような気持きもちです。妖あやかし人にんゴングの、牙きばをむきだした恐おそろしい顔かおが、やみの中なかから、グーッと近ちかづいてきて、目めの前まえいっぱいにひろがり、ゲラゲラと笑わらうのです。

そうかとおもうと、なつかしい明智あけち先生せんせいが、にこにこしながら、助たすけにきてくれる姿すがたが見みえます。

「先生せんせい!」と叫さけんで、とびつこうとすると、明智あけち探偵たんていの姿すがたは、スーッと、むこうへ、とおざかっていくのです。

×    ×    ×

そのとき、川岸かわぎしへ、さっきの労働ろうどう者しゃが、もうひとりの男おとこをつれて、かけつけてきました。

「この人ひとが、ブイのひらきかたを知しっているというんだ。」

「そうか、それはよかった。すぐにあけてみてください。どうも、中なかに人間にんげんがはいっているらしいんです。」

男おとこは、まるく巻まいた縄なわを持もっていました。そのはしを輪わにしてブイに巻まきつけると、ふたりの労働ろうどう者しゃに、岸きしの方ほうへ、力ちからいっぱい、ひっぱっているようにたのんで、じぶんは、大おおきなスパナを手てにして、ブイのそばによると、鉄板てっぱんをしめつけてあるびょうを、はずしにかかりました。

そして、一ひとつびょうがとれたかとおもうと、つぎのびょうです。二に分ふん、三さん分ふん、五ご分ふん……時間じかんは、みるみるすぎさっていきます。

ああ、小林こばやし君くんは、どうしているのでしょう。もう、息いきがたえてしまったのではないでしょうか。

やっと、八ようつのびょうがとれました。あとはハンマーで、ブイのふたをはずせばよいのです。

ガーン、ガーンと恐おそろしい音おとがしました。ブイのふたに、すきまができました。

「しっかり、縄なわをひっぱっているんだよ。いいかい。」

男おとこはそういっておいて、両手りょうてをふたのすきまにかけると、力ちからまかせに、むこうへはねのけました。そして、ブイの中なかをのぞいたかと思おもうと、

「あっ、人間にんげんだっ。男おとこか女おんなかわからない、へんなやつが、ぐったりしている。死しんでいるのかもしれない。」

そう叫さけんで小林こばやし君くんのからだを、ブイの中なかから、荷にあげ場ばにひきだしました。ふたりの労働ろうどう者しゃも縄なわをはなして、そこへ近ちかよってきます。

「あっ、顔かおが血ちだらけだ。殺ころされたんだろうか。」

「こりゃおかしいぞ。女おんなの服ふくをきているが、頭あたまは男おとこのようだ。それに、これは、まだ子こどもらしいぜ。むごたらしいことをしたもんだな。」

「いや、まて、まだ死しんじゃいない。脈みゃくがある。この血ちも、どうやら鼻血はなぢらしいぜ。」

ブイのふたをひらいた男おとこが、小林こばやし君くんの上うえにしゃがみこんで、持もっていたタオルで、顔かおの血ちをふきとりました。

「ただ、気きをうしなっているばかりだ。こうすれば、いまに、息いきをふきかえすよ。」

男おとこはこんなことになれているとみえて、小林こばやし君くんの両手りょうてをつかむと、一、二いちに、一、二いちに、と、あげたり、さげたりして、人工じんこう呼吸こきゅうをほどこすのでした。

そのあいだに、労働ろうどう者しゃのひとりが近ちかくの交番こうばんへ、このことをしらせましたので、まもなく警官けいかんがかけつけてきました。

「あっ、目めをひらいたぞ。しっかりしろ。もうだいじょうぶだ。」

人工じんこう呼吸こきゅうをやっていた男おとこが、叫さけびました。

小林こばやし君くんは、荷にあげ場ばのコンクリートの上うえに、あおむけに寝ねかされたまま、ぼんやりと、あたりを見みまわしています。

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