ポケット小僧が、ふと目をさましますと、まだ部屋のなかは、まっ暗でした。そんなはずはない。ぐっすり寝たんだから、もう夜があけているはずだと、ふしぎそうにあたりを見まわしていましたが、
「ああ、そうだ。この部屋には、窓がないのだ。」
と、やっとそこへ気がつきました。
ドアのほうを見ると、ゆうべ立てかけておいた板きれは、そのままになっています。だれもこなかった証拠です。
それにしても、おなかがぺこぺこです。ここにだって台所はあるだろうと思ったので、こっそり、なにかたべるものをさがすつもりで部屋をでました。
廊下も、ゆうべとおなじ暗い電灯がついているだけで、すこしも日の光はさしておりません。
奇面城というのは、岩でできているらしいから、ここは岩のなかの洞窟なんだなと思いました。
ゆうべの美術館のドアをとおりこして、もっと奥へ進んでいきますと、どこからかおいしそうなにおいがしてきました。
「ははあ、肉をやいているな。きっと、こっちに台所があるにちがいないぞ。」
鼻をぴくぴくさせながら、においのほうへ歩いていきますと、ドアがひらいていて、そこから、かすかに白いゆげのようなものが、ただよいだしています。
ああ、ここだなと思って、そっとのぞいてみますと、やっぱりそこが台所でした。白いコック帽をかぶった男が、しきりにビーフステーキをつくっているのです。
ジュウジュウと肉のやける音、油っこいうまそうなにおい、はらぺこのポケット小僧は、よだれがたれてきそうでした。
小僧は、ドアのかげにかくれて、しんぼうづよく、コックがどこかへ出ていくのを、待っていました。
すると、二十分ほどたって、ビーフステーキをこしらえてしまうと、コックは、いそぎ足でドアのほうへやってきました。手洗いへでもいくのでしょう。
小僧はびっくりして、いっそうふかくドアのかげに身をかくしましたが、なにしろポケット小僧といわれるほどからだが小さいので、こういうときにはべんりです。ドアのうしろで、ひらべったくなっていると、そこには人がかくれているなんて、すこしもわからないのです。
コックがいってしまうと、小僧はすばやく台所のなかへはいって、できたてのビーフステーキひときれと、じゃがいもとパンを、そこにあったナプキンにつつみ、りすのように、すばしっこく逃げだしました。
廊下を物置部屋のほうへいそいでいきますと、むこうにチラッと人かげが見えました。コックではありません。えびちゃ色のセーターをきた大きな男です。四十面相の部下でしょう。
ポケット小僧は、いきなり台所のほうへかけもどって、また、もとのドアのうしろへ身をかくしました。
大男はそれともしらず台所のなかへはいって、しきりにコックを呼んでいました。まもなくコックが帰ってきたのを見て、こんなことをいうのです。
「おい、はやく朝めしをださないか。もう九時だよ。おかしらの散歩の時間がおくれるぞ。おかしらは、朝めしのあとで、山の中を歩きまわるくせがあることを知らないのか!」
「そうがみがみ、いうもんじゃねえ。もうできたんだよ。すぐ持っていくって、おかしらにそういっといてくんな。」
「よし、はやくするんだぞ。」
そうして、大男はたちさり、すこしたってコックが、大きなぼんの上にごちそうをのせて出ていきました。
小僧はコックが帰ってくるまでじっとがまんしていて、コックが台所へはいるのを待って、こっそりと、もとの物置部屋へ帰りました。
そして、木箱の上にナプキンをひろげると、まだゆげのたっているビーフステーキにかじりつき、パンをむしゃむしゃとやりました。そのうまかったこと。ポケット小僧は生まれてから、こんなうまいものをたべたことがないと思いました。
すっかりたべてしまうと、また廊下にでて、こっそりドアのかぎ穴をのぞいてまわりました。ゆうべの美術館はからっぽでした。四十面相の部下が五、六人も集まって、食事をしている部屋もありました。まっ暗で、なにも見えない部屋もありました。
ある部屋では、まるで発電所のように、大きなかまのなかで石炭がもえ、発電機がまわっていました。
「ああ、そうだ。こんな山の中に電灯線がきているはずはない。じゃあ、ここでつかっている電気は、みんなじぶんでおこしているんだな。さっきビーフステーキをやいていたのも、電熱器のようだったぞ。わああ、おったまげた。四十面相のやつ、じぶんで電気をおこしていやあがる。」
ポケット小僧は、その大じかけに、びっくりしてしまったのです。
なおもまわり歩いているうちに、とうとう、四十面相のいる部屋を見つけました。
かぎ穴からのぞくと、その部屋も、おそろしくりっぱにかざりつけてありました。いすも、テーブルも、壁も、カーテンも、すっかり金ぴかなのです。ほんとうの金かどうかはわかりませんが、まるで、仏壇の中のように、金色にかがやいているのです。
四十面相は、まっ黒なビロードの服をきていましたが、その肩や胸に、ちかちか光る金色のもようがついているのです。まるで、どこかの国の将軍のようです。
四十面相は、いまビーフステーキの食事を、おわったところでした。テーブルの上には、グラスがいくつもならび、いろいろな洋酒のびんが立っていました。
四十面相のそばに、美しい女の人が立っています。まっ白な、ふわふわした洋服をきて、くびには真珠の首かざりが、かがやいているのです。
「じゃあ、おでかけになりますか。」
女の人が、やさしい声でいいました。
「うん、朝の散歩をかかすわけにはいかん。森のなかを歩きまわるのは、いい気持ちだからな。きょうは、おまえも、いっしょにいこう。」
四十面相は、そういって立ちあがりました。
ポケット小僧は、それを聞くと大いそぎでドアの前をはなれ、壁のいちばん暗いところに、ぴったり身をつけて、そっとドアのほうを見ていました。
ドアがひらいて、四十面相と女の人が廊下にでました。そして、またドアがしまりました。ふたりは、なかよくむこうへ歩いていきます。
さいわいポケット小僧に気がつかなかったようです。