← Library‹ 奇面城の秘密 アドニスの像

明智あけち探偵たんていと小林こばやし少年しょうねんは神山かみやま邸ていにつくと、見みはりをつとめている警官けいかんとも話はなしあい、やしきのうちそとを、くまなく見みてまわり、ことにレンブラントの油絵あぶらえのかかっている美術びじゅつ室しつは、ねんいりにしらべました。そしてある計画けいかくをたてたのです。それが、どんな計画けいかくだったかは、やがて、わかるときがくるでしょう。

それから四よん日かのあいだは、なにごともなくすぎさりましたが、警官けいかん隊たいの見みはりは、昼ひるも夜よるも厳重げんじゅうにつづけられ、いかに四十よんじゅう面相めんそうでも、これでは、しのびこむすきもないように見みえました。

そのあいだに、ひとつだけ、ちょっと、へんなできごとがありました。明智あけちと小林こばやし少年しょうねんが、はじめて神山かみやま邸ていをしらべた、つぎの朝あさのことです。神山かみやまさんが、美術びじゅつ室しつへはいってみると、部屋へやのすみに立たててあったアドニスの石膏せっこう像ぞうが、まっぷたつにわれて、ころがっていたのです。

そのまわりには、こなごなにわれた、石膏せっこうのかけらがとびちり、そばに、野球やきゅうのボールがころがっていました。そとの原はらっぱで野球やきゅうをしていたボールが、ひらいた窓まどからとびこんで、石膏せっこう像ぞうの腹はらにあたったらしいのです。

美術びじゅつ室しつの窓まどは、いつもしめきって、かけがねがかけてあるのですが、女中じょちゅうさんがそうじをするときには、窓まどをあけますから、窓まどをあけておいて、女中じょちゅうさんが、ちょっと部屋へやを出でたすきに、ボールがとびこんだのかもしれません。

アドニスというのは、大おおむかしのギリシア神話しんわのなかに出でてくる美うつくしい青年せいねんで、そのはだかの像ぞうを有名ゆうめいな彫刻ちょうこく家かがいくつもつくったのですが、いまのこっているのは、ごくわずかです。ほんものは大理だいり石せきにほったものですが、フランスの美術びじゅつ商しょうが、それとそっくりの石膏せっこう像ぞうをこしらえて売うりだしたのを、神山かみやまさんが買かって帰かえったもので、青年せいねんアドニスが、はだかで立たっている、おとなよりも大おおきな美うつくしい石膏せっこう像ぞうです。それが野球やきゅうのボールで、まっぷたつにわれてしまったのです。

この石膏せっこう像ぞうは、大おおきくても、たいしてねうちのあるものではありませんが、神山かみやまさんが、はるばるフランスから買かってきたものですから、そのままにしておくわけにはいきません。さっそく、ハヤノ商会しょうかいという石膏せっこう像ぞうせんもんの店みせに電話でんわをかけて、もとどおりにつがせることにしました。

すると、ハヤノ商会しょうかいの人ひとがやってきて、この場ばでなおすことはできないからというので、われた石膏せっこう像ぞうをトラックにつんで、工場こうじょうへもちかえりましたが、それが四よん日かめに、もとのとおりにつぎあわされて、もどってきました。ハヤノ商会しょうかいの四よん人にんの人夫にんぷが、それを二に階かいの美術びじゅつ室しつにかつぎあげて、もとの場所ばしょにおいてかえりました。

警察けいさつでは、この人夫にんぷたちのうちに、四十よんじゅう面相めんそうの手下てしたがまぎれこんでいたら、たいへんだというので、石膏せっこう像ぞうをはこび出だしたときにも、持もちこんだときにも、厳重げんじゅうに見みはっていましたが、べつにあやしいこともなかったのです。

レンブラントのS夫人ふじん像ぞうは、もとのところにかかったままです。銀行ぎんこうの大だい金庫きんこの中なかへでも、あずけたらという意見いけんも出でましたが、持もちはこびなんかしたら、その道みちがあぶないというので、美術びじゅつ室しつから動うごかさないことにしたのです。

さて、石膏せっこう像ぞうが持もちこまれた日ひは、ちょうど四十よんじゅう面相めんそうの手紙てがみにあった、五いつ日かめにあたっていました。五いつ日か以内いないに、かならずぬすみだしてみせるというのですから、きょうの夜よなかまでが期限きげんです。それをすぎれば、四十よんじゅう面相めんそうは負まけたことになります。

いまは午後ごごの三さん時じです。夜よなかまでは、もう九きゅう時間じかんしかありません。警戒けいかいは、いよいよ厳重げんじゅうになりました。警官けいかんと書生しょせいや社員しゃいんなどをあわせて十じゅう数すう名めいの強つよそうな男おとこたちが、やしきのあらゆる場所ばしょに見みはりをつづけているのです。

神山かみやま邸ていの洋室ようしつの書斎しょさいには、主人しゅじんの神山かみやまさんと、明智あけち小五郎こごろうと、警視けいし庁ちょうの中村なかむら警部けいぶとがテーブルをかこんで、ひそひそと話はなしあっていました。

「明智あけち君くん、きみは、なにか考かんがえがあるようだが、だいじょうぶだろうね。今夜こんやがいちばんあぶないのだ。どうだろう、われわれ三さん人にんで、夜よるあかしをして、美術びじゅつ室しつにがんばっていることにしたら?」

中村なかむら警部けいぶが、心配しんぱいそうな顔かおで、そんなことをいいだすのでした。

「それもいいが、ぼくに考かんがえがある。美術びじゅつ室しつは、からっぽにしておくほうがいいのだよ。ちゃんと、ぬすまれないようなてだてがしてあるから、安心あんしんしたまえ。

四十よんじゅう面相めんそうは、これまでにも、たびたび、こういう予告よこくをした。そして、ちゃんと予告よこくどおりにやってみせた。ぼくたちはいつもあいつに、出だしぬかれている。いくら厳重げんじゅうに見みはっていても、あいつにかかっては、なんにもならない。

だから、こんどは、がらっと、やり方かたをかえて、美術びじゅつ室しつはからっぽにしておこうと思おもうのだ。むろん、ドアや窓まどには、かぎをかけてあるがね。

つまり、さそいのすきを見みせるのだよ。そして、あいつを、おびきよせておいて、つかまえようというわけさ。」

明智あけち探偵たんていは、自信じしんありげにいうのでした。

「しかし、やしきのまわりの見みはりは、やっぱりつづけたほうがいいでしょうね。いくら四十よんじゅう面相めんそうでも、鳥とりのように飛とんでくるわけではないでしょうから、見みはりさえしておれば、美術びじゅつ室しつへはいることができないのですからね。」

神山かみやまさんが、心配しんぱいそうに口くちをはさみました。

「いや、それも、ほんとは、どうでもいいのです。いくら見みはっていても、あいつはちゃんと、やってきますよ。しかし、いざというときに、手てだすけになりますから、見みはりは、やっぱり、つづけたほうがいいでしょうね。」

明智あけちは、やしきのまわりの見みはりも、ひつようがないというのです。そのうえ、美術びじゅつ室しつをからっぽにしておくのですから、神山かみやまさんや中村なかむら警部けいぶには、なんだか、あぶなっかしいように思おもわれるのです。

やがて、夜よるになりました。

美術びじゅつ室しつの窓まどには、中なかからかけがねをかけ、ドアには外そとからかぎをかけ、ふたりの書生しょせいが、その外そとの廊下ろうかにいすをおいて、見みはりをしていました。

十じゅう人にんの警官けいかんは、家いえのまわりをかこんで、すこしのゆだんもなく、警戒けいかいについていました。

中村なかむら警部けいぶは、たえず、そのへんを歩あるきまわって、見みはりの人々ひとびとのかんとくをしていました。

明智あけち探偵たんていは、日ひのくれるころどこかへたちさったまま、まだ帰かえってきません。このかんじんのときに、名めい探偵たんていは、いったい、なにをしているのでしょう。

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