← Library‹ 夜光人間 宙を飛ぶ首

「で、その宝物たからものというのは、どこにおいてあるのですか。」

小林こばやし君くんがききますと、

「わたしの書斎しょさいにおいてある。べつに金庫きんこにいれてあるわけじゃないから、こういっているうちにも心配しんぱいだよ。すぐいってみよう。きみもいっしょにきてください。」

杉本すぎもとさんは、そういって、そそくさと立たちあがるのでした。

応接おうせつ間かんの一ひとつおいてとなりに、りっぱな書斎しょさいがありました。いっぽうの壁かべは、本ほんだなになっていて、日本にっぽんの本ほん、西洋せいようの本ほんが、いっぱいならんでいます。杉本すぎもとさんは、重役じゅうやくといっても、毎日まいにち会社かいしゃへでるわけではありませんから、本ほんを読よむひまがあるのでしょう。それにしても、よほど本ほんがすきでなくては、これほど買かいあつめることはできません。

本ほんだなとむかいあった壁かべには、ガラス戸とだながいくつもならんでいて、その中なかにいろいろな美術びじゅつ品ひんが、かざってあります。

杉本すぎもとさんは、その一ひとつの戸とだなのガラス戸とをあけて、高たかさ十じゅう五ごセンチぐらいの、黒くろっぽい金属きんぞくの仏像ぶつぞうを、うやうやしく取とりだして、部屋へやのまん中なかのテーブルの上うえにおきました。

「これが、わたしの宝物たからものだよ。ぞくに推古仏すいこぶつといって、今いまから千せん四よん、五百ごひゃく年ねんまえにつくられた観音かんのんさまだ。銅どうでできているんだが、ごらん、このへんに、金きんがまだのこっている。つくったときには、金きんがはってあって、ピカピカ光ひかっていたんだ。それが、千せん何百なんびゃく年ねんのあいだに、はげてしまったんだよ。

これは、こういう小ちいさい推古すいこ仏ふつのうちでも、ひじょうにできがいいし、きずがないので、重要じゅうよう美術びじゅつ品ひんに指定していされていて、何千なんぜん万まん円えんという値ねうちのものだ。夜光やこう人間にんげんは、むろん、この推古すいこ仏ふつをねらっているんだよ。」

小林こばやし君くんは、しばらく、その小ちいさな仏像ぶつぞうを、感心かんしんしたように、ながめていましたが、ふと気きがついて、腕うで時計とけいを見みました。

「アッ、もう九きゅう時じです。十じゅう時じまでには一いち時間じかんしかありませんよ。宝物たからものを、こんなところに出だしておいても、だいじょうぶなんですか。」

と、心配しんぱいそうにたずねました。

「だいじょうぶか、どうかわからないが、できるだけの用心ようじんはしてある。ちょっと、ここから、庭にわをのぞいてごらん。」

杉本すぎもとさんは立たっていって、窓まどのカーテンをひらくと、かけがねをはずして、ガラス戸とを上うえにおしあげ、小林こばやし君くんを手てまねきしました。

小林こばやし君くんは、そこへいって、窓まどから顔かおを出だし、まっ暗くらな庭にわをながめました。

広ひろい庭にわです。大おおきな木きが立たちならび、ところどころに蛍光けいこう灯とうが光ひかっています。でも、蛍光けいこう灯とうぐらいで、庭にわぜんたいを照てらすことはできませんから、まっ暗くらなところのほうが、おおいのです。

しばらく見みていますと、闇やみの木立こだちのあいだに、ちらちらと、なにか黒くろいものが動うごいているのに気きづきました。よく見みると、人間にんげんらしいのです。背広せびろを着きた男おとこです。

「警視けいし庁ちょうの刑事けいじさんだよ。四よん人にんきているんだ。そして、庭にわや、うちの中なかの廊下ろうかなどを見みはっていてくれるんだ。ことに、この書斎しょさいのまわりを、厳重げんじゅうに見みはってくれるようにたのんであるから、もしあやしいやつが近ちかづけば、けっして、見みのがすことはないと思おもう。」

杉本すぎもとさんは、そういって、ガラス戸とをしめ、しっかりと、かけがねをはめました。

「この窓まどのガラスは、鉄網てつあみのはいった厚あついガラスだから、これをやぶって、はいることはむずかしい。窓まどは四よんつあるが、みんな、ちゃんと、かけがねがかけてある。入口いりぐちのドアにも、さっき、中なかからかぎをかけておいた。だから、この部屋へやは、まるで金庫きんこのようなものだよ。そのうえ、きみとわたしで、この仏像ぶつぞうを見みはっていようというわけだ。これだけ用心ようじんすれば、いくらあいてが怪物かいぶつでも、まず、だいじょうぶじゃないか。」

杉本すぎもとさんは、そういって、にが笑わらいをするのでした。

それから、ふたりは、仏像ぶつぞうをおいたテーブルの両りょうがわに腰こしかけて、じっと仏像ぶつぞうを見みつめていました。すこしでも目めをはなせば、仏像ぶつぞうがスウッと消きえてしまいそうな気きがして、いっときも、ゆだんができないのです。

やがて九きゅう時じ半はんでした。それから九きゅう時じ四十よんじゅう分ふん、九きゅう時じ五十ごじゅう分ふん、五十ごじゅう五ご分ふん、五十ごじゅう六ろく分ふん……じりじりと、予告よこくの時間じかんがせまってきます。

杉本すぎもとさんも小林こばやし君くんも、顔かおは青あおざめ、目めばかりギラギラとかがやき、ハッ、ハッと、はく息いきが、せわしくなってきました。小林こばやし君くんの正確せいかくな腕うで時計とけいが、九きゅう時じ五十ごじゅう九きゅう分ふんをしめしました。あと一いち分ふんです。小林こばやし君くんのひたいに、汗あせのたまが浮うかんできました。

五ご秒びょう、十じゅう秒びょう、時計とけいの秒びょうをきざむ音おとが、おそろしく耳みみをうちます。

そのとき、窓まどのそとで、カタンと、かすかな音おとがしました。小林こばやし君くんは、おもわずそのほうを見みましたが、すると、小林こばやし君くんの顔かおから、サアッと血ちのけがひいて、目めがとびだすほど、ひらかれました。そして、くぎづけになったように、窓まどを見みつめたまま動うごきません。

杉本すぎもとさんも同おなじです。まるで、お化ばけにでもあったような恐おそろしい顔かおで、窓まどを見みつめています。

その窓まどには、なにがあったのでしょう?

カーテンがひらいたままになっている、その窓まどガラスのそとに、ボウッと、白しろいものがただよっていました。

青白あおじろくかがやく、銀色ぎんいろのまるいものです。それが、グウッと、窓まどガラスにくっついてきました。ああ、人間にんげんの顔かおです。

巨大きょだいな二ふたつの目めが、こちらをにらんでいます。まっ赤かな血ちのような色いろの、でっかい目めです。それから口くち! パクッと、ひらいた大おおきな口くちの中なかに、火ひがもえているようです。いまにも、火炎かえんを吹ふきだし、その熱ねつで、窓まどガラスをとかしてしまうのではないかと思おもわれるばかりです。

小林こばやし君くんは、おもわず、こぶしをにぎって立たちあがりました。刑事けいじたちは、どうしているのでしょう。なにか大おおきな声こえをたてて呼よばなければなりません。小林こばやし君くんは、いきおいこめて、窓まどのほうへ、つきすすんでいきました。

窓まどから一いちメートルほどに近ちかづくと、夜光やこうの首くびは、パッと消きえてしまいました。小林こばやし君くんは、窓まどにとびかかって、それをひらこうとしました。

「アッ、こっちだッ!」

杉本すぎもとさんの、ギョッとするような叫さけび声ごえが、聞きこえました。

ふりむくと、杉本すぎもとさんは、はんたいがわの窓まどを指ゆびさしています。そのカーテンのすきまから、窓まどガラスが、二十にじゅうセンチ幅はばほど見みえているのですが、そのそとに、夜光やこうの首くびが、ふわふわと、ただよっているではありませんか。

小林こばやし君くんは無我むが夢中むちゅうで、また、そのほうへつきすすみました。

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