それから一週間ほどたった、ある晩のことです。遠藤博士は学者の会があって、夜おそく、自動車で家に帰りました。
近くにすんでいる友だちを乗せてあげて、その人をおろしてしまうと、あとはひとりでした。車は博士の自家用車で、運転手も気心の知れた男です。
車は博士邸に近づきました。かどを曲がると、正面に博士邸のコンクリート塀があります。その塀に車のヘッド・ライトが、パッと、丸い光を投げました。
「あっ!」
博士は、それをみると、思わず、車の中で、中腰になりました。
ごらんなさい。コンクリート塀に大きな黒いMの字があらわれているではありませんか。
「おやっ!」
運転手も、びっくりして、声をたてました。
車の方向が変わるにつれて、ヘッド・ライトの丸い光は、塀をつたって動きます。すると、Mの字も光といっしょに、動くのです。
「へんだなあ?」
運転手は、ひとりごとをいって、車をとめると、外にとびだして、ヘッド・ライトを調べました。
「先生、わかりました。ヘッド・ライトのガラスにMの字が書いてあるんですよ。おやっ、中にレンズがとりつけてある。いつのまにだれが、こんないたずらをやりやがったのかな。ただガラスに書いたんじゃハッキリ写らないもんだから、レンズまでとりつけたんです。」
運転手はMの字の恐ろしさを知らないので、平気でそんなことを言っていますが、博士のほうは、むちでピシッと、ほおをうたれたような気持でした。
いったい、なんのために、こんなにMの字をあらわすのでしょう。Mはいうまでもなく電人Mの名前ですが、それをなぜ、こんなに見せつけるのでしょう。
あいつは、木村助手に、五十万円で、発明の秘密を盗ませようとしましたが、木村君は、その手に乗らないことがわかりました。姿をあらわさないで、部屋の中にはいってくるあいつのことです。このあいだ研究室で、博士と木村君とが話し合っていたのを、聞いてしまったのかもしれません。
そこで、あいつは、第二のてだてを考えているのではないでしょうか。Mの字が、こんなにあらわれるのは、なにか恐ろしいたくらみの、前ぶれではないのでしょうか。
博士はそんなふうに、想像して、いよいよ、油断がならないと思いました。この博士の考えはあたっていました。電人Mは、じつに恐ろしいことを、たくらんでいたのです。
博士は家にはいると、すぐ警察に電話をかけました。すると、捜査主任が、写真機を持った刑事を連れてやってきて、自動車を調べ、ヘッド・ライトのガラスのMという字を、写真にとって帰りました。筆跡鑑定をするためです。ガラスの指紋も調べましたが、指紋はふきとったらしく、なにも残っていませんでした。
さて、その真夜中のことです。
遠藤博士はひとりでベッドに寝ていましたが、ふと気がつくと、天井から、小さな黒いものが、フワーッと、落ちてくるのが見えました。
「おやっ。」と思って、目をはなさないでいますと、その黒いものは、落ちるにつれて、ぐんぐん大きくなってきました。はじめは五センチぐらいだったのが、みるみる、ふくれあがって、三十センチ、五十センチと、大きくなり、博士の顔の真上に、近づいてくるのです。
「あっ、電人Mだっ。」
博士は、心の中で、さけびました。
そうです。そいつは、ハッキリと、あのものすごいロボットの形をしていました。顔はすきとおって、その中に二つの赤い光がまたたき、口のへんには、歯のような機械が、ゴチャゴチャと、ならんでいます。
そいつの形は、ぐんぐん大きくなってきます。一メートル、一メートル五十センチ、……、やがて、ほんものの大きさになって、博士の上にのしかかってきました。
博士は、ベッドからとびおりようとしましたが、どういうわけか、からだが、すこしも動きません。助けをもとめようとしても、声も出ません。
そのうちに、電人Mの恐ろしい顔が、グーッと、博士の顔に近づいて、あのプラスチックの冷たい顔が、ピッタリと、博士の額にくっついたのです。怪物の目のまっ赤な二つの光が、いなずまのように、博士の目の中にとびこんできました。
博士は「ワーッ。」と言ってもがき回りました。……そして、目がさめたのです。夢でした。からだじゅう、汗びっしょりです。
「ああ、夢だったのか。」と、あたりを見まわしました。ベッドの枕もとの、青いシェードの卓上電灯が、ぼんやりと寝室の中を照らしています。その光が弱いので、部屋のすみずみは、まっくらです。
博士はギョッとして、その暗いすみを、みつめました。だれかがいるような気がしたからです。
ベッドをとびだして、かべのスイッチを押しますと、パッと、天井の電灯がついて、部屋が明るくなりました。なにもいません。真夜中の寝室は、シーンと静まりかえっています。
しかし、どうもへんです。音もしないし、姿も見えないけれど、なにかが、部屋の中にいるように思われます。
博士は急いで、部屋をグルグル見まわしました。なにもいません。それでいて、なにかがいるような気がするのです。
さすがの博士も、恐くなってきました。でも、さわぎたてては、みっともないと思ったので、がまんをして、ベッドにはいりましたが、なかなか、眠れません。
そのときです。
どこからか、かすかに、もののきしるような音が、聞こえてきました。
天井で、ネズミが、なにかをかじっているのかと思いましたが、そうではありません。この音はだんだん大きくなってきました。そして、人間のことばになったのです。
「遠藤君、眠れないようだね。おれの声が聞こえるかね。」
金属をすりあわせるような、きみの悪い声です。
博士は黙っていました。声は、それにかまわず、つづきます。
「おれは電人Mだ。おれの持っている電気の力は、オールマイティー(全能)だ。どんなことだってできるのだ。こうして、姿を見せないで、きみと話すこともできるのだ。
だが、いくらおれでも、きみの頭の中まではわからない。そこで、おれはきみと友だちになりたいのだ。どうだ、おれの仲間になって、発明の秘密を、打ち明けないか。そうすれば、金はいくらでも手にはいるんだぞ。