山口青年は、おとなしく手錠をかけられました。無実の罪で、あっけにとられている顔つきです。
「小林君、説明してくれたまえ。山口が犯人としても、いったいこの金庫の中の真珠のゾウを、どうして盗むことができたんだね。」
恩田さんが、ふしぎそうにたずねました。
「それは、午後十時に盗んだのではありません。もっと、ずっと前に盗んでしまったのです。」
「そんなはずはない。わたしは十時すこし前に、金庫のとびらを細目に開いて、ゾウがこの中にあることを、たしかめたのだよ。」
「なぜ、細目に開いたのですか。」
「それは、透明人間がこの部屋にいるかもしれないというので、あけたときに盗まれないように二―三センチしかひらかなかった。しかし、ゾウは、ハッキリ見えた。」
「それは、にせものだったのです。」
「えっ、にせものだって?」
「そうです。これをごらんなさい。」
小林君は、金庫に近づいて、中をのぞきこみ、なにか小さなグニャグニャしたものをひろいとって、恩田さんに見せました。
「これですよ。これが、あなたが見られた真珠のゾウの正体です。」
恩田さんは、そのグニャグニャしたものを受け取って、両手でひっぱってみました。
それは、大きなゴム風船のようなものでした。色は真珠色に染めてあります。よく調べてみると、四本の足のようなものがあって、その先に小さな鉛のおもしがついていることがわかりました。
「あっ、これはゾウのかたちをした風船だなっ。色も、ほんものとそっくりだっ。」
恩田さんがびっくりして、みんなの顔を見まわしました。
「そうです。あいつは、昼間のうちにここへしのび込んで本物のゾウを盗み、この風船のにせものと入れかえておいたのです。恩田さんはこの金庫へなにか入れるときに、山口をつれて地下室へはいったことはありませんか。」
「それはたびたびあるよ。」
「じゃあ、そのとき、山口は金庫の錠の暗号を覚えてしまったのです。恩田さんは山口が気がつかないようにあけたのでしょうが、りこうなどろぼうには、あなたの腕の動きかただけ見れば、暗号がわかってしまうのですよ。
もうひとつ、地下室の入口の戸にも錠がおりていますが、これはふつうの錠ですから、針金一本あれば、ぼくだってあけることができます。二十面相には、ふつうの錠なんてないも同じことですよ。」
「ふうん、そうだったのか。わたしはゴムのにせものを本物だと思いこんで安心していた。ところが、十時になってあけてみると、からっぽになっていた。
それは風船が破れて、小さなゴムのかたまりになってすみっこのほうにころがっていたから、気がつかなかったというわけだね。しかし、どうして風船が破れたんだろう。」
「それは、このおもちゃのピストルです。」
小林君は、さっき山口のポケットから取りあげたピストルを見せました。
「金庫のとびらをあけるとき、まだぜんぶひらかない前に、山口がこれで風船のゾウを撃ったのです。そのとき、風船の破れる音がしたはずです。しかし、とびらをぜんぶひらいてみると、もうゾウの姿はなくなっていたので、そのほうに気をとられて、音のことなど考えているひまがなかったのです。きわどいはやわざです。恩田さん、金庫をひらくときすこしひらいて、しばらくためらっていたのではありませんか。」
「そう言われれば、いっぺんにはひらかなかった。もし、なくなっていたらと思うと、こわくてね。」
「そのすきに、このピストルを撃たれたのですよ。山口はきっと、金庫のすぐそばにいたにちがいありません。そして、少しひらいたときに、あなたがたに見えないようにしてこのピストルを撃ったのです。おもちゃですから、大きな音はしません。風船の破れる音のほうが大きかったのです。
しかし、金庫の中に風船があるなんて、おもいもよらないことですから、音がしてもそれほど気にしなかったのです。それよりも、ゾウがなくなったことで頭がいっぱいだったのです。」
恩田さんは、小林君の説明にすっかり感心して、松波博士と目を見合わせました。
風船のにせものを考えだすなんて、二十面相の知恵はふしぎな知恵ですが、それをすぐに見破った小林少年の頭も、ふしぎな頭です。
手錠をはめられ、刑事たちにとり囲まれた山口青年は、ニヤニヤ笑いながら、この問答を聞いていました。これが、ほんとうに二十面相なのでしょうか。二十面相だとしたら、どうしてこんな平気な顔でいられるのでしょう。
「小林君、きみの知恵には感心したが、ほかにも、まだわからないことがたくさんある。きみには、なにもかもみんなわかっているのかね。」
恩田さんが、たずねました。
「ええ、わかっているつもりです。むろん、ぼくだけの知恵ではありません。明智先生が、なにもかも見ぬいていらっしゃるのです。ぼくは、あらかた明智先生におそわってきたのです。」
「じゃあ聞くがね、山口がひとりずもうをとったというけれども、透明人間があらわれたのは、そのときばかりじゃない。姿は少しも見えないで、二十面相の声だけ聞こえたことが、たびたびある。
部屋のどこかにスピーカーをかくしておいて、遠くからしゃべっているのかもしれないと思ってよく調べたが、そういうしかけはなにもなかった。あれはどういうわけなんだね。」
「腹話術ですよ。」
「えっ、腹話術?」
「ひざのうえに人形をのせて、人形と話をする芸があるでしょう。人間のほうは口を少しも動かさないでしゃべるので、人形がしゃべっているように見える、あれですよ。二十面相は腹話術の名人です。部屋のあっちこっちから、声が聞こえるように見せかけるなんて、わけもないことです。」
腹話術! やっぱりそうだったのです。