この美術室は、南と東が庭に向いていて、南に二つ、東に一つ、つごう三つの窓があるのです。
その窓のガラス戸には、ぜんぶ中から止め金がかけてあるはずなのに、いつのまにかあいているようなのです。
三つの窓にかけた厚いカーテンが、ゆらゆらと揺れています。窓がしまっていれば、こんなに揺れるはずはないのです。
クスクスというしのび笑いの声が、いっそう大きくなってきました。
たしかに部屋の中です。
「だれだっ、そこにいるのはだれだっ!」
二十面相は、思わず大きな声でどなりました。
「ウフフフ……、アハハハハ……。」
しのび笑いでなくて、もうおおっぴらな笑い声です。しかし、人の姿はどこにもありません。
「だれだっ、どこにかくれているんだっ!」
もう一度、どなりつけました。
「アハハハ……、二十面相君、ここだよ。ぼくのおくの手はこれなんだよ。」
部屋のすみに立ててあった西洋のよろいが、ゆらゆらと動いて、こちらへ歩いて来るではありませんか。
よろいの両手が上に上がって、銀色のかぶとをぬぎました。
「や、明智小五郎!」
かぶとの下からあらわれたのは、明智探偵の顔でした。
二十面相は、いきなりよろいに飛びかかろうとしました。あぶないっ! よろいに包まれた明智は、自由がききません。取っ組みあいになったら、二十面相に組みしかれてしまうにきまっています。
「見たまえ。ほら、窓のカーテンを見たまえ。」
明智が、しかりつけるように叫びました。二十面相ははっとして、窓のカーテンに目をやりました。
あっ、ピストルです。カーテンのあわせめから、ピストルの筒口が、こちらをにらんでいるのです。一つめの窓、二つめの窓、三つめの窓、どの窓のカーテンからも、同じようなピストルが、二十面相をねらっているのです。
「二十面相、手をあげろっ!」
カーテンのあわせめがサッとひらいて、三つの窓の外に、ひとりずつ制服の警官が、ピストルをかまえて立っているのです。
しかたがないので、二十面相は両手を上にあげて、あとじさりをはじめました。
ジリジリとあとじさりをして、入口のドアのところまでくると、パッと向きを変えて、いきなりドアをひらいて逃げだそうとしました。
「あっ、ここにもかっ!」
ドアの外に、ピストルをかまえて待っていたのは、見覚えのある警視庁の中村警部でした。
「ワハハハ……、こんどこそもう逃がさんぞっ。五人の部下とふたりの女中は、みんなつかまえてしまった。きみはひとりぼっちだ。もうおくの手は出せないぞ。
おい、きみたち、手錠ではだめだ。こいつに縄をかけたまえ。身動きできないほど、しばり上げるんだ。」
警部のうしろにいたふたりの刑事が、長いほそびきを持って、両方から二十面相に近づくと、うむをいわせずしばりあげてしまいました。
「いまに、おもてへ護送車が来る。窓のない、厳重な護送自動車だ。こんどは、途中から逃げ出すなんて、思いもよらないことだぞ。」
こうして二十面相は、かんぜんに明智探偵のおくの手にかかってしまいました。
「うん、おれの負けだ。もう手向かいはしないよ。さすがに明智先生の腕まえは、見あげたものだな。それにしても、おれのうちがどうしてわかったのだ。参考のために、聞かせてもらえないかね。」
「よし、種あかしをしよう。ポケット君、ここへ来たまえ。」
明智が呼びますと、暗い廊下に、まちかまえていた小林少年が、黒しょうぞくのポケット小僧の手を引いて、二十面相の前にあらわれました。
「や、きさまポケット小僧だなっ。また、このチンピラにしてやられたのかっ!」
「そうだよ。ポケット君が、きみの逃げ出す自動車のトランクにかくれていたのさ。そして、この家の場所や、美術品のことをぼくに知らせてきたのだよ。そこで、美術品のよろいの中にかくれて、いたずらをやってみたというわけさ。ハハハハ……。」
二十面相は、すっかりまいってしまいました。ぐるぐる巻きにくくられたまま、ふきげんな顔で、黙りこんでいます。
巨人と怪人の戦いは、とうとう明智探偵の勝利に終わったのです。
やがて二十面相は、厳重な護送車に入れられました。もう逃げだす見込みはありません。そして護送車は、真夜中の町を、静かに警視庁へと向かうのでした。