八月の暑い日、外で昼食を終えた日比谷明彦は、まっすぐ仕事部屋へ戻った。今日は仕事場で朝から執筆し、お昼になって駅の近くまでいき、さきほど昼食をひとりで食べた。そしていま、こうしてふたたび自分は仕事場へ帰っていく。そのような行為に、いったいどんな意味があるというのか。部屋のある建物のロビーに入ったとき、あまりの暑さに彼の思考はそのような段階に到達していた。
郵便受けをのぞいてみた。いまのように郵便受けをのぞくことを、自分はこれまでに何度繰り返したことか。その繰り返しに、いったいどんな意味があり得るのか。ロビーは冷房が効いていたが、涼しいのは彼の体のいちばん外の薄い表層だけだった。そこから内部は、うだるように暑いままだ。
郵便物はすでに配達されていた。いつものとおり量は多かった。かかえるように持ってエレヴェーター・ホールまで歩き、待っていたエレヴェーターに乗って部屋のある階まで上がった。彼の部屋も冷房が効果を上げていた。しかしロビーやエレヴェーター、あるいは他の部屋のように、内部の空気がただ冷えているのではなかった。彼の部屋の空気は外から間断なく取り込まれ、フィルターで漉されたのち熱交換装置をとおり、間取りのなかのさまざまな部分の給気口から流れ出ていた。そして給気口とは別に吸気口があり、そこからは間取りのなかの空気がくみ出されては、常に建物の外へ吐き出されていた。快適さは普通の冷房とは質が違っていた。
顔と手を洗った彼は、服を脱いでタンクトップとショートパンツに着替えた。黒いタンクトップにハイキング用のカーキー色のショートパンツだ。彼は冷蔵庫から水を出して飲んだ。暑い体の内部に冷たい水が入っていく快感を楽しみながら、彼は準備室で郵便物を見た。
日比谷昭彦様、と毛筆で巧みに宛名を書いた和風の封書が一通あり、それが彼の手を止めさせた。筆ペンではなく、細い毛筆だ。筆の使いかたは、たいへん熟練した達者なものだった。このような私信はめったに来ない。雰囲気のやや重いその封書を、彼は手に取って観察した。
これまでの日比谷昭彦の、ノンフィクション・ライターとしての経験によれば、いま彼が手に持っているような封書は、彼が書いたものに対する苦情や文句、あるいは抗議などの手紙であることが多かった。これもそうかな、と彼は思った。封書を彼は裏に返した。差出人の名は矢沢富美子とあった。住所は彼にとってなじみのない場所だった。おそらく苦情だろう、と自分に確認するように思った次の瞬間、彼には閃いた。
矢沢千秋と関係のある、矢沢富美子という人なのではないか。この仕事場の居間の壁に立てかけてある、後藤美代子の油絵を描いた矢沢千秋だ。その矢沢と関係のある人なのではないか。日比谷はその封書を鋏で切って開いた。折りたたまれた便箋を取り出した。便箋は四枚あった。毛筆による流麗な文字で、四枚とも過不足なく埋まっていた。最初の一枚を彼は読んだ。
『矢沢千秋がかつて美術の講師を務めておりました私立高等学校より、矢沢の現住所その他について、お知りになりたいかたがいらっしゃるという内容の手紙を、数日前、私が開封し拝見いたしました。私は矢沢千秋の妹でございます。矢沢千秋は五年前に病没し、この世を去っております。矢沢の画業を見渡す個展に、矢沢を代理するかたちでかねてより私は参画しており、そのため多忙な日々が連続し、何日も続けて留守にすることもしばしばでございました。留守中に郵便物がたまってしまい、手つかずのままの状態が重なり、返信を差し上げるのも、さらには高校からの問い合わせの手紙を拝見しますのも、たいそう遅くなってしまいました。事情をおくみとりの上、どうかご容赦くださいませ』
改行なしでそこまでが一枚の便箋に綴ってあった。伝えたいことの筋道が文章のなかをきちんと通っている様子を、日比谷は受けとめた。次の段階は、二枚めの便箋に展開してあった。
『私立高校からの問い合わせ状には、あなた様のお名前とおところが記してございました。私立高校宛に返信を出しますと、あなた様への回送その他で、さらに三、四日は余計な日が重なるかと思い、こうして直接に返信を差し上げる次第です。私立高校の卒業生が矢沢千秋の現住所と現況をお問い合せとのことですが、どのような用件がおありになってのことなのでしょうか。あなた様はその問い合わせに対する返答の、お受け取り人とのこと、いきさつはのみこめませんが、ひとまずこのように回答させていただきます』
さらに三枚めの便箋に書いてあることを、日比谷は読んだ。
『お問い合わせの目的は、私の願望も含めまして、矢沢の画業と関連することかもしれぬと推測いたします。もしそうでありましたら、どうか個展へお運びいただきたく存じます。開催地、開催美術館、所在地、交通の便、日時などを、別紙に記しておきます。けっして長い生涯ではございませんでした矢沢ですが、その画業のごく初期から寿命的に最晩年まで、過不足なく見渡すことの出来る個展になろうかと、自負いたしております。個展に向けてこれからも多忙で、留守がちとなりますゆえ、思いがけない失礼をいたすかもしれませんが、その折りはお許しください』
ここで初めて、唯一の改行があった。改行して矢沢富美子は次のように書いていた。
『あなた様のお名前は心にとめておきますので、さらにお問い合わせのお手紙などいただくことがあれば、拝見次第迅速にご返信申し上げます。私宛のお手紙その他、封筒裏の所番地にお願いいたします。以上ひとまずお問い合わせにはお答えできたことと思います』