← Library‹ 道順は彼女に訊く 第十一章 ひとり二役

矢沢やざわ千秋ちあきの個展こてんを日比谷ひびや昭彦あきひこは初日しょにちに見みた。会場かいじょうの美術びじゅつ館かんは山口やまぐち県けんの宇部うべ市しにあった。東京とうきょうから日比谷ひびやは飛行ひこう機きを使つかった。この個展こてんに関かんして、高村こうむら恵子けいこと中野なかの玲子れいこがそれぞれどのような予定よていでいるのか、日比谷ひびやは知しらないままだった。

何なん年ねんか前まえ、高齢こうれいで他界たかいした宇部うべ出身しゅっしんの著名ちょめいな画家がかが、すぐれた絵画かいが作品さくひんを数多かずおおく遺のこした。簡単かんたんに言ゆうと彼かれは郷土きょうどの誇ほこりであり、彼かれの描えがいた絵えは郷土きょうどの文化ぶんか遺産いさんであるということになった。その画家がかの絵え、そして遺品いひんなどすべてを収集しゅうしゅうして管理かんりし保管ほかんすることを目的もくてきに、彼かれの名なを冠かんした美術びじゅつ館かんが何なん年ねんか前まえに建設けんせつされた。

遺のこされた多数たすうの作品さくひんを、テーマや視点してんを変化へんかさせつつ、常設じょうせつ展てんとしてその美術びじゅつ館かんは一般いっぱんに公開こうかいして来きた。美術びじゅつ館かん本来ほんらいの中心ちゅうしんとなるその常設じょうせつ展てんのためのスペースに付帯ふたいして、その画家がか以外いがいの芸術げいじゅつ家かもとりあげる企画きかく展てんのためのスペースも、美術びじゅつ館かんのなかに作つくられた。そこに身みを置おいていると気持きもちのいい、かなり広ひろいスペースだ。山口やまぐち県けん出身しゅっしんの芸術げいじゅつ家かが優先ゆうせん的てきにとりあげられて来きた。矢沢やざわ千秋ちあきの個展こてんは、その企画きかく展てんのひとつとして実現じつげんした。

初日しょにちに日比谷ひびや昭彦あきひこがそこで見みたのは、盛況せいきょうと言いっていい様子ようすだった。幅はばの広ひろい年齢ねんれいの人ひとたち多数たすうが会場かいじょうに入はいっていた。帰かえっていく人ひとたちと入いれ替かわりに、あらたに入はいって来くる人ひとたちが絶たえることなく続つづいた。展示てんじしてある絵えを、日比谷ひびやは何なん度どか繰くり返かえし見みた。それに値あたいする出来できばえの絵えばかりで、絵画かいが展てんとして日比谷ひびやはたいそう満足まんぞくを覚おぼえた。

後藤ごとう美代子みよこに関かんして、いくつかの発見はっけんがあった。高校こうこう三さん年ねん生せいのときに美代子みよこは矢沢やざわ千秋ちあきのためにモデルを務つとめた。彼女かのじょが彼かれのためにモデルを務つとめたのは、そのときだけではなかったことが、明あきらかになった。それ以後いご、何なん度ども、少すくなくとも数すう年ねんにわたって、彼女かのじょは矢沢やざわの絵えのためにモデルとなったのだ。

裸体らたいでモデルを務つとめた大おおきなサイズの作品さくひんを、日比谷ひびやはもっとも気きにいった。画面がめんの背景はいけいである高たかい壁かべのぜんたいをふさぐようにして、大おおきな鏡かがみがある。その鏡かがみに向むかって裸はだかの美代子みよこが立たっている。鏡かがみのなかには彼女かのじょの正面しょうめん全身ぜんしん像ぞうが虚像きょぞうとして映うつっている。その虚像きょぞうと、実像じつぞうのうしろ姿すがたとを同時どうじに見みながら、画家がかの矢沢やざわ千秋ちあきは彼女かのじょを絵えに描えがいた。描えがいているカンヴァスの右端みぎはしが、その作品さくひんの左端ひだりはしに描かき込こんであった。

裸婦らふを壁かべいっぱいの鏡かがみの前まえに立たたせ、そこに映うつる虚像きょぞうとうしろ姿すがたという実像じつぞうを同時どうじに見みてひとつのカンヴァスに描えがいていく画家がかは、カンヴァスの一端いったんを描かき込こむことをとおして、それを描えがく自分じぶんをもおなじ画面がめんに描えがいて遺のこした。自分じぶんが見みた裸婦らふだけではなく、それを描えがいた自分じぶんをも、画家がかは作品さくひんとして不ふ特定とくてい多数たすうの人々ひとびとに見みせようと試こころみた。『裸婦らふのいる部屋へや』という、いささか平凡へいぼんな題名だいめいをつけてあるその作品さくひんを、日比谷ひびやはそのように解釈かいしゃくした。

その絵えのために裸はだかでモデルを務つとめている女性じょせいは、まず間違まちがいなく後藤ごとう美代子みよこだった。高校こうこう生せいではない。体からだもそしてその雰囲気ふんいきも、ずっと成熟せいじゅくしていた。二十にじゅう二に、三さん歳さいの頃ころではないか、と日比谷ひびやは見当けんとうをつけた。高村こうむら恵子けいこが美代子みよこの部屋へやで目めにとめた高級こうきゅうな下着したぎの問題もんだいも、個展こてんの会場かいじょう内ないで解決かいけつした。恵子けいこが自みずから撮影さつえいしたインスタント写真しゃしんのなかで、彼女かのじょが身みにつけていたのとおなじ下着したぎ姿すがたで、後藤ごとう美代子みよこは矢沢やざわ千秋ちあきの絵えのなかにいた。大おおきなカンヴァスのなかに、美代子みよこをモデルにして、五ご点てんの絵えが描えがいてあった。五ご点てんでひとつの作品さくひんを意図いとしたのだろう。『架空かくうの人ひとのカタログ』というタイトルがつけてあり、タイトルのあとには(未完みかん)という二に文字もじが添そえてあった。

美代子みよこがモデルになっている絵えはもうひとつあった。『架空かくうの人物じんぶつ画が』というタイトルだ。画面がめんのいちばん手前てまえ、左側ひだりがわ半分はんぶんほどの面積めんせきに壁かべが描えがいてあり、その壁かべには鏡かがみが取とり付つけてあった。鏡かがみの前まえには女性じょせいが立たっていて、彼女かのじょの顔かおそして肩かたから上うえあたりまでが、その鏡かがみに映うつっていた。うしろ姿すがたは実像じつぞうとして描えがいてあり、壁かべは誇張こちょうされた遠近法えんきんほうのデ・キリコの建物たてもののように、画面がめんの奥おくに向むけてのびていた。明あかるい陽ひの射さしている、物音ものおとのなにひとつ聞きこえないような、静しずかな謎なぞの午後ごごの屋外おくがいだ。その建物たてものの壁かべに沿そって、向むこうからひとりの若わかい女性じょせいが、こちらに向むけて歩あるいていた。鏡かがみの前まえに立たっている女性じょせいと同どう一人ひとりであることは、その絵えを見みる人ひとにはすぐにわかった。モデルは明あきらかに美代子みよこだった。

コーヒー・ショップでひとりコーヒーを飲のむ時間じかんをはさんで、日比谷ひびやはその個展こてんぜんたいを何なん度どか繰くり返かえして見みた。そのあとで彼かれはクロークへいき、預あずけておいた荷物にもつを受うけ出だした。高校こうこう三さん年ねん生せいの後藤ごとう美代子みよこをモデルにして矢沢やざわ千秋ちあきが描えがいた油絵あぶらえだ。かさばらないように要領ようりょうよく梱包こんぽうし、機内きないに持もち込こむ荷物にもつとして日比谷ひびやは持もって来きた。

受付うけつけへいった彼かれは矢沢やざわ富美子とみこに面会めんかいを求もとめた。近ちかくに何なん人にんかの人ひとの輪わがあり、受付うけつけの女性じょせいは小走こばしりにそこへいった。そして着物きもの姿すがたの初老しょろうの女性じょせいに用件ようけんを伝つたえた。受付うけつけの女性じょせいとともに歩あるいてきた矢沢やざわ富美子とみこに、日比谷ひびやは自分じぶんの名前なまえと来意らいいを告つげ名刺めいしを渡わたした。矢沢やざわ富美子とみこは彼かれの名なを記憶きおくしていた。ふたりは初はつ対面たいめんの挨拶あいさつを交かわした。

簡単かんたんな立たち話ばなし以上いじょうの時間じかんと場所ばしょが必要ひつようだ、と矢沢やざわ富美子とみこは思おもったようだ。戻もどって来くるまで誰だれも取とり次つがないで、と受付うけつけの女性じょせいに言いい、矢沢やざわ富美子とみこは日比谷ひびやをコーヒー・ショップへ連つれていった。窓辺まどべの席せきでふたりは差さし向むかいとなった。彼かれはコーヒーを、そして矢沢やざわ富美子とみこはカモミールのハーブ・ティーを注文ちゅうもんした。

自分じぶんについてあらためて手短てみじかに語かたった日比谷ひびやは、それを後藤ごとう美代子みよこにつなげた。彼女かのじょが行方ゆくえ不明ふめいであること、高校こうこう生せいのときに彼女かのじょが矢沢やざわ千秋ちあきのためにモデルを務つとめた絵えを、その高等こうとう学校がっこうからもらい受うけて来きていまここに持もっていることなどを、彼かれは語かたった。

「ずいぶんスリリングなお話はなしだこと」

というのが、富美子とみこが最初さいしょに見みせた反応はんのうだった。楽たのしんでいるような口調くちょうで明あかるく、彼女かのじょはそう言いった。

「後藤ごとう美代子みよこさんは、確たしかに矢沢やざわが教おしえていた高校こうこうの生徒せいとさんでした。矢沢やざわの気きにいっていたモデルでした。卒業そつぎょうなさってからも、何なん度どもモデルになっていただいたわ」

「この個展こてんでも、作品さくひんをいくつか拝見はいけんしました」

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