矢沢千秋の個展を日比谷昭彦は初日に見た。会場の美術館は山口県の宇部市にあった。東京から日比谷は飛行機を使った。この個展に関して、高村恵子と中野玲子がそれぞれどのような予定でいるのか、日比谷は知らないままだった。
何年か前、高齢で他界した宇部出身の著名な画家が、すぐれた絵画作品を数多く遺した。簡単に言うと彼は郷土の誇りであり、彼の描いた絵は郷土の文化遺産であるということになった。その画家の絵、そして遺品などすべてを収集して管理し保管することを目的に、彼の名を冠した美術館が何年か前に建設された。
遺された多数の作品を、テーマや視点を変化させつつ、常設展としてその美術館は一般に公開して来た。美術館本来の中心となるその常設展のためのスペースに付帯して、その画家以外の芸術家もとりあげる企画展のためのスペースも、美術館のなかに作られた。そこに身を置いていると気持ちのいい、かなり広いスペースだ。山口県出身の芸術家が優先的にとりあげられて来た。矢沢千秋の個展は、その企画展のひとつとして実現した。
初日に日比谷昭彦がそこで見たのは、盛況と言っていい様子だった。幅の広い年齢の人たち多数が会場に入っていた。帰っていく人たちと入れ替わりに、あらたに入って来る人たちが絶えることなく続いた。展示してある絵を、日比谷は何度か繰り返し見た。それに値する出来ばえの絵ばかりで、絵画展として日比谷はたいそう満足を覚えた。
後藤美代子に関して、いくつかの発見があった。高校三年生のときに美代子は矢沢千秋のためにモデルを務めた。彼女が彼のためにモデルを務めたのは、そのときだけではなかったことが、明らかになった。それ以後、何度も、少なくとも数年にわたって、彼女は矢沢の絵のためにモデルとなったのだ。
裸体でモデルを務めた大きなサイズの作品を、日比谷はもっとも気にいった。画面の背景である高い壁のぜんたいをふさぐようにして、大きな鏡がある。その鏡に向かって裸の美代子が立っている。鏡のなかには彼女の正面全身像が虚像として映っている。その虚像と、実像のうしろ姿とを同時に見ながら、画家の矢沢千秋は彼女を絵に描いた。描いているカンヴァスの右端が、その作品の左端に描き込んであった。
裸婦を壁いっぱいの鏡の前に立たせ、そこに映る虚像とうしろ姿という実像を同時に見てひとつのカンヴァスに描いていく画家は、カンヴァスの一端を描き込むことをとおして、それを描く自分をもおなじ画面に描いて遺した。自分が見た裸婦だけではなく、それを描いた自分をも、画家は作品として不特定多数の人々に見せようと試みた。『裸婦のいる部屋』という、いささか平凡な題名をつけてあるその作品を、日比谷はそのように解釈した。
その絵のために裸でモデルを務めている女性は、まず間違いなく後藤美代子だった。高校生ではない。体もそしてその雰囲気も、ずっと成熟していた。二十二、三歳の頃ではないか、と日比谷は見当をつけた。高村恵子が美代子の部屋で目にとめた高級な下着の問題も、個展の会場内で解決した。恵子が自ら撮影したインスタント写真のなかで、彼女が身につけていたのとおなじ下着姿で、後藤美代子は矢沢千秋の絵のなかにいた。大きなカンヴァスのなかに、美代子をモデルにして、五点の絵が描いてあった。五点でひとつの作品を意図したのだろう。『架空の人のカタログ』というタイトルがつけてあり、タイトルのあとには(未完)という二文字が添えてあった。
美代子がモデルになっている絵はもうひとつあった。『架空の人物画』というタイトルだ。画面のいちばん手前、左側半分ほどの面積に壁が描いてあり、その壁には鏡が取り付けてあった。鏡の前には女性が立っていて、彼女の顔そして肩から上あたりまでが、その鏡に映っていた。うしろ姿は実像として描いてあり、壁は誇張された遠近法のデ・キリコの建物のように、画面の奥に向けてのびていた。明るい陽の射している、物音のなにひとつ聞こえないような、静かな謎の午後の屋外だ。その建物の壁に沿って、向こうからひとりの若い女性が、こちらに向けて歩いていた。鏡の前に立っている女性と同一人であることは、その絵を見る人にはすぐにわかった。モデルは明らかに美代子だった。
コーヒー・ショップでひとりコーヒーを飲む時間をはさんで、日比谷はその個展ぜんたいを何度か繰り返して見た。そのあとで彼はクロークへいき、預けておいた荷物を受け出した。高校三年生の後藤美代子をモデルにして矢沢千秋が描いた油絵だ。かさばらないように要領よく梱包し、機内に持ち込む荷物として日比谷は持って来た。
受付へいった彼は矢沢富美子に面会を求めた。近くに何人かの人の輪があり、受付の女性は小走りにそこへいった。そして着物姿の初老の女性に用件を伝えた。受付の女性とともに歩いてきた矢沢富美子に、日比谷は自分の名前と来意を告げ名刺を渡した。矢沢富美子は彼の名を記憶していた。ふたりは初対面の挨拶を交わした。
簡単な立ち話以上の時間と場所が必要だ、と矢沢富美子は思ったようだ。戻って来るまで誰も取り次がないで、と受付の女性に言い、矢沢富美子は日比谷をコーヒー・ショップへ連れていった。窓辺の席でふたりは差し向かいとなった。彼はコーヒーを、そして矢沢富美子はカモミールのハーブ・ティーを注文した。
自分についてあらためて手短に語った日比谷は、それを後藤美代子につなげた。彼女が行方不明であること、高校生のときに彼女が矢沢千秋のためにモデルを務めた絵を、その高等学校からもらい受けて来ていまここに持っていることなどを、彼は語った。
「ずいぶんスリリングなお話だこと」
というのが、富美子が最初に見せた反応だった。楽しんでいるような口調で明るく、彼女はそう言った。
「後藤美代子さんは、確かに矢沢が教えていた高校の生徒さんでした。矢沢の気にいっていたモデルでした。卒業なさってからも、何度もモデルになっていただいたわ」
「この個展でも、作品をいくつか拝見しました」