← Library‹ 道順は彼女に訊く 第十二章 ふたたび最初の取材者

福山ふくやま俊樹としきに会あうべきではないか、と日比谷ひびや昭彦あきひこは思おもった。下北沢しもきたざわのあの喫茶きっさ店てんにはいつでもいける、という思おもいは思おもいだけであり、現実げんじつには福山ふくやまが希望きぼうしたように、ふらっと立たち寄よることを自分じぶんはあれから一いち度どもしていない、と日比谷ひびやは反省はんせいした。中野なかの玲子れいこがくれた五ご枚まいの写真しゃしんのコピーを福山ふくやまに送おくった。その返礼へんれいに、この写真しゃしんは自分じぶんなりに考かんがえていくためのきっかけになりそうだ、と福山ふくやまはファクシミリで伝つたえてきた。福山ふくやまはいったいどんなことを考かんがえたか。

山口やまぐち県けん宇部うべ市しから日比谷ひびやが東京とうきょうへ戻もどった日ひは火曜かよう日ひだった。日比谷ひびやは福山ふくやまの喫茶きっさ店てんに電話でんわをかけた。福山ふくやまは店みせにいた。会あって話はなしをしたいという希望きぼうを伝つたえた日比谷ひびやに、

「明日あすはいかがですか」

と、福山ふくやまは言いった。

「水曜すいよう日ひ」

「はい」

「店みせは定休ていきゅうの日ひでしたね」

「そうです。もしおいでいただけるのでしたら、店みせでお待まちしています。どこかほかの場所ばしょがよろしければ、僕ぼくはどこへでも出向でむきます」

福山ふくやまの提案ていあんを受うけて、日比谷ひびやは定休ていきゅう日ひの店みせへいくことにした。午後ごごの適当てきとうな時間じかんを選えらんだ。

「お待まちしてます」

と福山ふくやまは言いった。

次つぎの日ひ、水曜すいよう日ひ、約束やくそくした時間じかんどおりに、日比谷ひびやは福山ふくやまの喫茶きっさ店てんへいった。本日ほんじつは定休ていきゅうです、と書かいた札さつがドアにかかっていた。しかしそのドアは開ひらいた。日比谷ひびやはなかに入はいった。カウンターの照明しょうめいだけが灯ともっていた。そして福山ふくやま俊樹としきはひとりでカウンターのなかにいた。生真面目きまじめな表情ひょうじょうで福山ふくやまは日比谷ひびやに礼れいをし、長ちょう方形ほうけいの大おおきなテーブルの手前てまえの角かどを片手かたてで示しめした。

「いまエスプレッソをお作つくりします」

と、福山ふくやまは言いった。

「ダブルで」

日比谷ひびやは注文ちゅうもんをつけ、福山ふくやまはうなずいた。長ちょう方形ほうけいのテーブルの、福山ふくやまが示しめした角かどの右側みぎがわの椅子いすに、日比谷ひびやはすわった。エスプレッソ・マシーンで一杯いっぱいのエスプレッソを作つくるのは、ごく簡単かんたんな作業さぎょうだ。無駄むだのいっさいない動うごきでその作業さぎょうを滑なめらかにこなしていく福山ふくやまを、日比谷ひびやは見守みまもった。

「夏なつも峠とうげを越こしましたね」

福山ふくやまは言いった。

「どんな夏なつでしたか」

なかば冗談じょうだんとして、日比谷ひびやはそう聞きいた。

「後藤ごとう美代子みよこの夏なつでした」

と、福山ふくやまは答こたえた。

「日比谷ひびやさんが写真しゃしんを送おくってくださってから、ずっと彼女かのじょのことを考かんがえていました。美人びじんOLなんて言葉ことばを僕ぼくはあの週刊しゅうかん誌しの記事きじのなかで遣つかいましたけれど、絶対ぜったいに単たんなる美人びじんOLではないですね、後藤ごとうさんは。それではいったい彼女かのじょはなになのかということをめぐって、考かんがえごとばかりしていた夏なつでした」

「夏なつはもう少すこし残のこってますよ」

日比谷ひびやの言葉ことばに福山ふくやまはうなずき、微笑びしょうした。そして、

「だから僕ぼくはもっと考かんがえます」

と答こたえた。エスプレッソはダブルで完成かんせいした。受うけ皿ざらに載のせてカウンターに置おき、福山ふくやまは外そとへ出でて来きた。カウンターのエスプレッソを日比谷ひびやの手てもとへ運はこび、テーブルの角かどをはさんで椅子いすにすわった。

「取材しゅざいは進すすんでますか」

福山ふくやまは言いった。

高村こうむら恵子けいこが展開てんかいしてみせた推論すいろんを、日比谷ひびやは福山ふくやまに語かたってみたいと思おもった。しかし、語かたりたいという気持きもちを彼かれは抑制よくせいした。宇部うべの美術びじゅつ館かんで矢沢やざわ千秋ちあきの個展こてんを見みて来きたことについて、日比谷ひびやはあったとおりすべてを語かたった。高校こうこう三さん年ねん生せいのときに美代子みよこが矢沢やざわのためにモデルを務つとめ、二十にじゅう代だいになってからも何なん度どかモデルになったことを、日比谷ひびやは福山ふくやまに語かたった。

「僕ぼくが最初さいしょに取材しゅざいしたとき、中野なかの玲子れいこさんという同級どうきゅう生せいから、美代子みよこさんの写真しゃしんを見みせてもらいました」

と、福山ふくやまは言いった。

「福山ふくやまさんの取材しゅざいノートに、写真しゃしんを拝見はいけん、と書かいてあったのがそれですね」

「いくら頼たのんでも、写真しゃしんを貸かしてくれないんですよ。ここで見みるだけにしてくれと言いい張はって。だから、拝見はいけんとしか書かきようがなかったのです」

そう言いって福山ふくやまは苦笑くしょうした。

「写真しゃしんで拝見はいけんしたかぎりでは、後藤ごとう美代子みよこさんはじつに美うつくしい人ひとです。あれだけ美うつくしければ絵えにも描えがきたくなりますね。日比谷ひびやさんがコピーを送おくってくださった写真しゃしんは、初はじめて見みるものです。中野なかのさんが私わたくしに見みせてくれたのは、行方ゆくえ不明ふめいになった時期じきに近ちかい、その年としの三さん月がつから四よん月がつにかけて中野なかのさんが撮影さつえいした、スナップ・ショット三さん枚まいでした」

福山ふくやまはそうつけ加くわえた。取材しゅざいの結果けっかとして浮うかんで来きた美代子みよこの性格せいかくの輪郭りんかく、彼女かのじょの自宅じたくや両親りょうしんのこと、そして自分じぶんのアシスタントとして取材しゅざいをしてくれている高村こうむら恵子けいこについて、日比谷ひびやは語かたった。週刊しゅうかん誌しのあの二にページの記事きじのために取材しゅざいをしただけの福山ふくやまにくらべて、日比谷ひびやはすでにはるかに多おおくのことを知しっていた。自分じぶんたちのあいだに存在そんざいするその段差だんさを、日比谷ひびやは軽かるい障害しょうがい物ぶつのように意識いしきした。世間せけん話はなしの域いきを出でないなら、段差だんさは邪魔じゃまにはならない。しかし、それ以上いじょうに踏ふみ込こんだ話はなしをするには、福山ふくやまは知しらなさ過すぎる、と日比谷ひびやは思おもった。その思おもいをいっきに帳消ちょうけしにするようなことを、福山ふくやまはなにげなく言いった。

「中野なかの玲子れいこさんは、かなりのところまで知しってますよ」

日比谷ひびやはしばらく無言むごんでいた。どのように答こたえればいいのか、とっさには判断はんだんがつかなかったからだ。福山ふくやまがこのように言いうときの、その根拠こんきょについて質問しつもんすべきだ、という正ただしい方向ほうこうを日比谷ひびやはやがて見みつけた。

「そこまで言いい切きるからには、後藤ごとう美代子みよこさんの行方ゆくえ不明ふめい事件じけんの本質ほんしつが、福山ふくやまさんにはかなりのところまで見みえているわけだ」

日比谷ひびやの言いいかたに、福山ふくやまはうれしそうな表情ひょうじょうとなった。何なん度どかうなずき、微笑びしょうをさらに深ふかめ、ひとまず次つぎのように言いった。

「といういまの日比谷ひびやさんの言いいかたは、中野なかの玲子れいこさんがかなりのところまで知しっているということを、日比谷ひびやさんも認みとめた言いいかたになりますよ」

「僕ぼくはなにも認みとめてはいない」

日比谷ひびやの反応はんのうに福山ふくやまは笑わらった。

「では僕ぼくが考かんがえたことを喋しゃべります」

と、福山ふくやまは言いった。そして次つぎのように続つづけた。

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