← Library‹ 道順は彼女に訊く 第十三章 詩人は結論を出した

昼食ちゅうしょくを終おえた日比谷ひびや昭彦あきひこは、電車でんしゃに乗のって仕事場しごとばへいった。準備じゅんび室しつにあるファクシミリは受信じゅしんした紙かみを自動じどう的てきに切きるタイプではない。受信じゅしんした紙かみは巻紙まきがみをほどいたように、ファクシミリが置おいてある台だいへ、そしてそこからフロアに向むけて、垂たれ下さがる。十じゅうメートルを超こえる長ながさの受信じゅしん紙しがファクシミリからフロアへと落おちているのを、日比谷ひびやは拾ひろい上あげた。

何なん人にんもの人ひとたちからのさまざまな用件ようけんのなかに、加藤早苗かとうさなえという女性じょせいからの受信じゅしんがあった。後藤ごとう美代子みよこがかつて勤務きんむしていた新聞しんぶん社しゃの、調査ちょうさ部ぶで同僚どうりょうだったひとりだ。日比谷ひびやが村田むらたという調査ちょうさ部ぶの男性だんせいから話はなしを聞きいたとき、村田むらたは後藤ごとう美代子みよこと同僚どうりょうとして過すごした三さん人にんの女性じょせいたちを日比谷ひびやに会あわせた。加藤かとう早苗さなえはそのうちのひとりだ。

『村田むらたとともに過日かじつお目めにかかりました加藤かとうと申もうします。お留守るすのようですので、ファクシミリにて失礼しつれいをいたします』

かたどおりの挨拶あいさつに続つづけて、加藤かとう早苗さなえは次つぎのように書かいていた。

『あれ以来いらいというもの、後藤ごとうさんについて考かんがえることが多おおく、それはなにか思おもい出だすべきことがあるからだろうと思おもっておりましたところ、ひとつ思おもい出だしたことがございますので、お伝つたえしたく思おもいます。お役やくに立たてる内容ないようかどうか、私わたくしにはまったくわかりませんが、お手空てあきの折おりに調査ちょうさ部ぶへ電話でんわをいただければ、幸さいわいでございます。私わたくしが席せきにおりませんでしたら、電話でんわに出でた者ものにおことづけをお願ねがいいたします。私わたくしから日比谷ひびや様さまに連絡れんらくを取とらせていただきます』

後藤ごとう美代子みよこについての資料しりょうがすべて入はいっているファイルのなかから、日比谷ひびやは調査ちょうさ部ぶの村田むらたの名刺めいしを取とり出だした。そしてそこへ電話でんわをかけた。加藤かとう早苗さなえは席せきにいた。留守るす中ちゅうに受信じゅしんしたファクシミリへの礼れいを日比谷ひびやは述のべた。出向でむいて直接ちょくせつに話はなしをうかがってもいいし、電話でんわで語かたることが可能かのうなら電話でんわで受うけてもいい、と日比谷ひびやは言いった。すぐに私わたくしからかけなおしますので、しばらくお待まちいただけますか、と彼女かのじょは言いった。仕事場しごとばの電話でんわ番号ばんごうを日比谷ひびやは彼女かのじょに伝つたえなおした。そして電話でんわを切きり、その場ばで待まった。すぐに電話でんわのブザーが鳴なった。日比谷ひびやは受話じゅわ器きを取とり上あげた。

「お手数てすうをおかけして申もうし訳わけありません」

と、加藤かとう早苗さなえは電話でんわの向むこうで言いった。調査ちょうさ部ぶの部屋へやを出でて、どこか別べつな場所ばしょから電話でんわをかけなおしているのだ、と日比谷ひびやは見当けんとうをつけた。電話でんわで充分じゅうぶんに伝つたえることの出来できる内容ないようだと彼女かのじょは言いい、次つぎのように切きり出だした。

「後藤ごとうさんはフランス語ごがたいへんに堪能たんのうだった、という事実じじつを思おもい出だしました。私わたくしが直接ちょくせつに確認かくにんしたことではなく、間接かんせつ的てきに聞きいたことなのですが、まず間違まちがいのない事実じじつです」

「フランス語ごに堪能たんのうだったのですか」

「はい」

「僕ぼくは知しりませんでした」

「私わたくしたち調査ちょうさ部ぶの者ものは、趣味しゅみでもなんでもいいのですが、他たの人ひとたちが体験たいけんしていないようなこと、あるいは人ひとよりも少すこしは余計よけいに知しっていることに関かんして、公開こうかいし合あうのです。そのことならあの人ひとに調査ちょうさを頼たのむといい、という最初さいしょのとっかかりを、可能かのうなかぎり多おおくしておきたいからです」

「よくわかります」

「後藤ごとうさんがフランス語ごに堪能たんのうだということは私わたくしは知しりませんでしたし、他たの人ひとたちも知しらなかったと思おもいます」

「つまり後藤ごとうさんは、自分じぶんのフランス語ごの能力のうりょくについて、公開こうかいしていなかったのですね」

「そうだと思おもいます。公開こうかいは職務しょくむ上じょうの義務ぎむではありませんし、自分じぶんではまったくたいしたことないと思おもっていれば、なにも言いわずにいることはあると思おもいます」

「そうでしょうね」

と相槌あいづちを打うった日比谷ひびやに、加藤かとう早苗さなえはフランス映画えいがの題名だいめいをひとつ、言いった。

「一いち九きゅう六ろく〇れい年ねん代だい前半ぜんはんの作品さくひんです。当時とうじ、日本にっぽんでも公開こうかいされました。ご存ぞんじですか」

「題名だいめいは知しっています。有名ゆうめいですね。しかし、僕ぼくは見みていません」

「この映画えいがのなかで描えがかれている人間にんげん関係かんけいの配置はいちと、台詞せりふのやりとりの一いち部分ぶぶんに関かんして、確認かくにんを求もとめる依頼いらいが学芸がくげい部ぶの記者きしゃから入はいったのです。ヴィデオは本国ほんごくではかつて発売はつばいされたのですがいまはなくて、日本にっぽんでは出でていないのです。とりあえず資料しりょうに頼たよるほかないのですが、たとえば公開こうかい当時とうじにシナリオが翻訳ほんやくされて日本にっぽんの映画えいが雑誌ざっしに掲載けいさいされたというようなことはなかったのです。かつて配給はいきゅうを扱あつかった会社かいしゃがいまも東京とうきょうにあり、連絡れんらくしてみたところ、まったくの偶然ぐうぜんだったのですが、ニュー・プリントでふたたび公開こうかいされる予定よていが出来できたばかりのところだったのです。プリントはすでにその配給はいきゅう会社かいしゃに届とどいていて、字幕じまくを作成さくせいするために原文げんぶんのシナリオをフランス側がわに請求せいきゅうしている段階だんかいでした。後藤ごとうさんはその会社かいしゃの試写ししゃ室しつで試写ししゃしてもらい、記者きしゃが依頼いらいしてきた調査ちょうさ内容ないように完璧かんぺきに応こたえたのです。普通ふつうはそこで一いち件けん落着らくちゃくするのです。シナリオも字幕じまくもなしに後藤ごとうさんが依頼いらいを完全かんぜんにこなしたことは、誰だれにもわからないままになるのです」

そこまで喋しゃべって加藤かとう早苗さなえはひと区切くぎりとした。感情かんじょうの抑揚よくようを感かんじさせない、平坦へいたんに鎮静ちんせいされた喋しゃべりかたには、妙みょうな説得せっとく力りょくがあった。

「たいへん興味きょうみ深ふかいお話はなしです」

と、日比谷ひびやは反応はんのうした。それに促うながされて、彼女かのじょは続つづきを次つぎのように語かたった。

「記事きじを書かいたあとでその記者きしゃも試写ししゃしてもらって見みたのです。そのときもまだ字幕じまくは入はいっていなくて、いっさいなにもわからなくて困こまった、とその記者きしゃから調査ちょうさ部ぶに電話でんわがありました。後藤ごとうさんはそのとき席せきにいず、私わたくしが電話でんわに応対おうたいしました。調査ちょうさ部ぶの女性じょせいはすごいねえ、あんなに複雑ふくざつな映画えいがが字幕じまくなしでわかる人ひとがいるんだねえ、と記者きしゃはしきりに驚おどろいていました。フランス語ごがきわめて堪能たんのうでないと、あそこまではわからないはずだ、と記者きしゃは言いっていました。後藤ごとうさんが手てに入いれた資料しりょうは、公開こうかいされた当時とうじに日本にっぽんの映画えいが雑誌ざっしに掲載けいさいされた紹介しょうかい記事きじくらいのものです。あとで私わたくしが後藤ごとうさんに訊きいてみたら、いま私わたくしが申もうし上あげたようないきさつを教おしえてくれたのです。フランス語ごは高校こうこうと短大たんだいで勉強べんきょうしたと言いってました。高校こうこうのフランス語ごは自由じゆう選択せんたく科目かもくだったけれど、必修ひっしゅう科目かもくの単位たんいとしても補填ほてん出来できるので、かなり厳きびしく教おしえられたということでした」

「短大たんだいと合あわせて五ご年間ねんかんですね。五ご年ねんあれば、かなりのところまで勉強べんきょう出来できますよ」

そう言いった日比谷ひびやに、加藤かとう早苗さなえは答こたえた。

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