地下鉄を降りて日比谷昭彦は地上へ出た。地上は午後の銀座だ。先日、高村恵子と会った喫茶店へ、彼は向かった。歩きながら彼は腕時計を見た。ちょうど約束の時間だった。エレヴェーターで店のあるフロアまで上がり、店に入って彼は見渡した。
目につきやすい席に、ひとりのきれいな女性がいた。彼女の端正なスーツ姿に、落ち着いた自信のようなものを、日比谷は感じた。いまのようにひとりでやや緊張ぎみにしていても、華やいだ雰囲気が基本として存在しておもてに出ている、気さくな感触のある美人だった。おそらくこの人だろう、と思いながら彼は彼女の席へ歩み寄った。
彼女も彼を見た。反射的に笑顔になった彼女は、きれいな身のこなしで椅子を立った。接客業として鍛えられた人のような雰囲気を、日比谷は彼女に感じた。
「中野玲子です」
かたわらに立ちどまった彼に、彼女が言った。
「日比谷昭彦です」
「初めまして」
中野玲子、三十歳。五年前に行方不明になったままの後藤美代子が、行方不明になったその日の夜、おなじ電車で帰った高校生のときからの友人だ。小さな四角いテーブルをあいだにはさんで、ふたりは差し向かいにすわった。ウエイトレスが来た。彼はエスプレッソを注文した。
「僕からの突然のリクエストに、時間を取っていただいて有り難うございます」
意識的にやや丁寧に、彼はそう言った。
「美代子のことでしたら、いつでも」
中野玲子は答えた。涼しい響きと艶のある、きれいな声だった。
「ご本は何冊か読ませていただいています」
玲子が言った。日比谷は名刺を彼女に差し出した。受け取って両手の指先に持ち、彼の名前をあらため、住所に視線を落とした。その視線を上げて彼をまっすぐに見て、
「私が住んでいる家の、おそらくすぐ近くです」
と、彼女は言った。彼はうなずいた。
「五年前の中野さんの住所を僕は知っていますが、いまでもそちらなら、僕の仕事場はすぐ近くです。引っ越して来たばかりです」
玲子はバッグから名刺入れを取り出した。気の利いたデザインの薄いケースだった。一枚を指先につまみ、彼に差し出した。
福山俊樹の取材ノートに中野玲子の電話番号が書いてあった。だから彼はその番号に電話してみた。電話に出た人も中野と名乗ったが、玲子はいまほかの番号になっていますと言い、その番号を教えてくれた。かけなおすと玲子が電話に出た。名前と職業と明らかにしたのち、後藤美代子について話を聞かせてもらえないかと日比谷は頼んだ。玲子は承諾してくれた。会う日と時間は玲子が指示した。場所はどちらでもと言う玲子に、この喫茶店を彼が提案した。店の名と場所を彼女は知っていた。
「駅の北口を出てすぐのベーカリーの二階で、よくお昼のサンドイッチを食べます」
日比谷が言い、玲子は笑顔になった。
「私もときどき」
笑顔でそう答える彼女の、かたちのいい唇の動きに彼は注目した。唇の動きに独特な表現力がある、と彼は判断した。鍛えられた接客業の人という印象を、劇団の女優という印象へと、彼は修正した。彼のエスプレッソがテーブルに届いた。
要件を簡単に繰り返したあと、
「本に書くのではないのです。いまはまだ、そこまで考えてはいません。自分で取材をしてみたいのです。美代子さんのご両親にお目にかかる前に、中野さんにはお会いしておきたかったのです」
脚を組み、膝の上に両手を重ねて、中野玲子は彼の説明を受けとめた。
「後藤美代子さんとおなじ高校を卒業なさって、十二年になりますね」
日比谷が訊いた。
「そうです」
「中野さんは、お仕事をされているのですか」
五年前の福山俊樹の取材ノートには、「高校から銀行へ。一年で辞めていまは無職?」と、書いてあった。
「しております」
麗子は答えて脚を組み換えた。
「一種のサーヴィス業です。あるいは、接客業のヴァリエーションかしら」
彼女のそういう言いかたに、彼は彼女の性格の反映を見た。
「モデルです。裸の。ヌード・モデルです」
「こうしてお姿を拝見していますと、お仕事の選択には納得がいきます」
と、日比谷は言ってみた。中野玲子は面白そうに笑った。笑いかたにも彼女の性格の奥行きが出ている、と彼は思った。そしてその奥行に彼は期待した。
「キャリアは長いのですか」
彼は訊いてみた。
「高校を出て銀行に勤めました。三年は仕事をしてみようと思ったのですが、最末端ですから三年は必要ないと思いなおして、一年で辞めました。モデル住宅の案内とセールスのような仕事を一年しまして、そのあと高校の先輩の女性の事務所に勤めることになりました。いまでも基本的にはそうなのです。先輩は私より十歳年上の、高名な写真家です。そのかたの事務所です。撮影の助手やモデル、あるいは雑用、そして自分でも写真を撮ります」
「楽しそうですね」
「女性下着の通信販売に使うカタログのモデル撮影を、先輩が個人的な人脈のなかで頼まれたのです。モデルになってと言われてモデルをつとめたのが、二十三歳のときです。いまでもそのカタログの仕事は定期的に続いています。ヌード・モデルの経験はそれ以来で、七年になります」
「ヌード・モデルは仕事として成立するのですか」
個人的な興味から、彼は訊いてみた。