← Library‹ 道順は彼女に訊く 第三章 裸婦は語る

地下ちか鉄てつを降おりて日比谷ひびや昭彦あきひこは地上ちじょうへ出でた。地上ちじょうは午後ごごの銀座ぎんざだ。先日せんじつ、高村こうむら恵子けいこと会あった喫茶きっさ店てんへ、彼かれは向むかった。歩あるきながら彼かれは腕うで時計とけいを見みた。ちょうど約束やくそくの時間じかんだった。エレヴェーターで店みせのあるフロアまで上あがり、店みせに入はいって彼かれは見渡みわたした。

目めにつきやすい席せきに、ひとりのきれいな女性じょせいがいた。彼女かのじょの端正たんせいなスーツ姿すがたに、落おち着ついた自信じしんのようなものを、日比谷ひびやは感かんじた。いまのようにひとりでやや緊張きんちょうぎみにしていても、華はなやいだ雰囲気ふんいきが基本きほんとして存在そんざいしておもてに出でている、気きさくな感触かんしょくのある美人びじんだった。おそらくこの人ひとだろう、と思おもいながら彼かれは彼女かのじょの席せきへ歩あゆみ寄よった。

彼女かのじょも彼かれを見みた。反射はんしゃ的てきに笑顔えがおになった彼女かのじょは、きれいな身みのこなしで椅子いすを立たった。接客せっきゃく業ぎょうとして鍛きたえられた人ひとのような雰囲気ふんいきを、日比谷ひびやは彼女かのじょに感かんじた。

「中野玲子なかのれいこです」

かたわらに立たちどまった彼かれに、彼女かのじょが言いった。

「日比谷ひびや昭彦あきひこです」

「初はじめまして」

中野なかの玲子れいこ、三十さんじゅう歳さい。五ご年ねん前まえに行方ゆくえ不明ふめいになったままの後藤ごとう美代子みよこが、行方ゆくえ不明ふめいになったその日ひの夜よる、おなじ電車でんしゃで帰かえった高校こうこう生せいのときからの友人ゆうじんだ。小ちいさな四角しかくいテーブルをあいだにはさんで、ふたりは差さし向むかいにすわった。ウエイトレスが来きた。彼かれはエスプレッソを注文ちゅうもんした。

「僕ぼくからの突然とつぜんのリクエストに、時間じかんを取とっていただいて有あり難がとうございます」

意識いしき的てきにやや丁寧ていねいに、彼かれはそう言いった。

「美代子みよこのことでしたら、いつでも」

中野なかの玲子れいこは答こたえた。涼すずしい響ひびきと艶つやのある、きれいな声こえだった。

「ご本ほんは何なん冊さつか読よませていただいています」

玲子れいこが言いった。日比谷ひびやは名刺めいしを彼女かのじょに差さし出だした。受うけ取とって両手りょうての指先ゆびさきに持もち、彼かれの名前なまえをあらため、住所じゅうしょに視線しせんを落おとした。その視線しせんを上あげて彼かれをまっすぐに見みて、

「私わたくしが住すんでいる家いえの、おそらくすぐ近ちかくです」

と、彼女かのじょは言いった。彼かれはうなずいた。

「五ご年ねん前まえの中野なかのさんの住所じゅうしょを僕ぼくは知しっていますが、いまでもそちらなら、僕ぼくの仕事場しごとばはすぐ近ちかくです。引ひっ越こして来きたばかりです」

玲子れいこはバッグから名刺めいし入いれを取とり出だした。気きの利きいたデザインの薄うすいケースだった。一いち枚まいを指先ゆびさきにつまみ、彼かれに差さし出だした。

福山ふくやま俊樹としきの取材しゅざいノートに中野なかの玲子れいこの電話でんわ番号ばんごうが書かいてあった。だから彼かれはその番号ばんごうに電話でんわしてみた。電話でんわに出でた人ひとも中野なかのと名乗なのったが、玲子れいこはいまほかの番号ばんごうになっていますと言いい、その番号ばんごうを教おしえてくれた。かけなおすと玲子れいこが電話でんわに出でた。名前なまえと職業しょくぎょうと明あきらかにしたのち、後藤ごとう美代子みよこについて話はなしを聞きかせてもらえないかと日比谷ひびやは頼たのんだ。玲子れいこは承諾しょうだくしてくれた。会あう日ひと時間じかんは玲子れいこが指示しじした。場所ばしょはどちらでもと言いう玲子れいこに、この喫茶きっさ店てんを彼かれが提案ていあんした。店みせの名なと場所ばしょを彼女かのじょは知しっていた。

「駅えきの北口きたぐちを出でてすぐのベーカリーの二に階かいで、よくお昼ひるのサンドイッチを食たべます」

日比谷ひびやが言いい、玲子れいこは笑顔えがおになった。

「私わたくしもときどき」

笑顔えがおでそう答こたえる彼女かのじょの、かたちのいい唇くちびるの動うごきに彼かれは注目ちゅうもくした。唇くちびるの動うごきに独特どくとくな表現ひょうげん力りょくがある、と彼かれは判断はんだんした。鍛きたえられた接客せっきゃく業ぎょうの人ひとという印象いんしょうを、劇団げきだんの女優じょゆうという印象いんしょうへと、彼かれは修正しゅうせいした。彼かれのエスプレッソがテーブルに届とどいた。

要件ようけんを簡単かんたんに繰くり返かえしたあと、

「本ほんに書かくのではないのです。いまはまだ、そこまで考かんがえてはいません。自分じぶんで取材しゅざいをしてみたいのです。美代子みよこさんのご両親りょうしんにお目めにかかる前まえに、中野なかのさんにはお会あいしておきたかったのです」

脚あしを組くみ、膝ひざの上うえに両手りょうてを重かさねて、中野なかの玲子れいこは彼かれの説明せつめいを受うけとめた。

「後藤ごとう美代子みよこさんとおなじ高校こうこうを卒業そつぎょうなさって、十じゅう二に年ねんになりますね」

日比谷ひびやが訊きいた。

「そうです」

「中野なかのさんは、お仕事しごとをされているのですか」

五ご年ねん前まえの福山ふくやま俊樹としきの取材しゅざいノートには、「高校こうこうから銀行ぎんこうへ。一いち年ねんで辞やめていまは無職むしょく?」と、書かいてあった。

「しております」

麗子れいこは答こたえて脚あしを組くみ換かえた。

「一種いっしゅのサーヴィス業ぎょうです。あるいは、接客せっきゃく業ぎょうのヴァリエーションかしら」

彼女かのじょのそういう言いいかたに、彼かれは彼女かのじょの性格せいかくの反映はんえいを見みた。

「モデルです。裸はだかの。ヌード・モデルです」

「こうしてお姿すがたを拝見はいけんしていますと、お仕事しごとの選択せんたくには納得なっとくがいきます」

と、日比谷ひびやは言いってみた。中野なかの玲子れいこは面白おもしろそうに笑わらった。笑わらいかたにも彼女かのじょの性格せいかくの奥行おくゆきが出でている、と彼かれは思おもった。そしてその奥行おくゆきに彼かれは期待きたいした。

「キャリアは長ながいのですか」

彼かれは訊きいてみた。

「高校こうこうを出でて銀行ぎんこうに勤つとめました。三さん年ねんは仕事しごとをしてみようと思おもったのですが、最さい末端まったんですから三さん年ねんは必要ひつようないと思おもいなおして、一いち年ねんで辞やめました。モデル住宅じゅうたくの案内あんないとセールスのような仕事しごとを一いち年ねんしまして、そのあと高校こうこうの先輩せんぱいの女性じょせいの事務じむ所しょに勤つとめることになりました。いまでも基本きほん的てきにはそうなのです。先輩せんぱいは私わたくしより十じゅう歳さい年上としうえの、高名こうみょうな写真しゃしん家かです。そのかたの事務じむ所しょです。撮影さつえいの助手じょしゅやモデル、あるいは雑用ざつよう、そして自分じぶんでも写真しゃしんを撮とります」

「楽たのしそうですね」

「女性じょせい下着したぎの通信つうしん販売はんばいに使つかうカタログのモデル撮影さつえいを、先輩せんぱいが個人こじん的てきな人脈じんみゃくのなかで頼たのまれたのです。モデルになってと言いわれてモデルをつとめたのが、二十にじゅう三さん歳さいのときです。いまでもそのカタログの仕事しごとは定期ていき的てきに続つづいています。ヌード・モデルの経験けいけんはそれ以来いらいで、七なな年ねんになります」

「ヌード・モデルは仕事しごととして成立せいりつするのですか」

個人こじん的てきな興味きょうみから、彼かれは訊きいてみた。

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