← Library‹ 道順は彼女に訊く 第六章 父親の見識

後藤ごとう幸吉こうきちへの手紙てがみを彼かれの自宅じたく宛あてに、日比谷ひびや昭彦あきひこは一いち週間しゅうかん前まえに投函とうかんした。簡単かんたんに自己じこ紹介しょうかいした上うえで、五ご年ねん前まえに週刊しゅうかん誌しに掲載けいさいされた二にページの記事きじを引ひっ越こしをきっかけにして五ご年ねんぶりに読よみ返かえし、ノンフィクションの書かき手てとして後藤ごとう美代子みよこの失踪しっそうに興味きょうみを持もっていることを、日比谷ひびやは手短てみじかに述のべた。

一いち冊さつの本ほんにまとまるかどうかはまったく未知みち数すうだが、取材しゅざいだけはしてみたいのでその許可きょかをいただけるかどうか、近ちかいうちにお目めにかかった上うえでお話はなしをお伺うかがいしたい、と日比谷ひびやは書かいた。この手紙てがみをお読よみいただけた頃ころこちらから電話でんわをします、と彼かれはかたどおりに結むすんだ。

その手紙てがみを投函とうかんしてから今日きょうがちょうど一いち週間しゅうかんめだった。後藤ごとう幸吉こうきちが勤務きんむしている新聞しんぶん社しゃのすぐ近ちかくに、午後ごご二に時じ過すぎのいま、日比谷ひびや昭彦あきひこは仕事しごとに来きていた。その仕事しごとはすでに終おわった。歩道ほどうをいくと電話でんわブースがあった。日比谷ひびやは後藤ごとう幸吉こうきちの勤務きんむする新聞しんぶん社しゃに電話でんわをかけた。大だい代表だいひょうにかけると交換こうかん手しゅが出でた。

「五ご年ねん前まえに文化ぶんか事業じぎょう部ぶにいらした後藤ごとう幸吉こうきちさんは、いまでもそちらでしょうか」

という日比谷ひびやの質問しつもんに、交換こうかん台だいの女性じょせいは一いち泊はくの間あいだも置おくことなく、次つぎのように答こたえた。

「おなじ部署ぶしょに在籍ざいせきしております。おつなぎいたしましょうか」

「お願ねがいします」

名なを聞きかれた日比谷ひびやは、ノンフィクション・ライターの日比谷ひびや、と答こたえた。電話でんわはすぐにつながった。中年ちゅうねんの男性だんせいの声こえが、

「はい、後藤ごとうです」

と言いった。

「先日せんじつ、ご自宅じたくに手紙てがみを差さし上あげました、日比谷ひびや昭彦あきひこと言いいます」

「日比谷ひびやさん。お手紙てがみは読よみました」

「仕事しごとの場所ばしょへ電話でんわをしまして、申もうし訳わけありません」

「ご遠慮えんりょなく」

「他たの用ようでたまたますぐ近ちかくまで来きていまして、お会あいできるかもしれないと思おもい、電話でんわをしてみました」

「会あいましょう。いらっしゃる場所ばしょは、どこですか」

日比谷ひびやは場所ばしょを後藤ごとうに伝つたえた。

「それはほんとにすぐ近ちかくだ。そのままそちら側がわを交差こうさ点てんに向むけて歩あるいていただいて、陸橋りっきょうを渡わたると目めの前まえにある建物たてものです」

「うかがってよろしいでしょうか」

「お目めにかかりましょう。受付うけつけで私わたくしの名なを言いってください。とおしておきます」

電話でんわはそこで終おわった。ブースを出でて日比谷ひびやは交差こうさ点てんへ歩あるき、陸橋りっきょうを渡わたった。

建物たてものの正面しょうめんの入いり口ぐちからホールに入はいった。がらんとしたスペースのなぜか中央ちゅうおうに、仮かりに設置せっちしたもののように受付うけつけのカウンターがあった。制服せいふくの警備けいび員いんが三さん人にん、あちこちに立たっていた。受付うけつけの女性じょせいに名なを告つげ、面会めんかい記録きろくという小ちいさな紙かみに名前なまえと住所じゅうしょを書かき、胸むねにクリップで止とめるプラスティックの札さつをもらった。

「エレヴェーターを七しち階かいでお降ふりくださいませ。後藤ごとうがお待まち申もうし上あげております」

背後はいごのエレヴェーターの列れつを片手かたてで示しめしながら、受付うけつけの女性じょせいは抑揚よくようをつけてそう言いった。この新聞しんぶん社しゃへ日比谷ひびやは仕事しごとで何なん度ど来きたかわからない。エレヴェーターを七しち階かいで降おりろという指示しじは、常つねにおなじだった。一般いっぱん的てきな来訪らいほう者しゃのための応接おうせつ室しつが七なな階かいにあるからだろう、と日比谷ひびやは思おもっていた。エレヴェーターに乗のり、彼かれは七なな階かいで降おりた。中年ちゅうねんの男性だんせいがひとり、エレヴェーター・ホールに立たっていた。エレヴェーターを出でた日比谷ひびやに歩あゆみ寄より、

「後藤ごとうです」

と、その男性だんせいは言いった。

ふたりは挨拶あいさつを交かわした。後藤ごとうは日比谷ひびやを廊下ろうかの奥おくへ導みちびき、いくつもならんでいる応接おうせつ室しつのひとつへ自分じぶんから先さきに入はいった。小ちいさな応接おうせつ室しつだった。丸まるいテーブルをあいだにはさみ、ふたりは椅子いすをうしろにして立たった。後藤ごとうが名刺めいしを出だし、日比谷ひびやは自分じぶんの名刺めいしと交換こうかんにそれを受うけ取とった。後藤ごとうの肩書かたがきは五ご年ねん前まえとおなじ副ふく部長ぶちょうだった。ふたりは椅子いすにすわった。

「絵えの展覧てんらん会かいの主催しゅさいとか後援こうえんとか、そういうことをやる部署ぶしょです。いくつかのセクションに分わかれていて、セクションごとに横よこならびに何なん人にんも、副ふく部長ぶちょうというのがいるんです」

気きどりも構かまえもない口調くちょうで、後藤ごとうはそう言いった。

「私わたくしの来意らいいは先日せんじつの手紙てがみに書かいたとおりです」

と、日比谷ひびやは事務じむ的てきに言いってみた。後藤ごとうはうなずいた。

「取材しゅざいの許可きょかはいただけますか」

意図いとしてもっとも端的たんてきに、日比谷ひびやはそう言いった。返かえって来きたのは、

「いいですよ」

という言葉ことばだった。そしてその言葉ことばに、

「許可きょかには協力きょうりょくも含ふくまれますね」

と、後藤ごとう幸吉こうきちはつけ加くわえた。

「そう願ねがえれば」

「いいですよ。協力きょうりょくします」

態度たいど、つまりものの考かんがえかたのはっきりした男おとこだ、と日比谷ひびやはひとまず判断はんだんした。

「五ご年ねん前まえのあの週刊しゅうかん誌しの記事きじを取材しゅざいして書かいた福山ふくやまという人ひとに、私わたくしは先日せんじつ会あいました。後藤ごとうさんには会あうなり怒鳴どなりつけられた、と彼かれは言いってました」

後藤ごとうは深ふかくうなずいた。中年ちゅうねん男性だんせいの正直しょうじきな苦笑くしょうを浮うかべ、

「充分じゅうぶんに後悔こうかいしています」

と、彼かれは言いった。

「なにしろあのときは時期じきが悪わるかった。いなくなって三さんか月げつ後ごで、いっさいなんの手てがかりもないときてるから、あらゆることに腹はらが立たちましてね。週刊しゅうかん誌しがなにしに来くるのか、という態度たいどで待まちかまえていて、確たしかに私わたくしは怒鳴どなりました」

「なにひとつ取材しゅざい出来できなかった、と福山ふくやまは言いっていました」

「そのとおりです」

「私わたくしには、なぜ許可きょかしていただけるのですか」

日比谷ひびや昭彦あきひこの言葉ことばに、後藤ごとう幸吉こうきちは視線しせんをテーブルの縁えんに伏ふせた。そしてさらにフロアへ視線しせんを落おとし、そのままの姿勢しせいで、

「五ご年ねんという歳月さいげつですよ」

と、やや重おもく言いった。五ご年ねんという時間じかんに歳月さいげつという言葉ことばを合あわせるから口調くちょうは重おもくなる、と思おもいながら日比谷ひびやは後藤ごとうのその言葉ことばを受うけとめた。後藤ごとうは顔かおを上あげて日比谷ひびやを見みた。そして次つぎのように言いった。

「結論けつろんから言いいますとね、私わたくしたちはもはやすべて諦あきらめてるわけです」

「はあ」

「娘むすめに関かんしては、いまだになんの手てがかりもないのです。かき消きえて、それっきりです。初はじめのうちはとにかく心配しんぱいでね。どこでどうしてるのかと思おもうと、眠ねむれませんでした。その時期じきが終おわると、今度こんどは腹はらが立たってきまして。誰だれかに力ちからずくで連つれ去さられたのなら、なんというドジな娘むすめなのか、という腹立はらだちです。もし自分じぶんの意志いしで消きえたのなら、そのことについてひと言ことくらいあってもいいだろう、という腹立はらだちがその次つぎに来きました」

「わかります」

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