← Library‹ 道順は彼女に訊く 第八章 上司や同僚たちが語る

後藤ごとう美代子みよこが勤務きんむしていた新聞しんぶん社しゃの、調査ちょうさ部ぶの直属ちょくぞくの上司じょうしは、当時とうじとおなじ村田むらたという人ひとだった。私わたくしが連絡れんらくをして話はなしをとおしておくと後藤ごとう幸吉こうきちは言いい、そのとおりにしてもらい、日比谷ひびや昭彦あきひこは村田むらたに会あった。夕方ゆうがた、その新聞しんぶん社しゃを訪たずね、受付うけつけでの手続てつづきをクリアしたのち、指定していされた階きざはしのロビーで待まっていると村田むらたがあらわれた。少しょう人数にんずう用ようの応接おうせつ室しつに案内あんないされ、そこで名刺めいしを交換こうかんし、ふたりは差さし向むかいにすわった。いきさつを日比谷ひびやは簡単かんたんに説明せつめいした。

村田むらたは四十よんじゅう代だい後半こうはんの、ごく普通ふつうの体型たいけいの、人当ひとあたりの柔やわらかな男おとこだった。人ひとと話はなしをするときには、眼鏡めがねを中心ちゅうしんにして常つねに笑顔えがおになっているような印象いんしょうがあった。会社かいしゃという組織そしきのなかで、自分じぶんの仕事しごととして生うまれて来くる職務しょくむを遂行すいこうすることに、無常むじょうの喜よろこびを感かんじている人ひとという印象いんしょうを、日比谷ひびやはその笑顔えがおに重かさねた。

質問しつもんに対たいする答こたえは丁寧ていねいで的確てきかくだが、言葉ことばの遣つかいかたは明あきらかに饒舌じょうぜつの一種いっしゅだ、と日比谷ひびやは思おもった。規模きぼの大おおきい会社かいしゃ組織そしきを取材しゅざいすると、かならずこのような人ひとに会あうことになる。日比谷ひびやのこれまでの体験たいけんでは、たとえば技術ぎじゅつ部ぶに付随ふずいする補助ほじょ的てきな事務じむ職しょくの場ばなどに、村田むらたのような人ひとがかならずいた。日比谷ひびやの質問しつもんに対たいして、すべての答こたえを村田むらたは用意よういしていた。ワード・プロセサーで打うったB5サイズの紙かみを見みながら、村田むらたは日比谷ひびやの質問しつもんに答こたえた。

「当日とうじつの後藤ごとう美代子みよこさんは、午前ごぜん九きゅう時じに出社しゅっしゃして午後ごご五ご時じに退社たいしゃされています。タイムカードが保管ほかんされていまして、この場合ばあいは日付ひづけが特定とくていできますから、捜さがし出だすのは比較ひかく的てき簡単かんたんでした。もちろん、私わたくしが勝手かってに捜さがすわけにはいきませんが、人事じんじ上じょうの書類しょるいを管理かんりしている部署ぶしょに、可能かのうなかぎり範囲はんいを細こまかく特定とくていした上うえで、アクセスのリクエストを出だします。五ご月がつは当日とうじつまで一いち週間しゅうかんないですから、参考さんこうまでにその前まえの月つきである四よん月がつの勤務きんむ状況じょうきょうをひと月がつ分ぶん、リクエストしておきました。ここにコピーがございますので、差さし上あげます。少すくなくともこの範囲はんい内ないでは、後藤ごとうさんの勤務きんむ状況じょうきょうはまったく普通ふつうです。欠勤けっきんも遅刻ちこくも早退そうたいもありません」

向むきを変かえて差さし出だされたコピーを、日比谷ひびやは見みた。日付ひづけと出勤しゅっきん時刻じこく、そして退社たいしゃ時刻じこくの数字すうじが、縦たてにびっしりとならんでいた。村田むらたが説明せつめいした。

「後藤ごとうさんには夜勤やきんはありませんでした。職務しょくむのなかに夜勤やきんは含ふくまれていない、ということです。正式せいしきにフレックス・タイムというわけではないのですが、時差じさ出退勤しゅつたいきんと言いいますか、午前ごぜん九きゅう時じの出勤しゅっきんなら午後ごご五ご時じの退社たいしゃ、そして午前ごぜん十じゅう時じの出勤しゅっきんなら午後ごご六ろく時じの退社たいしゃ、という二に重じゅうのシステムを調査ちょうさ部ぶでは採用さいようしています」

村田むらたはいったんそこで言葉ことばを切きった。眼鏡めがねに指先ゆびさきを触ふれ、レンズ越ごしに日比谷ひびやの反応はんのうをとらえなおし、笑顔えがおのまま次つぎのように続つづけた。

「出社しゅっしゃのときも退社たいしゃのときも、中間ちゅうかんの時間じかんはなしです。九きゅう時じなら九きゅう時じ、十じゅう時じなら十じゅう時じということです。出勤しゅっきん時刻じこくが中間ちゅうかんに向むけてずれていきますと、遅刻ちこくとおなじルールで裁定さいていされます。退社たいしゃについてもおなじです。堅苦かたくるしくて細こまかいようですが、細こまかく規定きていしておきませんと、会社かいしゃ組織そしきというものはそこから崩くずれていきますから」

村田むらたの楽たのしそうな笑顔えがおを見みながら、日比谷ひびやは彼かれの説明せつめいを受うけとめた。村田むらたは後藤ごとう美代子みよこの出退勤しゅつたいきん状況じょうきょうをあらわす数字すうじを眺ながめた。

「九きゅう時じないしは十じゅう時じの出勤しゅっきんで、それに合あわせた退社たいしゃです。会社かいしゃとしては、なんら文句もんくのない勤務きんむ状況じょうきょうです」

「行方ゆくえ不明ふめいになった当日とうじつは、九きゅう時じの出勤しゅっきんですね」

「はい」

「なにか理由りゆうがあるのでしょうか?」

「と言いいますと?」

村田むらたは問とい返かえした。

「ここにある数字すうじを見みるかぎりでは、後藤ごとうさんが九きゅう時じに出社しゅっしゃするのと十じゅう時じに出社しゅっしゃするのとには、ランダムで法則ほうそく性せいはないと思おもうのです」

「おっしゃるとおりだと私わたくしも思おもいます」

「九きゅう時じに出でて来くるときと十じゅう時じのときとでは、意味いみの違ちがいがあるのでしょうか」

「社内しゃない的てきにですか」

「たとえば、社内しゃない的てきに」

「ないと断言だんげんしていいと思おもいます。調査ちょうさ部ぶの通常つうじょうの状況じょうきょうでは、いつも十じゅう時じに出勤しゅっきんしている人ひとが、ある日ひだけは九きゅう時じに来こなければならないという事情じじょうが発生はっせいすることは、まずないからです」

「個人こじん的てきには九きゅう時じと十じゅう時じを、後藤ごとうさんはどのように使つかい分わけていたのでしょうか」

「それについては、なんとも申もうし上あげられませんですね。こうして数字すうじを見みていきますと、一律いちりつに十じゅう時じ出勤しゅっきんというわけではないですから、そのときどきの、なんらかの個人こじん的てきな理由りゆうで、使つかい分わけていたと推定すいていされます。あくまでも推定すいていですけれど、九きゅう時じに出でるということは五ご時じに帰かえることですから、たとえばコンサートへ行いくので今日きょうは五ご時じに出でたい、というような理由りゆうですね」

「使つかい分わけに関かんして、後藤ごとうさんと話はなしをされたことはありますか」

「ありません。中間ちゅうかんでなければどちらでもいいのですから。当日とうじつは午後ごご五ご時じ二に分ふんにタイムカードが押おされていますけれど、私わたくし自身じしんの体験たいけんから言いいますと、この時刻じこくに社しゃを出でたとは言いいきれないと思おもうのです。タイムカードは押おしたものの、用事ようじを思おもい出だして職場しょくばへ戻もどり、小こ一いち時間じかんほどそこにとどまるということは、けっしてなくはないですから。当日とうじつの後藤ごとうさんについても、おなじことが言いえると思おもいます。理屈りくつになりますけれど」

「勤務きんむの内容ないようといいますか、質しつに関かんしては、いかがですか」

日比谷ひびやの質問しつもんに村田むらたは次つぎのとおりよどみなく答こたえた。

「能力のうりょくの評価ひょうかについて報告ほうこく書しょを書かくのは、私わたくしの職務しょくむの一いち部分ぶぶんなのです。後藤ごとう美代子みよこさんの仕事しごとぶりは、求もとめられている範囲はんい内ないで、最高さいこうの内容ないようでした。調査ちょうさ部ぶに在籍ざいせきして仕事しごとをしたのは三さん年ねんとちょっとでした。その間かん、私わたくしは報告ほうこく書しょを三さん度ど書かきました。全員ぜんいんに関かんして、報告ほうこく書しょは一いち年ねんに一いち度どです。三さん度どとも、後藤ごとうさんは最さい優秀ゆうしゅうという評価ひょうかでした」

「そんなに優秀ゆうしゅうなかたでしたか」

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