後藤美代子が勤務していた新聞社の、調査部の直属の上司は、当時とおなじ村田という人だった。私が連絡をして話をとおしておくと後藤幸吉は言い、そのとおりにしてもらい、日比谷昭彦は村田に会った。夕方、その新聞社を訪ね、受付での手続きをクリアしたのち、指定された階のロビーで待っていると村田があらわれた。少人数用の応接室に案内され、そこで名刺を交換し、ふたりは差し向かいにすわった。いきさつを日比谷は簡単に説明した。
村田は四十代後半の、ごく普通の体型の、人当たりの柔らかな男だった。人と話をするときには、眼鏡を中心にして常に笑顔になっているような印象があった。会社という組織のなかで、自分の仕事として生まれて来る職務を遂行することに、無常の喜びを感じている人という印象を、日比谷はその笑顔に重ねた。
質問に対する答えは丁寧で的確だが、言葉の遣いかたは明らかに饒舌の一種だ、と日比谷は思った。規模の大きい会社組織を取材すると、かならずこのような人に会うことになる。日比谷のこれまでの体験では、たとえば技術部に付随する補助的な事務職の場などに、村田のような人がかならずいた。日比谷の質問に対して、すべての答えを村田は用意していた。ワード・プロセサーで打ったB5サイズの紙を見ながら、村田は日比谷の質問に答えた。
「当日の後藤美代子さんは、午前九時に出社して午後五時に退社されています。タイムカードが保管されていまして、この場合は日付が特定できますから、捜し出すのは比較的簡単でした。もちろん、私が勝手に捜すわけにはいきませんが、人事上の書類を管理している部署に、可能なかぎり範囲を細かく特定した上で、アクセスのリクエストを出します。五月は当日まで一週間ないですから、参考までにその前の月である四月の勤務状況をひと月分、リクエストしておきました。ここにコピーがございますので、差し上げます。少なくともこの範囲内では、後藤さんの勤務状況はまったく普通です。欠勤も遅刻も早退もありません」
向きを変えて差し出されたコピーを、日比谷は見た。日付と出勤時刻、そして退社時刻の数字が、縦にびっしりとならんでいた。村田が説明した。
「後藤さんには夜勤はありませんでした。職務のなかに夜勤は含まれていない、ということです。正式にフレックス・タイムというわけではないのですが、時差出退勤と言いますか、午前九時の出勤なら午後五時の退社、そして午前十時の出勤なら午後六時の退社、という二重のシステムを調査部では採用しています」
村田はいったんそこで言葉を切った。眼鏡に指先を触れ、レンズ越しに日比谷の反応をとらえなおし、笑顔のまま次のように続けた。
「出社のときも退社のときも、中間の時間はなしです。九時なら九時、十時なら十時ということです。出勤時刻が中間に向けてずれていきますと、遅刻とおなじルールで裁定されます。退社についてもおなじです。堅苦しくて細かいようですが、細かく規定しておきませんと、会社組織というものはそこから崩れていきますから」
村田の楽しそうな笑顔を見ながら、日比谷は彼の説明を受けとめた。村田は後藤美代子の出退勤状況をあらわす数字を眺めた。
「九時ないしは十時の出勤で、それに合わせた退社です。会社としては、なんら文句のない勤務状況です」
「行方不明になった当日は、九時の出勤ですね」
「はい」
「なにか理由があるのでしょうか?」
「と言いますと?」
村田は問い返した。
「ここにある数字を見るかぎりでは、後藤さんが九時に出社するのと十時に出社するのとには、ランダムで法則性はないと思うのです」
「おっしゃるとおりだと私も思います」
「九時に出て来るときと十時のときとでは、意味の違いがあるのでしょうか」
「社内的にですか」
「たとえば、社内的に」
「ないと断言していいと思います。調査部の通常の状況では、いつも十時に出勤している人が、ある日だけは九時に来なければならないという事情が発生することは、まずないからです」
「個人的には九時と十時を、後藤さんはどのように使い分けていたのでしょうか」
「それについては、なんとも申し上げられませんですね。こうして数字を見ていきますと、一律に十時出勤というわけではないですから、そのときどきの、なんらかの個人的な理由で、使い分けていたと推定されます。あくまでも推定ですけれど、九時に出るということは五時に帰ることですから、たとえばコンサートへ行くので今日は五時に出たい、というような理由ですね」
「使い分けに関して、後藤さんと話をされたことはありますか」
「ありません。中間でなければどちらでもいいのですから。当日は午後五時二分にタイムカードが押されていますけれど、私自身の体験から言いますと、この時刻に社を出たとは言いきれないと思うのです。タイムカードは押したものの、用事を思い出して職場へ戻り、小一時間ほどそこにとどまるということは、けっしてなくはないですから。当日の後藤さんについても、おなじことが言えると思います。理屈になりますけれど」
「勤務の内容といいますか、質に関しては、いかがですか」
日比谷の質問に村田は次のとおりよどみなく答えた。
「能力の評価について報告書を書くのは、私の職務の一部分なのです。後藤美代子さんの仕事ぶりは、求められている範囲内で、最高の内容でした。調査部に在籍して仕事をしたのは三年とちょっとでした。その間、私は報告書を三度書きました。全員に関して、報告書は一年に一度です。三度とも、後藤さんは最優秀という評価でした」
「そんなに優秀なかたでしたか」