← Library‹ 東京青年 名前は仮にスーザン 8

十じゅう月がつから数かぞえて次つぎの年としの三さん月がつまでに、六ろくか月げつが経過けいかしていった。ヨシオは高校こうこうを卒業そつぎょうし、ある私立しりつ大学だいがくの入試にゅうし試験しけんに合格ごうかくした。せっかくだから、というだけの理由りゆうで、彼かれはひとまず日本にっぽんで大学だいがく生せいをしてみることになった。高木たかぎ節子せつこは基地きちのなかの学校がっこうへ一いち日にちも休やすむことなく通かよい、六ろく月がつの終おわりには高校こうこう卒業そつぎょう資格しかく試験しけんに合格ごうかくした。アメリカの高等こうとう学校がっこうを卒業そつぎょうしたのとおなじ資格しかくが、二十にじゅう四よん歳さいの彼女かのじょのものとなった。

「二十にじゅう代だいの人ひとが私わたくしのほかに五ご人にんいたの。三十さんじゅう代だいの人ひとだって、ふたりいたのよ」

と、彼女かのじょはヨシオに報告ほうこくした。

ハワイやアメリカへいってみたいという願ねがいは、節子せつこにとってはいまのところ夢ゆめ以外いがいのなにものでもなかった。しかし、すっかり相談そうだん相手あいてとなっているジョイスリンや、駐留ちゅうりゅうアメリカ軍ぐんの一員いちいんとして日本にっぽんで仕事しごとをしている彼女かのじょの夫おっとにとっては、ただの平凡へいぼんな現実げんじつだった。ハワイへ移うつってそこで仕事しごとをしてみるのもいいのではないか、と彼かれらは勝手かってにきめ、話はなしを進すすめてしまった。

ホノルルに何なん人にんもいる親したしい友人ゆうじんや知人ちじん、あるいは親戚しんせきの人ひとたちと連絡れんらくを取とり合あううちに、美容びよう院いんのチェーン店てんを経営けいえいして成功せいこうしている人ひとが、日本にっぽん女性じょせいならぜひうちの店みせに欲ほしい、と申もうし出でた。節子せつこの身元みもと引受ひきうけ人にんになることを、その人ひとはふたつ返事へんじで承諾しょうだくしてくれた。オフィシャルな手続てつづきを併あわせて進行しんこうさせていき、それがある程度ていどまで進すすむと、およそこのあたりに日本にっぽんを発たつというかたちで、渡航とこうの日ひをきめなくてはいけないところまで到達とうたつした。

相談そうだんを受うけたヨシオは、

「いきたければ、いけばいいのです」

と答こたえた。

「それだけ?」

「いまは、それだけです」

「あなたは下北沢しもきたざわにいるの?」

「僕ぼくもいくかもしれません」

「あなたは初はじめてではなくても、私わたくしは初はじめてなのよ」

「美容びよう院いんの仕事しごとなら、すぐに慣なれるでしょう。仕事しごとをしながら大学だいがくへもいけます」

「いまでなければ出来できないことをしなさい、とお店みせの店主てんしゅは言いってくれてるの」

「いくことに賛成さんせいなのですね」

「そう」

「僕ぼくも賛成さんせいです」

「ジョイスリンさんのご主人しゅじんが、私わたくしの名前なまえをきめてくださったの。節子せつこの頭あたま文字もじのSを取とって、スーザンはどうかとおっしゃるのよ。はい、結構けっこうです、と答こたえて私わたくしは顔かおがまっ赤かになったわ」

「なぜですか」

「スーザン・ヘイワードのスーザンなのよ。この私わたくしが、スーザン・ヘイワードとおなじ名前なまえになるのよ」

節子せつこの渡航とこうの手続てつづきは進行しんこうしていき、あるときすべて完了かんりょうした。そしてそのときには、彼女かのじょが日本にっぽんを離はなれる日ひがきまっていた。その日ひに向むけて、節子せつこは多忙たぼうだった。その多忙たぼうさは、最終さいしゅう的てきには彼女かのじょの個人こじん的てきな身辺しんぺんのことへと、収斂しゅうれんされていった。アパートメントの部屋へやはヨシオが引ひき継ついで使つかうことになった。

「それはうれしい」

と、節子せつこは喜よろこんだ。

「この部屋へや宛あてに、私わたくしは手紙てがみを書かくことが出来できるのね。写真しゃしんも送おくるわ。返事へんじを書かいてね。写真しゃしんも送おくって」

「僕ぼくはここでひとり暮ぐらしをします」

「それはいいことよ。それにここは、私わたくしの故郷こきょう。帰かえって来くるところよ。いつになるか、わからないけれど。あの場所ばしょとあの部屋へやが、いまもあそこにあるのだと思おもえると、心強こころづよいわ」

節子せつこにやがて送おくる写真しゃしんは島村しまむらに撮とってもらおう、とヨシオは思おもった。彼かれは島村しまむらに節子せつこを紹介しょうかいした。昨年さくねんの九きゅう月がつの終おわり、節子せつこの休やすみの日ひに、三さん人にんは多摩たま川かわへいった。島村しまむらは節子せつこを写真しゃしんに撮とった。出来できたのをヨシオは見みた。女優じょゆうの休日きゅうじつ、というタイトルのスナップ集しゅうのようだ、と彼かれは島村しまむらの写真しゃしんを評ひょうした。節子せつこのパスポートに使つかう写真しゃしんも島村しまむらが撮とった。

ハワイへ持もっていく荷物にもつ、部屋へやに残のこしていくもの、そして静岡しずおかの実家じっかへ送おくるものと、仕分しわけしなければいけない段階だんかいがすぐに来きた。ヨシオが少すこしだけ手伝てつだった。

「家具かぐはみんな置おいていくわ。ソファも、ベッドも」

「僕ぼくが使つかいます」

「ほんとに安心あんしんだわ。ほっとしたわ。ここをこのままにしておけるのは、とても安心あんしんなのよ」

「静岡しずおかへ送おくるものは、ひとまとめにしておいてください。僕ぼくが箱はこに入いれて送おくります」

「そんなことまで頼たのんでいいの?」

「いいですよ」

「レコードも置おいていくわ。プレーヤーも」

「僕ぼくが聴ききます」

「あの子こは私わたくしが引ひき受うけるわよ、とお店みせの主人しゅじんの杉山すぎやま美代子みよこさんが言いってるの。あの子ことは、あなたのことよ。引ひき受うけるって、なにかしら。杉山すぎやまさんは三十さんじゅう八はち歳さいよ。年上としうえの人ひとが好すきなあなたでも、二十にじゅう歳さいも年上としうえだと、年上としうえ過すぎるでしょう?」

節子せつこの言葉ことばにヨシオは笑わらった。冗談じょうだんとして彼かれは受うけとめたのだが、節子せつこは真剣しんけんだった。だから彼女かのじょは、

「年上としうえ過すぎるでしょう? ねえ、年上としうえ過すぎるでしょう?」

と、彼かれの同意どういを求もとめた。

出発しゅっぱつの日ひが来きた。あとひとしきり雨あめが降ふれば今年ことしの梅雨つゆも明あけるのだという、最後さいごの梅雨つゆの晴はれ間まの、きれいに洗あらい上あげたような晴天せいてんの日ひの午前ごぜん中ちゅう、ヨシオの父親ちちおやのデソートで、四よん人にんは羽田はた空港くうこうへ向むかった。節子せつこ、ヨシオ、そしてヨシオの父親ちちおやと母親ははおやの四よん人にんだ。節子せつこの荷物にもつの大だい部分ぶぶんはすでに送おくってあった。静岡しずおかへ帰かえったときに持もっていた小しょう旅行りょこう用ようのケースにバッグ、そしてジャケットだけを、節子せつこは持もっていた。ヨシオと節子せつこがデソートのうしろの席せきにすわった。走はしり始はじめてすぐに節子せつこはヨシオの手てを取とり、空港くうこうにつくまでその手てを離はなさずにいた。あの赤あかいイアリングが節子せつこの耳みみにあるのをヨシオは見みた。

空港くうこうに着つくと、建物たてものの外そとでハリー中村なかむらとその妻つまが、待まっていた。ハリーはヨシオの父親ちちおやの幼おさない頃ころからの親友しんゆうだ。節子せつこが住すんでいたアパートメントは、彼かれが所有しょゆうして経営けいえいしているもののひとつだ。階段かいだんを上あがってなかに入はいると、横よこに長ながいスペースに航空こうくう会社かいしゃのカウンターが並ならんでいた。節子せつこの両親りょうしん、そして妹いもうとが、そこにいた。パン・アメリカン航空こうくうのカウンターで節子せつこがチェック・インしているところへ、美容びよう院いん店主てんしゅの杉山すぎやま美代子みよこが主任しゅにんの女性じょせいとともにあらわれた。一行いっこうはそれだけで十じゅう人にんを超こえた。カウンターのまんなかに階段かいだんがあった。彼かれらはその階段かいだんを上あがっていった。

ロビーのソファにすわって、搭乗とうじょうの時間じかんが来くるのを待まった。ジョイスリン・カネシゲとその夫おっとが来きた。紹介しょうかいし合あって、全員ぜんいんがその場ばで知しり合あいとなった。ソファにすわりなおした節子せつこは、

「ハワイまで飛行ひこう機きに乗のったことがあるの?」

と、ヨシオに聞きいた。

「あります」

「なにか忠告ちゅうこくして」

Click a word · hold for the whole sentence 0%