← Library‹ 彼のオートバイ、彼女の島 10

笹岡ささおかから、美代子みよこの待まつ島しまへ、第だい五ご喜久よしひさ丸まるというフェリーが、むかっている。ぼくは、カワサキといっしょに、そのフェリーに乗のっている。

快晴かいせいだ。

うれしい。陽ひが強つよい。とても暑あつい。陽ひのなかに、上じょう半身はんしんは裸はだかで、ぼくは立たちつくした。海うみや空そらをながめた。

頭上ずじょうの空そらは、まっ青さおだ。周辺しゅうへんにいくにしたがい、なぜだか白しろっぽく、ぼやけている。

照てりつける陽ひが、ぼくの肌はだを焼やく。気持きもちいい。どんどん陽焼ひやけするがいい。太陽たいようで自分じぶんの肌はだに写うつしとる記念きねん写真しゃしんだ。

汗あせが流ながれ落おちる。気持きもちがいい。

東京とうきょうで体からだのなかに吸すいこんでためていたスモッグや排気はいきガスが、汗あせになって体からだの外そとに流ながされていくみたいだ。

海うみは、べたなぎだ。波なみが、ほとんどない。風かぜも、感かんじられない。フェリーのスピードはとてもゆっくりしている。エンジンの振動しんどうが、船体せんたいから両脚りょうあしに伝つたわってくる。

目めに映えいじるすべてのものが、明あかるくて強つよい陽光ようこうのなかにある。幸しあわせな気分きぶんだ。これ以上いじょうの幸しあわせはないのだと確信かくしんして、ぼくは、フェリーの行手ゆくての海うみを見みつめていた。

八はち月がつのはじめ。夏なつのまっさかりに入はいった瀬戸せとの海うみを、ぼくはいま小ちいさな島しまにむかっている。

結局けっきょく、八はち月がつのなかばに休やすみをとることは、できなかった。

輸送ゆそう員いんの先輩せんぱいたちが、お盆ぼんにあわせ、その前後ぜんごに休やすみをとる。年齢ねんれいで言いえばぼくは中堅ちゅうけん以上いじょうなのだが、それでも、年上としうえのしかもキャリアのながい、沢田さわだのような先輩せんぱいが何なん人にんかいて、彼かれらが休やすみの日ひをさきに決定けっていする。八はち月がつのはじめにしか、ぼくの休やすみはとれないことになった。

電話でんわをかけてくれた美代子みよこにそれを伝つたえると、それでは私わたくしもあなたに合あわせる、と言ゆう。べつにどうしても盆踊ぼんおどりに帰かえらなければいけないわけではないから。美代子みよこは、そう言いっていた。

何なん度どか電話でんわをかけたりかけてもらったりして、瀬戸せと内海ないかいいきの計画けいかくを立たてた。

一いち日にちさきに彼女かのじょが西宮にしのみやから島しまへ帰かえり、次つぎの日ひの午後ごご、ぼくがフェリーで笠岡かさおかから渡わたっていく。それを美代子みよこがむかえてくれる。そういう段取だんどりになった。

フェリーは、午後ごごの早はやい時間じかんだった。

笠岡かさおかの、国道こくどう2号ごう線せんからすぐの、小ちいさな港みなとからフェリーに乗のった。車くるまは一いち台だいもいず、大おおきなオートバイはぼくのカワサキだけ。ほかに、島しまの人ひとだろう、ホンダのベンリイのおじさんがいた。おばさんや女子じょし高こう生せい、それに、島しまへ泊とまりがけで海水かいすい浴よくにいく人ひとたちで、フェリーは、なんとなく満員まんいんの感かんじがあった。

白しろく塗ぬった、小ちいさなフェリーだ。

船体せんたいの中央ちゅうおうにブリッジがあり、そこに操舵室そうだしつが乗のっている。ブリッジの後方こうほうは、濃こいグリーンの天蓋てんがいでおおった駐車ちゅうしゃスペース。そして、そこから階段かいだんがあり、小ちいさな船室せんしつにあがっていける。駐車ちゅうしゃスペースには、車くるまがないかわりに、コークが満載まんさいしてあった。

真夏まなつの空そらの下したを、いろんな船ふねがいきかう。まっ白しろな診療しんりょう船せんとすれちがった。高速こうそく艇ていが抜ぬいていく。赤あかさびだらけの、廃船はいせんのようなタンカーが、意外いがいなスピードでフェリーの行手ゆくてを横切よこぎっていく。

漁船ぎょせんが、いくつも、沖おきに出でている。スピードボートが、海うみのうえをバウンドしながら、ふっ飛とんでいく。

潮しおの香かおりが、いい。陽ひの光ひかりと共ともに、できるだけたくさん、ぼくはそれを体からだのなかにとりこもうとした。

行手ぎょうてに、島しまがいくつもある。ひとつにつながって陸りくのように見みえる。

陽ひに焼やけた、ごま塩しお頭あたまの甲板かんぱん員いんが、ぼくがいこうとしている島しまはどれなのか教おしえてくれた。

ブリッジの、熱あつく焼やけた鉄板てっぱんにもたれて、ぼくは、その島しまを見みつめた。

オートバイで東京とうきょうからツーリングに出でると、目的もくてき地ちに近ちかづいてきたとき、かならず、期待きたいに胸むねがときめく。いまも、そんなときめきの時間じかんだ。

いつも以上いじょうに、胸むねが高鳴たかなる。夏なつのさかりだし、しかも海うみのうえで、熱あつい太陽たいようが、かっと照てっているからだ。それに、島しまでは、美代子みよこが待まってくれている。

アパートで写真しゃしんを見みても、あの信州しんしゅうの峠道とうげみちで出会であったときのことを思おもいおこしても、美代子みよこの顔かおや雰囲気ふんいきが、うまくよみがえってこない。

どんな女性じょせいだっただろう。

国道こくどう2号ごう線せんをカワサキで走はしりながら、ぼくはむしょうに美代子みよこに会あいたくなった。

彼女かのじょの島しまへ、いま、ぼくは、むかっている。これから四よん日間かかん、ぼくは彼女かのじょといっしょに、陽ひのなかですごす。

フェリーは、ゆっくりと島しまに近ちかづく。山やまが、濃こい緑色みどりいろだ。遠とおくからだと、それしか、わからない。

やがて、海うみに沿そって建たっている家いえなみが、はっきり見みえはじめた。黒くろいかわらの、古風こふうな四角しかくい家いえがならんでいる。黒くろいかわらに、陽ひが当あたっている。

海岸かいがんが見みえる。ベージュ色いろに輝かがやいている。人ひとが、思おもいのほかすくない。海うみの家いえの、赤あかや青あおのペイント。ビーチパラソルの、はなやかな色いろが、ひとつ、ふたつ。とても素朴そぼくな海岸かいがんのようだ。緑みどりの山やまが、海岸かいがんのすぐうしろまで、せまっている。夏なつの陽ひざしをいっぱいに浴あびつつ、時ときの流ながれからとりのこされたように、山やまと海岸かいがんと家いえなみが、海うみのむこうに、静しずかに、横よこたわっている。

フェリーは、向むきを変かえつつあった。

海岸かいがんからすこし沖合おきあいに出でたところに、岩いわをいくつも積つみあげたような岩山いわやまがある。その岩山いわやまにむかって進すすみ、さらに左ひだりへ、進路しんろを変かえていった。

海岸かいがんは、岩山いわやまのむこうに、見みえなくなった。

入いれちがいに、港みなとが目めに入はいった。防波堤ぼうはていのむこうから、白しろい高速こうそく艇ていが出でてきた。フェリーとすれちがうころには、へさきで蹴けり立たてる白しろい波なみを左右さゆうにほうりあげ、フル・スロットルになっていた。

左側ひだりがわに、岬みさきがせまった。丈たけの低ひくい樹きが、岬みさきの小高こだかい山やまいちめんに生はえていて、海うみと接せっするところは、無数むすうの岩いわだ。その岬みさきに、へこんだところがあり、かわいらしい砂浜すなはまをとりかこんで、家いえが数すう軒けん、見みえた。

港みなとは、丸まるい入江いりえのようだ。その入口いりぐちの両側りょうがわから、防波ぼうは堤ていがのびている。片方かたほうの防波ぼうは堤ていの突端とったんには、濃こいえんじ色しょくの煉瓦れんがでつくった、小ちいさな夢ゆめのような灯台とうだいが立たっている。

まっすぐに、フェリーは、二に本ほんの防波ぼうは堤ていのあいだにむかって、進すすんでいった。汽笛きてきを、みじかく一いち度ど、鳴ならした。

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