もし秋がどこか空のかなたにあり、夏が去ると同時にすこしづつ舞い降りてくるものなら、今年の秋は、切って落とされたような秋だった。
いきなり、秋になった。
残暑なんて、どこにもなかった。
夏の終りに、肌寒い雨の日が、三、四日、つづいた。例年にない涼しさだと、スポーツ新聞までが、書いていた。
その、雨の日々が終ると、もう、誰の目にも明らかに、あらゆるアングルが、秋だった。
太陽が、遠く、小さくなっていた。
風の香りが、夏のものではなかった。肌に感じるさわやかさは、完全に、秋のものだった。
空間に広がりができ、透明になり、なぜだか、ふと、さびしい。
今年は残暑はないだろうと、新聞が、冷害の報道に、書きそえている。
残暑は、ぼくにとっては、とても大事だ。強い陽ざしのなかで、汗をかいている肌が、残暑のなかで、秋にむかってすこしずつ、準備をととのえていく。でも、今年は、いきなり、秋だった。準備をしているひまもない。
ある日、ぼくのアパート、第二ゆたか荘の部屋で目覚めたら、秋だった。くどいようだけど、ほんとに、突然、秋だった。
これは、とても、困る。なによりもまず、ぼくは、心の準備が、できていなかった。時は日一日と流れ去っていくのだから、夏はやがて終り、夏が終れば、秋がくるにきまっている。困るも困らないも、ありはしない。しかし、ぼくは、困る。
夏という、強い陽ざしの日々のなかに、もっといろんなこと、いろんな体験をつめこみたかったから。
さあ、これから、というとき、夏はもう、青い空にその香りすら残さず、どこかへいってしまっていた。去ってしまった夏がすでにあまりにも遠く、そのせいか、むしょうになつかしい。
夏、夏と、馬鹿みたいに、夏のことばかり考えている。
夏がなくなってしまって、つらい。さびしい。
カワサキにまたがり、九州の南の端まで、太陽を追いかけていこうかと、真剣に考えた。
時間がとれない。でも、時間がとれないという事情をすらおっぽり出して、太陽を追おうかと思った。
思ってばかりいるうちに、どんどん時間がたっていく。秋は、容赦なく深まるいっぽうだ。
伊豆半島も、すっかり秋だ。
秋の日曜日。明るい陽ざしの、天城高原。道路からすこしひっこんで建っている大きなレストランの、展望のいい野外のカフェ・テラスで、ぼくたちは、いま、お昼の食事をすませ、休憩している。
カフェ・テラスいちめんに、砂利が敷いてある。白く塗った鉄製のロココ風の、ガラスをのせた丸いテーブルに、椅子。陽が、ななめに、きれいに当たっている。
Tシャツや、カットオフ・ジーンズの若い女のこばかり、ぼくはながめている。
夏の残り香を彼女たちの姿のなかに見つけては、ひとりでぼくは自分をなぐさめている。
家族づれのおっちゃんやおばちゃんは、とっくにはじまっている秋に早くも調子を合わせ、セーターやカーディガンを着こんでいる。あと三、四時間して陽がすこしかたむくと、高原では急に肌寒くなる。
皮のつなぎを着ているぼくだって、もはや暑くはない。
今日、朝早くから、ぼくたちは、ツーリングに出た。会社の同僚や先輩たちの何人かが組織している栄光ロードレース・クラブの、月例ツーリング大会だ。ぼくはそのロードレース・クラブに所属してはいない。所属してはいなくても、誘われたら参加しなければならないという不文律がある。そして、その不文律は、固く守られている。
朝から、走りっぱなしだ。
ロードレース・クラブの日帰りツーリングは、飛ばすので有名だ。
二年前に箱根でひとり死んだ。昨年は富士五湖で誰それが四か月の重傷、その帰りにトラックとからんで後輪のダブル・タイアに頭をはさまれて割られた奴がいて、血が誰それのブーツまで飛んだとか、そんな話をこの一年、ぼくもいろいろと聞かされてきた。
その月例ツーリングに、今日、ぼくは、はじめて参加している。やっと、ロードレース・クラブの責任者が、「こいよ、な」のひと言で、誘ってくれたのだ。
こんなに飛ばすとは、思わなかった。
ストレートでは、風圧との大格闘。コーナーでは、カワサキの性能とぼくの技量のありったけをしぼり出すことが要求される。
早く来た秋の風と光におおわれた日曜の伊豆半島には、行楽にくり出したマイ・カーというやつが、うじゃうじゃいる。
なぜこんな日曜日にツーリングをするのかと、このレストランに着いたとき仲間にきいたら、
「飛ばしがいがあるからさ」
というこたえが、かえってきた。
「それに、こりゃあ、ツーリングじゃねえよ。オートバイの障害物レースさ。ツーリングだと思ってたら、死ぬよ」
ほんとに、死ぬ思いで、午前中ずっと、ぼくは、飛ばしに飛ばした。
カワサキRS650は、もともと、加速がどうの、カーブがこうのというマシーンではないとぼくは思う。でも、そうは言ってられない。
トップをきっていく連中のうしろからおくれずについていくのが、ぼくにできるぎりぎりのことだ。あたまをとって飛ばせば、ぼくは会社の原稿輸送員の全員から一目置かれるのだが、トップなんて、とても無理だ。でも、あきらめたわけではない。
夕方の五時になったら、どこを走っていようと自動的に解散することになっている。五時までには、しばらくトップをとることくらい、できるだろう。
九〇〇円の「高原弁当」が腹の底に落ちつき、こなれつつある。二杯飲んだコーヒーが、こなれつつある「高原弁当」に、ほどよくしみこんでいる。
はじめは、吐き気がして食べられなかった。長時間にわたって飛ばしすぎ、肉体的にも心理的にも緊張の連続だから、その結果の、軽い吐き気だ。
それに、カワサキの振動。四〇〇〇回転をこえると、すさまじくなってくる。
いつもなら、この振動も、愛するカワサキの大きな魅力のひとつなのだが、今日のような殺人ツーリングでは、こたえる。ステップに踏んばっている両足が、振動のせいで、みじかいステップの外へ外へと、滑っていく。力をこめて踏んばっても、両足は外へはずされていく。ぴたりと位置をきめてマシーンに乗っているだけで、すでに充分すぎるほどの格闘だ。