← Library‹ 彼のオートバイ、彼女の島 12

九きゅう月がつの終おわりにちかい日ひ。午後ごご七しち時じ。夕暮ゆうぐれと夜よるの、微妙びみょうなさかい目めだ。

もう暗くらくなっている。秋あきだ。完全かんぜんに、秋あき。でも、いいんだ。もう、秋あきだって冬ふゆだって、かまわない。

東京とうきょうの西新宿にししんじゅく。超ちょう高層こうそうビルというやつが、何なん本ほんも建たっている。そのうちのひとつ、三井みついビルの前まえの道路どうろ。甲州こうしゅう街道かいどうと青梅おうめ街道かいどうを結むすぶ道路どうろとT字じ交差こうさし、新宿しんじゅく駅えき西口にしぐちの地下ちかコンコースまで、のびている。片側かたがわ三さん車線しゃせん。水銀すいぎん灯とうが、道路どうろを照てらす。

その道路どうろの、新宿しんじゅく駅えきにむかう車線しゃせんのいちばん右みぎ、植うえこみのある中央ちゅうおう分離ぶんり帯たいに右足みぎあしをつき、ぼくはカワサキにまたがってとまっている。左ひだりのウインカーをつけっぱなして。

次つぎから次つぎに、何なん台だいも、タクシーや乗用じょうよう車しゃが、新宿しんじゅく駅えきにむかって、ぼくの左側ひだりがわを、タイア音おとと共ともに、走はしり抜ぬけていく。すれすれにかすめていくやつもいる。一瞬いっしゅん、風圧ふうあつを、体からだの左側ひだりがわに、ななめうしろから、感かんじる。

ヘルメットを右みぎのミラーにかけ、皮かわのグラブを右手みぎてに握にぎっている。黒くろい皮かわの、オートバイ・ジャンパーに、14オンス・デニムのブッシュ・パンツ。ブーツは、いつものハーネス・ブーツ。

進入しんにゅうしてくる車くるまに面めんして、「トンネル内ない、点灯てんとうせよ」と書かきつけた大おおきな看板かんばんが中央ちゅうおう分離ぶんり帯たいに、立たっている。ぼくは、その看板かんばんとトンネルの入口いりぐちとの中間ちゅうかんにいる。

約束やくそくの時間じかんは七なな時じ十じゅう五ご分ふんだ。

しばらく前まえに、ぼくは、ここへ来きた。今日きょうは、六ろく時じあがりの仕事しごとが、ちょうど六ろく時じに終おわった。ここへ来きてから、ずっと、こうして右足みぎあしをつきっぱなしにして、待まっている。高層こうそうビルに窓まどがいくつもあり、不ふ規則きそくに黄色きいろく、明あかりが輝かがやいている。

人ひとが、たくさんとおる。ビルにくる人ひと、駅えきのほうへむかう人ひと。はじまったばかりの夜よるのなかを、そんな大勢おおぜいの人ひとたちの歩あるきかたが、けだるい。

目めに入はいる文字もじを、ぼくは、何なん度ども、読よんだ。右側みぎがわの車線しゃせんのすじむこうにある高層こうそうホテルには、SEIKOの英えい文字もじがブルー地ちに白しろ。それに、植うえこみのなかに、「展望てんぼう室しつ入口いりぐち」という標示ひょうじ。

行手ぎょうての陸橋りっきょうには、「新しん都心としん地下ちか道どう」「けた下した4・2m」と、読よめる。三井みついビルへの階段かいだんのわきには、「55ひろば」「商店しょうてん街がい」「住宅じゅうたくセンター」。左端ひだりはしの車線しゃせんには、白しろい字じで大おおきく、「タクシーのりば」。歩道ほどうの端はしに標識ひょうしきが立たっていて、その標識ひょうしきにも、「タクシーのりば」とある。のりばにタクシーがつづけて入はいってきた。屋根やねの標識ひょうしきは、「国際こくさい」「帝都ていと」「大和やまと」「個人こじん」「新しん日本にっぽん」。もう一いち台だい、「新しん日本にっぽん」が、駅えきにむかって走はしっていく。

新しん都心としん地下ちか道どうが、ゆるいカーブを描えがいて、駅えきにのびている。クリーム色いろに塗ぬったコンクリートの柱はしらが何なん本ほんもつらなり、蛍光灯けいこうとうの光ひかりをうけている。車くるまの赤あかいテール・ランプが、いくつもつづく。

左ひだり手首てくびの腕うで時計とけいを見みた。七なな時じ十じゅう二に分ふん。排気はいきガスまじりでも、秋あきの夜よるの空気くうきは、妙みょうに軽かるくてすがすがしい。

うしろから来くる車くるまを左ひだりのミラーで警戒けいかいしながら、ビルや人ひとを、ぼんやりとながめた。

彼女かのじょはどっちのほうからくるのだろうか。そう思おもいながら動うごかしていたぼくの視線しせんが、ビルの前まえの広場ひろばの階段かいだんを降おりてくるひとりの女性じょせいをとらえた。たくさんの若わかい女性じょせいのなかから、瞬間しゅんかん的てきに、ぱっと、とらえた。魔法まほうだ。ぼくが魔法まほうを発揮はっきしているのではなく、魔法まほうにかかっているのだ。

胸むねが高鳴たかなった。彼女かのじょの名なを叫さけびたい。だが、抑おさえる、抑おさえる。

階段かいだんを降おりて、彼女かのじょは、あたりに人ひとをさがすように、左右さゆうを見渡みわたしている。ベージュのキュロット・スカートに、ブラウンのブーツ。白しろいブラウスに、ジャケットのようなものを、はおっている。今夜こんやの空気くうきに、そんな服装ふくそうが、とてもよく調和ちょうわしている。脚あしをよほど大おおきく広ひろげないと、キュロットだとわからないスカートだ。こんないでたちのミーヨを、ぼくは、今夜こんや、はじめてみる。

わるくない。わるくないどころか、とても洒落しゃれている。素敵すてきだ。誰だれの目めにも、美うつくしい女性じょせいだ。

赤あかい煉瓦れんがの小ちいさな壁かべに軽かるくもたれて、ふと、彼女かのじょは、ふりかえった。視界しかいのなかにぼくが入はいっているはずだ。だが、気きづかない。

彼女かのじょは、駅えきのほうを見みようとする。

ぼくは、カワサキのホーンを鳴ならした。

気きがつかない。もう一いち度ど。だめだ。たてつづけに、二に度ど、三さん度ど、四よん度ど。道みちをいく人ひとたちが、ぼくを見みる。五ご度ど目めのホーン。いぶかしげにミーヨがふりかえり、ぼくを見みた。

ぼくは手てを振ふった。

きれいな動作どうさで壁かべをはなれたミーヨは、軽快けいかいに、小走こばしりに、歩道ほどうの端はしまで、きた。

首くびをすこし左ひだりにかしがせ、ミーヨは、まぶしそうにぼくを見みる。なにか言いっている。走はしり抜ぬけていくタクシーにかき消けされて、聞きこえない。

車くるまの切きれ目めをつかまえて、彼女かのじょは車道しゃどうに降ふり、ぼくのところまで走はしってきた。

「元気げんきなの? なんだか、人ひとがいっぱいねえ」

「元気げんきだ」

「カワサキも?」

「快調かいちょう」

ミーヨは、ハンドルに手てをかけた。

尻しりにスポイラーをつけた下品げひんなアメ車しゃが、爆音ばくおんを放はなって、ふっ飛とんでいく。風圧ふうあつにミーヨのキュロットがはためくのだが、彼女かのじょは平気へいきだ。

「乗のれよ」

ぼくは、シートのうしろにさがった。前まえのほうにスペースをつくり、ミーヨにまたがせた。

左腕さわんでうしろからミーヨを抱だき寄よせ、右手みぎてでグリップをつかんだ。いい気分きぶんだ。彼女かのじょの髪かみの感触かんしょくと香かおりが、ぼくの顔かおに感かんじられる。

「久ひさしぶりっていう感かんじ、しないのね」

顔かおをなかばうしろにむけ、彼女かのじょが言いった。

「いつまで東京とうきょうにいるんだい」

「ずっとよ」

「ずっと?」

「そう」

「会社かいしゃは?」

「話はなしをつけたの」

「やめたのか?」

彼女かのじょは、首くびを振ふった。

ぼくの唇くちびるや鼻はなに、髪かみがやさしく触ふれる。

「やめないわよ。やめたら、損そんしちゃう。東京とうきょうで仕事しごとができるように、話はなしをつけたの。今日きょうから、ずっと、東京とうきょう」

ぼくのほうへ、顔かおをねじまげる。その彼女かのじょの顔かおを横よこからのぞきこむようにして、ミーヨと唇くちびるを合あわせた。

唇くちびるをはなす。香かおりが、ほのかに甘あまい。

彼女かのじょの胸むねが、大おおきく上下じょうげしている。呼吸こきゅうが、深ふかく早はやい。ぼくの左腕ひだりうでに、それが、胸むねのふくらみといっしょに、はっきりと感かんじられる。とても素敵すてきな感かんじだ。

「でも、いくとこ、ないのよ」

「なんだって?」

と、ききかえしたとき、いきなり、

「そこのオートバイ! なにをしている!」

と、左ひだりななめうしろから、スピーカーをとおした、かん高だかい声こえが、ぼくたちに浴あびせられた。パトカーだ。

「なにをしている!」

ぼくは左ひだりを見みた。

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