← Library‹ 彼のオートバイ、彼女の島 13

二ふた日か後ごに、小川おがわ敬一けいいちから、電話でんわがあった。先日せんじつの、ちょっとした頼たのみというやつを聞きいてほしいと言ゆう。仕事しごとが六ろく時じあがりの日ひに、オートバイでそのまま来きてくれ、と小川おがわは言いっていた。

一日ついたちおいた今日きょう、六ろく時じあがりだ。多摩川たまがわにかかる二子橋ふたこばしの、世田谷せたがやがわのドライブ・インで、落おち合あった。

小川おがわは、窓まどぎわの席せきでコーヒーを飲のみながら、待まっていた。駐車ちゅうしゃ場じょうに、彼かれのCB400フォアⅡがあった。小川おがわは、外国がいこく製せいの、カネのかかったつなぎとブーツに身みをかためている。東京とうきょうにある彼かれの実家じっかは、ほかの友人ゆうじんの話はなしによると、金持かねもちなのだということだ。

頼たのみとはなんなのかときいても、小川おがわは笑わらってこたえない。

「二に時間じかんほど、俺おれのうしろについて、オートバイで走はしってくれたら、それでいい」

窓まどから外そとをながめて、コーヒーを飲のんだ。

暗くらくなった大山おおやま・厚木あつぎ街道かいどうを、ひっきりなしに自動じどう車しゃが走はしっていく。

「作曲さっきょくに関係かんけいがあるとか言いってたな」

「そう。関係かんけいある」

コーヒーのついでに、ぼくは、軽かるく食事しょくじをすませた。

「そろそろ、いくか」

やがて、小川おがわが、言いった。

駐車ちゅうしゃ場じょうを、彼かれがさきにホンダで出でていった。排気はいき音おんが、とても静しずかだ。カワサキで、ぼくは、そのあとについた。

街道かいどうをしばらくいく。道路どうろがふたまたに分わかれる地点ちてんを左右さゆうから環状かんじょう8号ごうがつらぬいている。ふたまたの、左ひだりの道みちを、小川おがわはとった。道みちなりにいき、高速こうそく3号ごう線せんをくぐり、また、ふたまただ。小川おがわは、左ひだりに入はいっていく。弦巻通つるまきどおりだ。

小ちいさな交差こうさ点てんで、小川おがわのCB400は、左ひだりのフラッシャーを出だした。左ひだりに寄よって、とまった。ぼくは、そのすぐうしろに、カワサキをとめた。

オートバイを降おりた小川おがわは、ぼくに歩あゆみ寄より、低ひくい声こえで、こう言いった。

「四よん輪りんを狙ねらうんだ。車くるまの流ながれがすくないときに、一いち台だいの四よん輪りんに狙ねらいをつけ、右みぎすれすれにかすめて追おい抜ぬきざま、四よん輪りんの右みぎのフェンダー・ミラーを叩たたき折おる」

「どうやって」

「でっかいモンキー・レンチを持もってきた」

と、小川おがわは、にやっと笑わらう。

「叩たたき折おったら、飛とばすから、すぐうしろにくっついて走はしってくれ。ナンバーを覚おぼえられると困こまるから」

「なぜそんなことをするんだ」

「例れいのやつを作曲さっきょくしているうちに、やってみたくなった。フェンダー・ミラーは、モンキーでひっぱたくと、すぐに折おれる」

うれしそうに、小川おがわは、笑わらっている。

「わかったか」

「わかった」

「折おれて路面ろめんに飛とんだミラーを踏ふむな。おまえが飛とぶよ」

小川おがわは、自分じぶんのオートバイにもどった。

サドル・バッグからモンキー・レンチを取とり出だし、柄がらのほうからブーツに入いれた。

CB400にまたがり、車くるまの流ながれを見みている。夜よるのこの時間じかん、ふと、車くるまの流ながれが途絶とだえることがある。

ぼくたちの来きたほうから、車くるまの途切とぎれた道路どうろを乗用じょうよう車しゃが一いち台だい、走はしってくる。

小川おがわが、ぼくに合図あいずした。

ぼくたちのわきを、濃こいグリーンのコロナ・マークⅡが、走はしり去さる。

追おって、小川おがわが飛とび出だした。合あわせて、ぼくも出でた。

小川おがわは、CB400のアクセルを開あけ、マークⅡに追おいすがる。静しずかに、滑すべるように、CB400は、走はしっていく。ぼくのカワサキは、充分じゅうぶんに二に台だい分ぶんの、耳みみにひびく乾かわいた排気はいき音おんだ。

マークⅡのうしろに、小川おがわがついた。左手ひだりてをあげ、もっとあいだをつめろ、とぼくに合図あいずする。

ぼくが加速かそくするのと、小川おがわのCBがひらりと右みぎに倒たおれてマークⅡのわきに出でていくのと、同時どうじだった。ハンドルからはなした小川おがわの左手ひだりてに、モンキー・レンチが見みえた。

マークⅡの右側みぎがわをすれすれに加速かそくしていき、追おい抜ぬきざま、下したからすくいあげるように、小川おがわは、フェンダー・ミラーをひっぱたいた。折おれたミラーは、キラッと光ひかり、マークⅡの左ひだり前方ぜんぽうへ、飛とんだ。

ブーツのなかにレンチを落おとし、小川おがわは、加速かそくした。猛然もうぜんたるシフトとアクセル・ワークなのだが、音おとは静しずかだ。

マークⅡが、たてつづけにホーンを鳴ならす。赤あかいストップ・ランプが点灯てんとうする。スピードが、がくんと落おちる。

ぼくは、マークⅡの前まえに出でた。マークⅡのドライバーから、小川おがわはぼくがさまたげになって、見みえないはずだ。あの加速かそくでは、ぼくがいなくても、CB400のナンバー・プレートを読よんで覚おぼえているゆとりは、なかったはずだ。すこしアクセルを開ひらき気味きみに走はしりながら、ぼくは、ふりかえった。

マークⅡは左ひだりに寄よってとまり、ドライバーが外そとに出でて、ミラーの折おれた跡あとを見みていた。

加速かそくして、ぼくは小川おがわを追おった。

前方ぜんぽうの交差こうさ点てんを、小川おがわは、タイミングよく青あおを狙ねらい、抜ぬけていく。

小川おがわが右折うせつした交差こうさ点てんのひとつ手前てまえの信号しんごうで、ぼくは、とめられた。

青あおにかわってから、ゆっくり交差こうさ点てんに出でて右折うせつすると、小川おがわがすぐさきにとまっていた。なにごともなかったように、けろっとしている。サドル・バッグにおさめたのだろう。

「ざっとあんな感かんじ」

うしろにとまったぼくに、ふりかえって小川おがわは言いった。

ぼくは笑わらってしまった。

「ミラーは、ぽっきり折おれた」

「そうさ」

「車くるまをとめて、折おれた跡あとを見みてたよ」

「青天せいてんのへきれきさ」

「おどろいただろうな」

「一生いっしょう忘わすれないだろう」

CB400は、走はしりはじめた。弦巻つるまき通とおりに出でなおし、飛とばして駒留こまどめまでいった。そこで環状かんじょう7号ごうに入はいり、夜よるの車くるまの流ながれよりも早はやく、野沢のざわのはずれに出でた。

まっすぐな一いち本道ほんどうへ右折うせつした。このままいくと、駒沢こまざわ公園こうえんの南端なんたんを抜ぬける。

公園こうえんの近ちかくまで来きて、小川おがわのCB400は、フラッシャーを出だしてとまった。

「もう一いち発はつ、いこう」

そう言いって、小川おがわは、ぼくの肩かたごしに、遠とおくを見みた。

「さっきのマークⅡ、警察けいさつに届とどけたかな」

「さあ」

「この近ちかくで、やろう。終おわったら、環かん8に入はいって、北きたへ逃にげる。おまえのアパートで落おち合あおう」

ぼくは、うなずいた。

公園こうえんの周辺しゅうへんを、軽かるく流ながした。

道路どうろの左端ひだりはしをいく小川おがわにくっついて、しばらく走はしった。

うしろから、乗用じょうよう車しゃが一いち台だい、来くる。

車くるまの流ながれが、いまは、すくない。それに、まっすぐ突つっ走ぱしっても、次つぎの交差こうさ点てんまで、かなりある。

乗用じょうよう車しゃが一いち台だい、ぼくたちを追おい抜ぬいた。黒くろっぽいグロリアの4ドアだ。

小川おがわが左手ひだりてをあげて合図あいずする。と同時どうじに、急激きゅうげきに滑すべり出だすような加速かそくをした。排気はいき音おんが小ちいさいので、見みていて薄うす気味きみが悪わるい。

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