二台のオートバイの排気音が、紅葉の山にこだまする。
ゆるやかなカーブが、適当な間隔を置いてつづいている登り坂だ。小さな山が、いくつもつらなっている。その山なみに刻まれた往復二車線の道路だ。平日なので、車はすくない。
どの山にも、紅葉と濃い緑が、絶妙の調和を見せている。澄みきった空気のなかに、秋の山が放つ冷気が、目に見えるようだ。
山は、暮れはじめている。遠く山と山とのあいだに、夕もやがたなびく。小さな谷あいが、白っぽくかすんで見える。昼間とは、空気の味がちがう。
空を雲がおおっている。ところどころ、切れ目があり、秋晴れの日の名残りである、淡いブルーの空が、おだやかにのぞいている。
沈んでいく陽をうけて、雲の西側は、ピンクに染まっていく。
ミーヨの乗ったヤマハRD250が、さきをいく。小川が言っていたとおり、タイアをいいものにとりかえたRDは、最高のできばえだ。ハンドルは低いものにかえてある。
さきを走るミーヨが、Rの大きなカーブにさしかかろうとしている。腕や肩から、きれいに力が抜けている。RDと一体になり、脚と腰は、RDと分かちがたく溶け合っている。
カーブに入るまえに、回転をきれいに合わせて、シフト・ダウン。ブレーキングをかさねあわせ、カーブ進入のための減速を完了させる。
正確なラインを選びとり、リーン・アウトで、きれいに車体を倒しこむ。Rの大きいカーブだから、バンクさせている時間がながい。
アクセルは、ハーフ・スロットルで軽くパワーをかけたまま、一定させている。さからわずに、美しく、流れていく。アウトへのはらみすぎも、いまはない。
カーブの出口が見えてくる。ミーヨは、静かに、アクセルを開けていく。うしろから見ていて、ぼくはとても満足だ。たとえようもなく、うれしい気持になってくる。
高原のキャンプ場へ、ぼくたちは一泊のツーリングにいこうとしている。
中型の免許を持っているとはいえ、経験不足だし、そこからくる的確な判断と反応を、ミーヨはまだあまりたくわえていない。
東京から走ってくるあいだ、あとになりさきになり、ぼくはミーヨの走りぶりを、こまかく観察した。
現実の走行経験が足らないことはたしかなのだが、文句をつけるところは、ほとんどなかった。
しかし、肝を冷やすような現場の目撃は、一度だけだが、あった。
山道に入って、車もすくなく、まわりの景色も美しくなりはじめたころ。左まわりのカーブに入るとき、ミーヨは、ギア・チェンジで横着をした。そのカーブに入るのにふさわしいギアではなく、それよりも高いギアで、入っていった。しかも、カーブの入り口でのっけからインについた。
そのカーブの出口のはるか手前で、ミーヨの乗るRDはセンター・ラインまではらんでいき、車体をまだ倒しきったまま、横這いのような走りかたをした。そして、そのままセンター・ラインを割って対向車線に出ていった。ようやく車体が起き、パワーをかけて自分の車線にもどろうとするRDの鼻さきをかすめ、明らかにスピードを出しすぎのセダンが、坂をくだっていった。
見晴らしのいいドライブ・インで、峠の団子を食べながら、ぼくはミーヨに、このカーブのことを話して聞かせた。
「それに、Rがおなじだと、どのカーブでもおなじ走りかたをしてる」
「路面しか見えないのよ」
「景色を楽しんでるひまはないだろう」
「あんまりね」
「Rはおなじでも、ブラインドだったら、走りかたをかえるんだ。カーブのぜんたい的な状況を正確に見てとって、判断しなきゃいけない」
「そうなんだけど」
「カーブに突っこむなよ」
「アクセルの開けすぎ?」
「シフト・ダウンしろよ、かならず。ギアは、高すぎるよりは低いほうがいいんだから」
「どうして」
こういうところが、ミーヨは、まだぜんぜん弱い。
「なにかあったとき、とっさの加速で、かわせるじゃないか。カーブに入るときはスローで、出るときに加速して、オートバイらしくファストで抜けきる」
「バンクは?」
「倒しすぎになりそうだ。悪いくせがつかないうちに、なおすといい」
「倒しこむと、気持いいのよ」
「そのときだけさ。あとで、えらい目に会うよ」
秋の峠で、甘いような、からいような団子。ツーリングのライディング・テクニックについて、常識的なことだけど、語り合う。団子の味と空気の香り、それに、話の内容が、よくからみ合う。しかも、相手は、ミーヨ。いい気分だ。
「おなじカーブを、おなじマシーンに乗り、おなじスピードで抜けても、路面をこする人とこすらない人がいる。こすらない人のほうが、有望なんだ」
「倒せば、こするもんだと思ってた」
「ラインのとりかたがいけなかったり、ギアが適切でなかったり、体のバランスがよくなかったり、いろんな理由で、こするんだ」
「私のバランスは、どう?」
「それは、とてもいい」
「自信はあるのよ」
「腰が中心になってて、きれいだ。顎も出てないし」
経験はすくなくても、最初から正しい基本を身につければ、経験不足を大きくカバーしていける。
峠の団子のあと、ぼくがさきにたって走った。カーブでぼくが走るラインとおなじラインを、ミーヨにも走らせた。きれいに乗って、ついてくる。ときたまミラーにうつるRDとミーヨが、はっとするほどに美しい。
ミーヨにラインをとらせ、ぼくがその右側について走る。6段のギアを、彼女がていねいにこまかくシフトしていく音が聞える。
路程の後半にさしかかってからは、ミーヨの走りっぷりにまったく文句はない。なめらかで、美しい。流れるようだ。すこし気を抜くと、なめらかな流れにまかせて、アクセルを開けて突っこみ気味になる。何度目かの休憩のときに、それも、いましめた。
山の茶屋のようなドライブ・インにオートバイをとめて休むのは、楽しみだ。
たとえば、ミーヨがぼくのうしろについて走っている場合は、ぼくが駐車場にカワサキを乗り入れ、降りてヘルメットをとったころ、ヤマハのRD250が、滑りこんでくる。