← Library‹ 彼のオートバイ、彼女の島 15

「髪かみにポマードつけるの、やめなさいよ」

と、ミーヨが言ゆう。

「やめられない」

「ベトベトで、さわれないんだもの、そのリーゼント。ヘルメットのなかも、よごれるでしょ」

「ヘルメットは、どうせ、よごれる。それに、定期ていき的てきに買かいかえるし」

「ナナハンの免許めんきょ、いつ受うけさせてくれるの?」

「まだ」

「いつごろ?」

「春はるさきかな」

「そんな」

「もっとおそくしたって、いいんだ」

「早はやく、取とりたい」

「いまでも、取とる気きなら取とれる」

「だったら、取とっちゃおうよ」

「駄目だめだ」

「なぜ?」

「なぜというほどの理由りゆうはないんだ。あわてなくてもいい。夏なつのツーリングに、間まに合あえば」

「ふうん」

「それより、いまは、練習れんしゅう。やることは、いっぱいある。

「そうね。おカネもためなければいけないし」

「そう。おカネ」

「いくらですって?」

「さあ。たまるだけでいい」

「なにに使つかうの」

「島しまへいく」

「えっ?」

「島しま。どこか、南みなみの。しばらく住すみたい」

「明あかるい明日あすのための貯金ちょきんって、そのことだったの」

「うん」

「いま、いくら、たまってるの?」

「一いち〇れい万まんくらい」

「たいへんだ」

「うん」

「なぜ、島しまなの」

「広ひろいから」

「島しまが」

「そう」

「私わたくしの島しまは、広ひろくなかったでしょ。あんなにちっぽけ」

「まわりが海うみだから、広ひろいんだ」

ミーヨは、微笑びしょうした。

「まわりの海うみも含ふくめて、島しまは広ひろいと言いうのね」

「そうだ」

「なぜ広ひろいといいの」

「なぜって。たまには広ひろさを補給ほきゅうしないと。それに、島しまはぼくを日常にちじょうから切きり離はなしてくれる」

「ふんふん」

「切きり離はなさないと、正確せいかくにつかめない」

「そうね」

「そうなんだ」

もう四よん日かも、雨あめがつづいている。

今日きょうは、久ひさしぶりに休やすみが取とれた日曜にちよう日ひだ。雨あめでなければ、日曜にちように出勤しゅっきんしなければならない男おとこの肩代かたがわりをして稼かせいでいるはずだが、雨あめだから、それはやめにした。

日曜にちよう日ひの昼ひるさがり。外そとは雨あめだ。

第だい二にゆたか荘そうの、ぼくの部屋へや。

ミーヨは、ぼくのベッドに体からだを横よこたえ、片かたひじをつき、掌てで頬ほおを支ささえている。

ぼくは、ベッドにむかいあった壁かべに背せをもたせかけて畳たたみにすわり、両脚りょうあしを投なげ出だしている。

壁かべじゅう、いたるところに、ミーヨの服ふくが、さがっている。女性じょせいの部屋へやのようだ。ミーヨは、ぼくの部屋へやに、すっかり居いついてしまった。

一いち週間しゅうかんほどまえ、西宮にしのみやから荷物にもつが届とどいた。西宮にしのみやで住すんでいた、すみれアパートに置おきっぱなしにしておいた荷物にもつだ。

あわせて、ミーヨの友人ゆうじんがひとり、上京じょうきょうしてきた。ミーヨとおなじ年としに会社かいしゃに入はいったという、とても普通ふつうな感かんじのする女おんなのこだった。アパートまでやってきて、うさんくさそうにぼくの顔かおを見みてばかりいた。

部屋代へやだいと食費しょくひを、ミーヨと半々はんはんに負担ふたんすることにした。彼女かのじょは土曜どようと日曜にちようが休やすみなので、その二ふた日間かかんは、手て料理りょうりがあてにできる。しかし、なぜだか、チャーハンばかりつくる。今朝けさも、そうだった。チャーハンとしては、けっこういける。

ミーヨの給料きゅうりょうは、ぼくが目めいっぱい働はたらいて取とる額がくより、ちょっとすくない。

関西かんさいに本社ほんしゃのある大おおきな繊維せんい会社かいしゃが、ブルージーンズの部門ぶもんを新設しんせつし、さらに、サブ・ディヴィジョンのようなかたちで、ジーンズを主体しゅたいにした子供こども服ふくのブランドをつくり、製作せいさくと販売はんばいに乗のり出だしている。その部門ぶもんの本拠ほんきょは、東京とうきょうだ。上司じょうしにねばり強づよくかけあい、東京とうきょう転勤てんきんを実現じつげんさせたのだという。

「簡単かんたんに聞きこえるかもしれないけど、たいへんだった」

と、ミーヨは、いつだったか、言いっていた。

「ジーンズを中心ちゅうしんにした子供こども服ふくのね、マーケット・リサーチとか消費しょうひ者しゃニーズの開発かいはつとか、嗜好しこう調査ちょうさとか、そんなことをやるし、デザインにも、からむのよ。みなさまのお買かいもの文化ぶんかの一端いったんをになってるわけ」

ミーヨは、保母ほぼになるための学校がっこうを出でたのだそうだ。

「ナナハンの免許めんきょって、どのくらいむずかしいの?」

「むずかしくないさ。大事だいじなのは、基本きほんだよ。適性てきせいもからむし、経験けいけんも大切たいせつだ」

「なんだ、ぜんぶじゃない」

「中型ちゅうがたの試験しけんで、一いち本ほん橋はしがあっただろう」

「あった」

「あれに、ナナハンだと、時間じかん制限せいげんがついたりする」

「倒たおれたのを起おこすのもあるんでしょ」

「ある。コツだよ、あれは。車体しゃたいに対たいする、慣なれと」

「教おしえて」

「教おしえる。知しってることは、みんな教おしえる」

ミーヨはいま、小川おがわ敬一けいいちから借かりたままのヤマハRD250に乗のっている。ぼくのカワサキとならんで、下したの駐車ちゅうしゃ場じょうに置おいてある。

キャンプへいったほかに、日帰ひがえりのツーリングに三さん度ど、出でた。もっといきたいのだが、ぼくは働はたらくから、休やすみが取とれない。

「350くらいのを、買かおうかな」

「なぜ?」

「大おおきいのになれるため」

「必要ひつようない。250を乗のりこなすのが、ほんと言いって、オートバイ乗のりのひとつの目標もくひょうなんだ。250がこなせたら、ナナハンの試験しけんなんて、すぐ受うかる」

「むずかしいって言ゆうじゃない」

「受うける人ひとたちの程度ていどが低ひくいんだ。押おし歩あるきの8の字じで外側そとがわに倒たおれたりするんだもの」

「250と750では、重おもさは確実かくじつにちがうでしょ」

「取とりまわしを練習れんしゅうしたらいいんだ。ぼくのカワサキで」

「走はしるのは?」

「貸かしコース」

「教習きょうしゅう所しょ?」

「うん。日曜にちよう日ひに」

「仕事しごとは?」

「泊とまりのシフトにしてもらえばいい」

「シフトはわりと自由じゆうなのね」

「だから、ボーナスがないんだよ。よその会社かいしゃは、シフト制せいが厳きびしくて、たくさん稼かせごうと思おもっても自由じゆうにならない」

ぼくは手てをのばし、壁かべに寄よせたテーブルのうえのFMのスイッチを入いれた。ダイアルが合あっているから、スイッチをオンにすると同時どうじに、音おとが飛とび出だす。

「では、お聴ききいただきましょう」

と、中年ちゅうねんの男おとこのDJが、言いっていた。

「アランフェス協奏きょうそう曲きょく」

イエペスではないけれど、腕うでの立たつクラシックのギタリストが、弾ひきはじめた。

「ギターとオーケストラだ」

と、ぼくは言いった。

しばらく、ぼくたちは、黙だまって聴きいていた。

やがて、ミーヨが、言いった。

「コオ。学校がっこうは、どうするの」

「落第らくだい」

「なぜ」

ミーヨは、なぜ、ときくのが、口くちぐせだ。

「学校がっこうって、どうにでもごまかせるから。退屈たいくつだよ」

「音楽おんがくも?」

ぼくは、うなずいた。

「ごまかしのきかない音楽おんがくだってあるでしょう」

「だろうな」

「まだ見みつけてないのね」

「見みつけてない」

「それまでは、ずっと落第らくだいするの?」

「再来さらい年ねんくらいには、卒業そつぎょうしよう」

「小川おがわさんは、作曲さっきょくに一生いっしょう懸命けんめいみたい」

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