← Library‹ 彼のオートバイ、彼女の島 16

時間じかんは、あいかわらず、ふっ飛とんでいく。もう、十じゅう一いち月がつだ。時間じかんの飛とび去さるスピードは、よりいっそう、速はやくなっていくようだ。季節きせつの変化へんかとも、深ふかくつながっているにちがいない。秋あきは、急速きゅうそくに影かげを濃こくしていく。そのスピードが、去さっていく時間じかんのスピードを、いちだんと加速かそくさせる。

ぼくの体からだの両りょうわきをどこかへ飛とび去さっていく時間じかんの速はやさ。その速はやさを、夏なつのころよりもさらに速はやいものとしてぼくに感かんじさせているもうひとつの要素ようそは、ぼくの生活せいかつの変化へんかだ。ミーヨが、いま、ぼくの生活せいかつのなかに、加くわわっている。アパートの部屋へやで、いっしょに暮くらしている。これが生活せいかつと言いえるかどうか、ぼくにもよくわからないけれど、ぼくの日々ひびがミーヨとの共有きょうゆうのものになっていることは、たしかだ。

日々ひびの密度みつどが、濃こくなったような気きがする。いろんなものが、以前いぜんより、もっとくっきり、心こころに映えいじるようになった。感覚かんかくの幅はばが、ミーヨの登場とうじょうによって、広ひろがったのだろうか。カワサキに乗のっていても、これまでには感かんじなかったようなことを、はっきりと意識いしきするようになった。

以前いぜんは、カワサキとぼくとが完璧かんぺきに一体いったいとなっていれば、ぼくにとってはそれで充分じゅうぶんだった。だから、それ以外いがいのことは、心こころに映えいじなくても感覚かんかくでとらえられなくても、なんの不足ふそくもなかった。

だが、いまでは、ミーヨがいっしょだ。ぼくとミーヨは一体いったいだから、ぼくは以前いぜんのひとりぼっちのときにくらべると、二人ふたり分ぶんの大おおきさになっている。ぼくがぼく自身じしんをとおしていろんなことを感かんじたり思おもったりするのと同時どうじに、さらにミーヨをとおして、感かんじ、思おもう。ぼくと外そとの世界せかいとの触ふれあう感覚かんかくの面積めんせきが、二に倍ばいになったのだ。実際じっさいには、二に倍ばい以上いじょうだ。そして、ミーヨとつながれて一体いったいになった日々ひびが加算かさんされていくにつれて、感覚かんかくの面積めんせきは、どんどん大おおきくなっていく。楽たのしいことだ。と同時どうじに、時間じかんの飛とび去さるスピードが、ますます早はやくなっていく。

こんな感かんじを、友人ゆうじんの小川おがわ敬一けいいちに喋しゃべったら、小川おがわは、こう言いっていた。

「ひとりの女おんなに、おまえもついに惚ほれた。ただそれだけのこと」

仕事しごとは忙いそがしい。原稿げんこう輸送ゆそう員いんは十じゅう二に名めいにまで減へってしまい、フル回転かいてんだ。新入しんいりが次々つぎつぎに入はいってくるのだが、誰だれもみな、二ふた日かか三み日かで、顔かおを出ださなくなってしまう。

ぼくとしては、忙いそがしいほうが助たすかる。来年らいねんの夏なつには、南みなみの島しまをめざしてミーヨといっしょに、ツーリングに出でたい。そのため、ゼロに近ちかいところから貯金ちょきんをはじめなくてはいけない。

だが、自分じぶんで選えらびとる忙いそがしさと、いやおうなしにふりかかってくる多忙たぼうさとでは、感かんじがすこしちがってくる。

日曜にちようの午前ごぜん中ちゅうは、できるだけ休やすむようにしている。自動じどう車しゃ教習きょうしゅう所しょの貸かしコースへ出でかけていき、ぼくのカワサキでミーヨを大だい排気はいき量りょう車しゃの免許めんきょ試験しけんにそなえさせるためだ。いまの段階だんかいでは、車体しゃたいとの一体いったい感かんと急きゅう制動せいどうを、ぼくにできるかぎり徹底てってい的てきに教おしえこんでいる。

ミーヨとはすれちがいの日ひが多おおいけれど、週しゅうのうち半分はんぶんは、夜よるだけなのだが、ミーヨといっしょに遊あそんでいられる。うたえるスナックの『道草みちくさ』へ、よくいく。そして、ぼくたち以上いじょうにひんぱんに、小川おがわがその店みせへ来きているのだそうだ。

「ナミちゃんとね。とっても仲なかがいいみたい」

いつもカウンターのなかにいるおばさんが、教おしえてくれた。

十じゅう一いち月がつのなかばに、ぼくたちは、引ひっこしをした。

部屋へやが八ようつある、大おおきな家いえだ。私鉄してつで東京とうきょうを西にしへ出でて、神奈川かながわ県けんに入はいったすぐの、駅えきに近ちかい住宅じゅうたく街がいの中なかだ。造成ぞうせいされてまだ数すう年ねんの、閑静かんせいな住宅じゅうたく街がいだ。高たかいブロック塀べいでとりかこまれた、人ひとをよせつけない感かんじのする家いえだ。邸宅ていたく、と呼よんでもさしつかえないような構かまえだ。

ミーヨの母方ははかたの親類しんるいにあたる人ひとが、奥おくさんとふたりだけで住すんでいた家いえなのだそうだ。夫婦ふうふそろって三さん年間ねんかんの予定よていでポーランドへ出張しゅっちょうすることになり、よかったら留守るす番ばんがわりに若わかい人ひとに住すんでいてもらいたいと、その人ひとからミーヨの母親ははおやに話はなしが持もちこまれた。

家賃やちんは無料むりょうだという。光熱こうねつ費ひを負担ふたんし、改造かいぞうしたり模様もようがえしたりせずにそのまま住すんでもらえればそれでいい、ということだった。

ぼくたちは、引ひっこした。ふたりには明あきらかに広ひろすぎるし、家いえのつくりそのものに、たいへんな違和いわ感かんがある。だが、家賃やちんがないのは助たすかるし、なによりもいいことには、その家いえから歩あるいて三十さんじゅう分ふんほどのところに、広ひろい自動じどう車しゃ教習きょうしゅう所しょがある。

日曜にちよう祭日さいじつごとに、全ぜんコースを、貸かしコースとして有料ゆうりょうで開放かいほうしている。ミーヨにカワサキを押おさせて歩あるいていけば、取とりまわしの練習れんしゅうになる。

八ようつもの部屋へやは必要ひつようではない。使用しようしない部屋へやをきめ、それ以外いがいの部屋へやでぼくたちは生活せいかつすることにした。家具かぐは、倉庫そうこ会社かいしゃに管理かんりしてもらっているという。

がらんとしてなにもない家いえのなかは、さっぱりして気持きもちよかった。会社かいしゃの先輩せんぱいの、ロードレースをやっている男おとこから、ロードレース用ようのマシーンの運搬うんぱんに使つかうバンを借かりてきて、一いち回かいですべての荷物にもつを運はこんでしまった。

夫婦ふうふそろってオーディオが趣味しゅみだとかで、防音ぼうおんの部屋へやがひとつあった。アンプやスピーカーは、倉庫そうこ会社かいしゃの倉庫そうこに、レコードと共ともに眠ねむっている。厚あついカーペットを敷しきつめた部屋へやに、ぼくは、第だい二にゆたか荘そうから持もってきたささやかなオーディオ装置そうちを、置おいてみた。

「ぜいたくだ」

「なにが?」

と、ミーヨは笑わらっている。

「このくらいのカーペットだったら、ぼくならベッドに使つかえるのに」

カーペットに寝ねそべって、クラシックのLPをぼくたちは聴きいた。防音ぼうおんの部屋へやで音量おんりょうをあげてレコードを鳴ならすとどんなふうなのか、やってみたのだ。たいして面白おもしろくなかった。

ミーヨがコーヒーをわかしにキチンへいき、ぼくは防音ぼうおん室しつのカーペットに寝ねそべったままでいると、電話でんわが鳴なった。

キチンで電話でんわをとったミーヨが、

「あなたあ!」

と、大おおきな声こえで、ぼくを呼よんだ。テレビのホームドラマに登場とうじょうする、新婚しんこんの奥おくさんのような声こえと抑揚よくようだった。

キチンへいき、そこでぼくは電話でんわに出でた。

「よう、よう、よう」

電話でんわのむこうで、珍めずらしく小川おがわがいきまいている。

「あなたあ、ってのは、どこの誰だれのことだ」

「うるせえよ、ただの冗談じょうだんだ。いま、どこにいるんだ」

「道草みちくさ。引ひっ越こしたって聞きいたから、電話でんわしてみたんだ」

Click a word · hold for the whole sentence 0%