時間は、あいかわらず、ふっ飛んでいく。もう、十一月だ。時間の飛び去るスピードは、よりいっそう、速くなっていくようだ。季節の変化とも、深くつながっているにちがいない。秋は、急速に影を濃くしていく。そのスピードが、去っていく時間のスピードを、いちだんと加速させる。
ぼくの体の両わきをどこかへ飛び去っていく時間の速さ。その速さを、夏のころよりもさらに速いものとしてぼくに感じさせているもうひとつの要素は、ぼくの生活の変化だ。ミーヨが、いま、ぼくの生活のなかに、加わっている。アパートの部屋で、いっしょに暮している。これが生活と言えるかどうか、ぼくにもよくわからないけれど、ぼくの日々がミーヨとの共有のものになっていることは、たしかだ。
日々の密度が、濃くなったような気がする。いろんなものが、以前より、もっとくっきり、心に映じるようになった。感覚の幅が、ミーヨの登場によって、広がったのだろうか。カワサキに乗っていても、これまでには感じなかったようなことを、はっきりと意識するようになった。
以前は、カワサキとぼくとが完璧に一体となっていれば、ぼくにとってはそれで充分だった。だから、それ以外のことは、心に映じなくても感覚でとらえられなくても、なんの不足もなかった。
だが、いまでは、ミーヨがいっしょだ。ぼくとミーヨは一体だから、ぼくは以前のひとりぼっちのときにくらべると、二人分の大きさになっている。ぼくがぼく自身をとおしていろんなことを感じたり思ったりするのと同時に、さらにミーヨをとおして、感じ、思う。ぼくと外の世界との触れあう感覚の面積が、二倍になったのだ。実際には、二倍以上だ。そして、ミーヨとつながれて一体になった日々が加算されていくにつれて、感覚の面積は、どんどん大きくなっていく。楽しいことだ。と同時に、時間の飛び去るスピードが、ますます早くなっていく。
こんな感じを、友人の小川敬一に喋ったら、小川は、こう言っていた。
「ひとりの女に、おまえもついに惚れた。ただそれだけのこと」
仕事は忙しい。原稿輸送員は十二名にまで減ってしまい、フル回転だ。新入りが次々に入ってくるのだが、誰もみな、二日か三日で、顔を出さなくなってしまう。
ぼくとしては、忙しいほうが助かる。来年の夏には、南の島をめざしてミーヨといっしょに、ツーリングに出たい。そのため、ゼロに近いところから貯金をはじめなくてはいけない。
だが、自分で選びとる忙しさと、いやおうなしにふりかかってくる多忙さとでは、感じがすこしちがってくる。
日曜の午前中は、できるだけ休むようにしている。自動車教習所の貸しコースへ出かけていき、ぼくのカワサキでミーヨを大排気量車の免許試験にそなえさせるためだ。いまの段階では、車体との一体感と急制動を、ぼくにできるかぎり徹底的に教えこんでいる。
ミーヨとはすれちがいの日が多いけれど、週のうち半分は、夜だけなのだが、ミーヨといっしょに遊んでいられる。うたえるスナックの『道草』へ、よくいく。そして、ぼくたち以上にひんぱんに、小川がその店へ来ているのだそうだ。
「ナミちゃんとね。とっても仲がいいみたい」
いつもカウンターのなかにいるおばさんが、教えてくれた。
十一月のなかばに、ぼくたちは、引っこしをした。
部屋が八つある、大きな家だ。私鉄で東京を西へ出て、神奈川県に入ったすぐの、駅に近い住宅街の中だ。造成されてまだ数年の、閑静な住宅街だ。高いブロック塀でとりかこまれた、人をよせつけない感じのする家だ。邸宅、と呼んでもさしつかえないような構えだ。
ミーヨの母方の親類にあたる人が、奥さんとふたりだけで住んでいた家なのだそうだ。夫婦そろって三年間の予定でポーランドへ出張することになり、よかったら留守番がわりに若い人に住んでいてもらいたいと、その人からミーヨの母親に話が持ちこまれた。
家賃は無料だという。光熱費を負担し、改造したり模様がえしたりせずにそのまま住んでもらえればそれでいい、ということだった。
ぼくたちは、引っこした。ふたりには明らかに広すぎるし、家のつくりそのものに、たいへんな違和感がある。だが、家賃がないのは助かるし、なによりもいいことには、その家から歩いて三十分ほどのところに、広い自動車教習所がある。
日曜祭日ごとに、全コースを、貸しコースとして有料で開放している。ミーヨにカワサキを押させて歩いていけば、取りまわしの練習になる。
八つもの部屋は必要ではない。使用しない部屋をきめ、それ以外の部屋でぼくたちは生活することにした。家具は、倉庫会社に管理してもらっているという。
がらんとしてなにもない家のなかは、さっぱりして気持よかった。会社の先輩の、ロードレースをやっている男から、ロードレース用のマシーンの運搬に使うバンを借りてきて、一回ですべての荷物を運んでしまった。
夫婦そろってオーディオが趣味だとかで、防音の部屋がひとつあった。アンプやスピーカーは、倉庫会社の倉庫に、レコードと共に眠っている。厚いカーペットを敷きつめた部屋に、ぼくは、第二ゆたか荘から持ってきたささやかなオーディオ装置を、置いてみた。
「ぜいたくだ」
「なにが?」
と、ミーヨは笑っている。
「このくらいのカーペットだったら、ぼくならベッドに使えるのに」
カーペットに寝そべって、クラシックのLPをぼくたちは聴いた。防音の部屋で音量をあげてレコードを鳴らすとどんなふうなのか、やってみたのだ。たいして面白くなかった。
ミーヨがコーヒーをわかしにキチンへいき、ぼくは防音室のカーペットに寝そべったままでいると、電話が鳴った。
キチンで電話をとったミーヨが、
「あなたあ!」
と、大きな声で、ぼくを呼んだ。テレビのホームドラマに登場する、新婚の奥さんのような声と抑揚だった。
キチンへいき、そこでぼくは電話に出た。
「よう、よう、よう」
電話のむこうで、珍しく小川がいきまいている。
「あなたあ、ってのは、どこの誰のことだ」
「うるせえよ、ただの冗談だ。いま、どこにいるんだ」
「道草。引っ越したって聞いたから、電話してみたんだ」