冬のオートバイは、枯れ葉とのかけっこだ。そうでもしないと寒くて乗ってられない。
並木のある広い道路の交差点で、朝早く、カワサキにまたがり、ひとりで信号待ちしている。うっすらと空をおおった冬の雲の切れ目から、陽が射している。薄い陽ざしだ。人のいない歩道に、並木の影が、かろうじて、できる。木の枝さきに、葉はほとんど残っていない。枯れ葉になって、あらかた落ちてしまった。まもなく信号が青になるというとき、ななめうしろから、風が吹く。その風に乗って、カラカラカラと、乾いた小さな音が、アスファルトの路面を走ってくる。カワサキの右わきを、その音は、走り抜けていく。
一枚の落葉だ。路面を吹き渡る風に、その落葉は、水車のように、くるくると舞っている。固く枯れて褐色になった葉のさきが、アスファルトに触れ、カラカラと音を立てる。落葉は、まっすぐに交差点を渡っていく。信号が青にかわる。ギアを一速に入れ、おだやかにクラッチをつなぎ、やさしくアクセルを開ける。交差点のなかほどを、落葉は走っていく。カワサキが、その落葉に追いすがる。前輪のすぐ右を、落葉が走る。そのスピードに合わせて、アクセルを閉じる。落葉は風に負けまいとして一生懸命に走っているが、カワサキにとっては超低速だ。サイレンサーの効果があがっているのか、排気音が急に静かになる。
落葉は、左へ吹き寄せられてくる。前輪で踏みつけそうになる。左にハンドルをきって、避ける。その前輪のすぐ前を、落葉は、左へ渡る。そして、ひとしきり、まっすぐに走る。歩道のほうへ、寄っていく。
再び、交差点だ。風が、うしろから、強く吹く。青信号の交差点の手前で落葉は離陸し、交差点を飛んで渡る。アクセルを、ひと息に開ける。排気音が風の中に鳴り渡り、カワサキが落葉を追う。
ほんのわずかな差で、落葉の勝ちだった。交差点をこえ、歩道のふちに当たってとんぼがえりをし、歩道のむこうの植えこみの中に、飛びこんでいってしまった。あとは、風だけが残った。こんどは、その風と競争だ。一速から加速しつつ、ギアをあげていく。ふとかき消えたかと思うと、すぐにまたぼくの肩のすぐうしろから吹きはじめる風の、微妙に変化する走りっぷりに、四速への大まかなシフト・アップは、なぜか負けてしまっているような気がする。
ほかに車のいない直線で、四速のままアクセルを開けていく。風圧が体を叩く。さっきの風は置き去りにしたにちがいないと思っていると、うしろから顎のさきをかすめ、前方へ急速に吹き抜けていった。その一瞬、風の姿が目に見えたようだった。
夜おそく、街灯に照らされた並木の道路。人はもうとっくに家のなかに入ってしまっている。月のない夜だ。つらなっている水銀灯の街灯に、アスファルトの道路がうかびあがり、冬でも葉をつけている並木が、くすんで銀色に光っている。一本の樹に寄せて、電話ボックスが見える。明かるく照らされた黄色い電話機。ボックスの中はとてもあたたかいのではないかと、ふと思う。
冷たい木枯らしとの競争をあきらめ、吸気音を聞きながらおだやかに走っていると、ヘルメットのうしろにカチンと当たるものがある。
一枚の枯れ葉だ。ヘルメットの前にまわってきて、小さなグライダーのように、木枯らしのなかを滑空していく。風の中で反転するたびに、街灯の白い光を受けて、鈍く輝く。月のない夜の暗さと、自分の身のまわりだけしか照らさない街灯の光のせいで、前方にまっすぐのびている道路には、奇妙に奥行きが感じられない。そのなかを、枯れ葉が一枚、まっすぐに、飛んでいく。街灯の明かりのなかへ入っていくたびに、鈍く光る。暗さに奥行きが感じられないから、その枯れ葉は、空中の一か所に静止しているように思える。
その枯れ葉めがけて、ぼくは、カワサキで走った。すこしアクセルを開けてみた。枯れ葉は、位置をかえない。反転をつづけているから、飛んでいることにまちがいはない。だが、静止しているように見える。さらに、ぼくは、アクセルを開いた。右側の回転計の針が、左から右へ、あがっていく。枯れ葉には追いつけない。ギアは三速に入っている。排気音が爆発のように高まり、風圧が顔や体のいたるところに重くのしかかる。振動が体じゅうを駈けめぐる。
回転計の針は、赤く塗られたレッド・ゾーンの手前まできている。赤い部分の左端に、白い針がくっついている。三速でこの回転なら、時速で一三〇は出ているはずだ。これだけのスピードでふっ飛んでも、空中を飛んでいく一枚の枯れ葉に追いつけない。ありえないことだ。時速一三〇キロで飛ぶ枯れ葉が、あるわけない。こなごなにちぎれ飛んでしまうはずだ。
だのに、滑空しつつ反転をつづける枯れ葉が、前方に見える。追いつけない。追いはじめたときとおなじスピードで、枯れ葉は飛んでいく。そして、あるとき、いきなり、その枯れ葉は、ぼくのほうにたぐり寄せられてきた。あっと言うまもなく、ぼくを目がけてまっすぐに飛んできて、ゴグルに当たった。
ぼくは、急制動をかけた。時速一三〇キロからの急制動でも、ぼくのカワサキは、ふらつかなかった。前輪のダブル・ディスクは、おどろくほどの安定ぶりだ。すんなりとスタンディング・スティルの状態になり、ニュートラルを出してアクセルを閉じると、エンジンは八〇〇回転で安定したアイドリングへ落ちていった。
ふと下を見ると、一枚の枯れ葉が、ぼくの股の前のシートに、横たわっていた。ぼくがその枯れ葉を見ると同時に、風が吹き、枯れ葉はひらりと舞いあがり、ヘッド・ランプの光のなかを横切り、光の外へ出た瞬間、ふっと、かき消えた。カワサキの、前後左右のフラッシャーがつきっぱなしになっていることに、ぼくは気づいた。急制動でとまった瞬間、ぼくは、反射的に、ハザード・スイッチをオンにしたのだ。
ハザードを消し、ぼくは走りはじめた。すくなくとも今夜は、枯れ葉とのかけっこは、もうやめだ。二〇〇〇回転、時速五〇キロで排気音をドコドコいわせながら、ぼくとカワサキのほかに誰もいない、冬の夜の広い並木の道路を、走っていった。