← Library‹ 彼のオートバイ、彼女の島 18

冬ふゆのオートバイは、枯かれ葉はとのかけっこだ。そうでもしないと寒さむくて乗のってられない。

並木なみきのある広ひろい道路どうろの交差こうさ点てんで、朝あさ早はやく、カワサキにまたがり、ひとりで信号しんごう待まちしている。うっすらと空そらをおおった冬ふゆの雲くもの切きれ目めから、陽ひが射さしている。薄うすい陽ひざしだ。人ひとのいない歩道ほどうに、並木なみきの影かげが、かろうじて、できる。木きの枝えださきに、葉ははほとんど残のこっていない。枯かれ葉はになって、あらかた落おちてしまった。まもなく信号しんごうが青あおになるというとき、ななめうしろから、風かぜが吹ふく。その風ふうに乗のって、カラカラカラと、乾かわいた小ちいさな音おとが、アスファルトの路面ろめんを走はしってくる。カワサキの右みぎわきを、その音おとは、走はしり抜ぬけていく。

一いち枚まいの落葉らくようだ。路面ろめんを吹ふき渡わたる風かぜに、その落葉らくようは、水車すいしゃのように、くるくると舞まっている。固かたく枯かれて褐色かっしょくになった葉はのさきが、アスファルトに触ふれ、カラカラと音おとを立たてる。落葉らくようは、まっすぐに交差こうさ点てんを渡わたっていく。信号しんごうが青あおにかわる。ギアを一いち速そくに入いれ、おだやかにクラッチをつなぎ、やさしくアクセルを開あける。交差こうさ点てんのなかほどを、落葉らくようは走はしっていく。カワサキが、その落葉らくように追おいすがる。前輪ぜんりんのすぐ右みぎを、落葉らくようが走はしる。そのスピードに合あわせて、アクセルを閉とじる。落葉らくようは風ふうに負まけまいとして一生いっしょう懸命けんめいに走はしっているが、カワサキにとっては超ちょう低速ていそくだ。サイレンサーの効果こうかがあがっているのか、排気はいき音おんが急きゅうに静しずかになる。

落葉らくようは、左ひだりへ吹ふき寄よせられてくる。前輪ぜんりんで踏ふみつけそうになる。左ひだりにハンドルをきって、避さける。その前輪ぜんりんのすぐ前まえを、落葉らくようは、左ひだりへ渡わたる。そして、ひとしきり、まっすぐに走はしる。歩道ほどうのほうへ、寄よっていく。

再ふたたび、交差こうさ点てんだ。風かぜが、うしろから、強つよく吹ふく。青あお信号しんごうの交差こうさ点てんの手前てまえで落葉らくようは離陸りりくし、交差こうさ点てんを飛とんで渡わたる。アクセルを、ひと息いきに開あける。排気はいき音おんが風かぜの中なかに鳴なり渡わたり、カワサキが落葉らくようを追おう。

ほんのわずかな差さで、落葉らくようの勝かちだった。交差こうさ点てんをこえ、歩道ほどうのふちに当あたってとんぼがえりをし、歩道ほどうのむこうの植うえこみの中なかに、飛とびこんでいってしまった。あとは、風かぜだけが残のこった。こんどは、その風かぜと競争きょうそうだ。一いち速そくから加速かそくしつつ、ギアをあげていく。ふとかき消きえたかと思おもうと、すぐにまたぼくの肩かたのすぐうしろから吹ふきはじめる風かぜの、微妙びみょうに変化へんかする走はしりっぷりに、四よん速そくへの大おおまかなシフト・アップは、なぜか負まけてしまっているような気きがする。

ほかに車くるまのいない直線ちょくせんで、四よん速そくのままアクセルを開あけていく。風圧ふうあつが体からだを叩たたく。さっきの風かぜは置おき去ざりにしたにちがいないと思おもっていると、うしろから顎あごのさきをかすめ、前方ぜんぽうへ急速きゅうそくに吹ふき抜ぬけていった。その一瞬いっしゅん、風かぜの姿すがたが目めに見みえたようだった。

夜よるおそく、街灯がいとうに照てらされた並木なみきの道路どうろ。人ひとはもうとっくに家いえのなかに入はいってしまっている。月つきのない夜よるだ。つらなっている水銀すいぎん灯とうの街灯がいとうに、アスファルトの道路どうろがうかびあがり、冬ふゆでも葉はをつけている並木なみきが、くすんで銀色ぎんいろに光ひかっている。一いち本ほんの樹きに寄よせて、電話でんわボックスが見みえる。明あかるく照てらされた黄色きいろい電話でんわ機き。ボックスの中なかはとてもあたたかいのではないかと、ふと思おもう。

冷つめたい木枯こがらしとの競争きょうそうをあきらめ、吸気きゅうき音おんを聞ききながらおだやかに走はしっていると、ヘルメットのうしろにカチンと当あたるものがある。

一いち枚まいの枯かれ葉はだ。ヘルメットの前まえにまわってきて、小ちいさなグライダーのように、木枯こがらしのなかを滑空かっくうしていく。風かぜの中なかで反転はんてんするたびに、街灯がいとうの白しろい光ひかりを受うけて、鈍にぶく輝かがやく。月つきのない夜よるの暗くらさと、自分じぶんの身みのまわりだけしか照てらさない街灯がいとうの光ひかりのせいで、前方ぜんぽうにまっすぐのびている道路どうろには、奇妙きみょうに奥行おくゆきが感かんじられない。そのなかを、枯かれ葉はが一いち枚まい、まっすぐに、飛とんでいく。街灯がいとうの明あかりのなかへ入はいっていくたびに、鈍にぶく光ひかる。暗くらさに奥行おくゆきが感かんじられないから、その枯かれ葉はは、空中くうちゅうの一いちか所しょに静止せいししているように思おもえる。

その枯かれ葉はめがけて、ぼくは、カワサキで走はしった。すこしアクセルを開あけてみた。枯かれ葉はは、位置いちをかえない。反転はんてんをつづけているから、飛とんでいることにまちがいはない。だが、静止せいししているように見みえる。さらに、ぼくは、アクセルを開ひらいた。右側みぎがわの回転かいてん計けいの針はりが、左ひだりから右みぎへ、あがっていく。枯かれ葉はには追おいつけない。ギアは三さん速そくに入はいっている。排気はいき音おんが爆発ばくはつのように高たかまり、風圧ふうあつが顔かおや体からだのいたるところに重おもくのしかかる。振動しんどうが体からだじゅうを駈かけめぐる。

回転かいてん計けいの針はりは、赤あかく塗ぬられたレッド・ゾーンの手前てまえまできている。赤あかい部分ぶぶんの左端ひだりはしに、白しろい針はりがくっついている。三さん速そくでこの回転かいてんなら、時速じそくで一いち三さん〇れいは出でているはずだ。これだけのスピードでふっ飛とんでも、空中くうちゅうを飛とんでいく一いち枚まいの枯かれ葉はに追おいつけない。ありえないことだ。時速じそく一いち三さん〇れいキロで飛とぶ枯かれ葉はが、あるわけない。こなごなにちぎれ飛とんでしまうはずだ。

だのに、滑空かっくうしつつ反転はんてんをつづける枯かれ葉はが、前方ぜんぽうに見みえる。追おいつけない。追おいはじめたときとおなじスピードで、枯かれ葉はは飛とんでいく。そして、あるとき、いきなり、その枯かれ葉はは、ぼくのほうにたぐり寄よせられてきた。あっと言いうまもなく、ぼくを目めがけてまっすぐに飛とんできて、ゴグルに当あたった。

ぼくは、急きゅう制動せいどうをかけた。時速じそく一いち三さん〇れいキロからの急きゅう制動せいどうでも、ぼくのカワサキは、ふらつかなかった。前輪ぜんりんのダブル・ディスクは、おどろくほどの安定あんていぶりだ。すんなりとスタンディング・スティルの状態じょうたいになり、ニュートラルを出だしてアクセルを閉とじると、エンジンは八はち〇れい〇れい回転かいてんで安定あんていしたアイドリングへ落おちていった。

ふと下したを見みると、一いち枚まいの枯かれ葉はが、ぼくの股またの前まえのシートに、横よこたわっていた。ぼくがその枯かれ葉はを見みると同時どうじに、風かぜが吹ふき、枯かれ葉ははひらりと舞まいあがり、ヘッド・ランプの光ひかりのなかを横切よこぎり、光ひかりの外そとへ出でた瞬間しゅんかん、ふっと、かき消きえた。カワサキの、前後ぜんご左右さゆうのフラッシャーがつきっぱなしになっていることに、ぼくは気きづいた。急きゅう制動せいどうでとまった瞬間しゅんかん、ぼくは、反射はんしゃ的てきに、ハザード・スイッチをオンにしたのだ。

ハザードを消けし、ぼくは走はしりはじめた。すくなくとも今夜こんやは、枯かれ葉はとのかけっこは、もうやめだ。二に〇れい〇れい〇れい回転かいてん、時速じそく五ご〇れいキロで排気はいき音おんをドコドコいわせながら、ぼくとカワサキのほかに誰だれもいない、冬ふゆの夜よるの広ひろい並木なみきの道路どうろを、走はしっていった。

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