← Library‹ 彼のオートバイ、彼女の島 19

ナミの臨月りんげつは七なな月がつだ。二十にじゅう五ご日にちが予定よてい日ひになっている。小川おがわといっしょに、六ろく月がつのはじめから京都きょうとにいってしまった。録音ろくおんのためだ。京都きょうとに新あたらしくできたスタジオで、LPにおさめる十じゅう一いち曲きょくを臨月りんげつまでに録音ろくおんしてしまう。バックをつとめるミュージシャンたちと泊とまりこみ、共同きょうどうの生活せいかつをしているという。

七なな月がつのはじめに、京都きょうとのナミから、電話でんわが入はいった。ぼくは仕事しごとが夕方ゆうがたの六ろく時じにあがり、家いえにいた。ミーヨも、そばにいた。彼女かのじょの会社かいしゃの忙いそがしさも一いち段落だんらくしたのだ。

電話でんわで、ナミは、泣ないていた。なぜ泣なくのか、その理由りゆうを聞きこうとするのだが、要領ようりょうを得えない。レコーディングがあと二に曲きょく残のこっていて、その二に曲きょくがうまくいかない。うまくいかないのは小川おがわ敬一けいいちのせいだ。というところまで、なんとか聞きき出だした。

「来きて。すぐに来きて」

ナミは、泣ないている。

ミーヨが、しきりに彼女かのじょをなぐさめた。一いち時間じかんちかく電話でんわで話はなしをしたあと、ミーヨは送話そうわ口くちをふさいでぼくに言いった。

「来きてくれって、泣ないてる。いってあげなさい。お腹なかがいよいよ大おおきくなってきて、精神せいしん状態じょうたいが不ふ安定あんていなのよ」

「おまえ、小川おがわに説教せっきょうしてやれ」

「どこかへいっちゃって、いないんですって。いってあげなさい」

返事へんじをしかねていると、ミーヨは勝手かってに、

「だいじょうぶよ、コオはいくって言いってる」

と、約束やくそくしてしまった。

いってあげなさい、とミーヨはしきりに言ゆう。明あくる日ひ、現場げんばの通信つうしん社しゃではなく、AJEの本社ほんしゃへいき、夏なつの休暇きゅうかを早目はやめにとらせてもらえるかどうか、交渉こうしょうした。輸送ゆそう員いん全員ぜんいんのローテーションを考かんがえに入いれなくてはならないから、それは駄目だめだという。

四よん日かか五いつ日か、休やすみたいと言ゆうと、だったら休職きゅうしょくにしてほしいと言ゆう。それにぼくが応おうじると、こんどは、休職きゅうしょくよりも退職たいしょくにしてくれと言ゆう。休やすみをとるための休職きゅうしょくだということがほかの輸送ゆそう員いんにわかると都合つごうがわるい、などという。

電話でんわ一いち本ほんで勝手かってに休やすんでしまえばよかったのかもしれない。話はなしのもっていきかたが、へただったのだ。ぼくは、退職たいしょくした。また働はたらく気きならいつでも雇やとってやると言いい、入社にゅうしゃ内定ないてい書しょという一いち枚まいの書式しょしきに必要ひつよう事項じこうを記入きにゅうさせられた。不思議ふしぎな会社かいしゃだ。

夏なつにそなえて、カワサキは、整備せいびに出だしてある。栄光えいこうロードレース・クラブで使つかっている一流いちりゅうのファクトリーが、整備せいびをひきうけてくれた。オートバイは、ほかに、小川おがわのホンダCB400フォアⅡと、ミーヨが借かりたままのヤマハRD250がある。どちらも、やめにした。

小川おがわがガレージに置おきっぱなしにしている中原なかはら麻里まりのセリカで京都きょうとにいくことにきめた。ミーヨを誘さそったが、まだ東京とうきょうを出でられないと言ゆう。

「夏なつの休やすみは、ながくとりたいんだもの。会社かいしゃの部内ぶないで調整ちょうせいしなければいけないのよ」

中原なかはら麻里まりに、セリカを使つかう承諾しょうだくを得えるための電話でんわをした。自分じぶんも行いきたいと、麻里あさざとは言いった。

「今日きょうだよ」

「いいわよ、いつだって」

「いますぐだ」

「どこでひろってくれる?」

「インタチェンジまで、自前じまえで出でてこいよ」

「東京とうきょうの?」

「そう」

いつだったか、四よん輪りんのミラー折おりをやったときに小川おがわと落おち合あった、二子玉川ふたこたまがわのドライブ・インの名なを、ぼくは麻里あさざとに告つげた。

そのドライブ・インは、改装かいそう中ちゅうで休業きゅうぎょうだった。建材けんざいをおろしている小型こがたトラックのそばに立たって、麻里あさざとは待まっていた。

セリカに入はいってきた彼女かのじょが最初さいしょに言いった言葉ことばは、

「もう夏なつなのね!」

という驚おどろきの確認かくにんだった。

「去年きょねんの夏なつと同おなじ服ふくなのよ。気きがついた?」

「ぜんぜん」

「一いち年ねん後ごの夏なつではなくて、おなじ夏なつなんだと思おもいこみたいの。だから、おなじ服ふくを着きてるのよ」

「自分じぶんをだましてるわけだ」

「そうよ。いけないことかしら」

「他人たにんをまきぞえにするなよ」

「正解せいかい、という感かんじ。九十きゅうじゅう五ご点てん」

ぼくは笑わらった。

「京都きょうとまで遠とおいかな」

「ねえ、コオ。そう言いえば、一いち年ねんぶりでしょ。去年きょねんの夏なつ以来いらい、会あってないわね」

「そうかな」

「そうよ」

その根拠こんきょを、麻里あさざとは説明せつめいした。

「そうだな。一いち年ねんぶりだ」

「一いち年ねんものながいあいだ、なにをしてたの」

「いろいろだ。でも、退屈たいくつは、してなかった」

シートのなかで、麻里あさざとはぼくに向むきなおった。目めを輝かがやかせ、

「ねえ、ねえ、どうやったら、一いち年ねんものあいだ、退屈たいくつしないでいられるの?」

「秘訣ひけつなんて、なにもない」

「そうだろうとは思おもうんだけど」

東京とうきょうインタチェンジから、ぼくたちは東名とうめい高速こうそくにあがった。

途中とちゅう、一いち度どだけコーヒーを飲のみ、京都きょうとまで走はしりとおした。ひどくくたびれた。

録音ろくおんスタジオは、木屋町きやまちの南みなみのはずれにあった。大おおきな古ふるい民家みんかの裏うらにあり、おもての家いえに、ナミやミュージシャンたちが泊とまっているのだった。スタジオは、裏庭うらにわと倉庫そうこをつぶしてつくったという。

ナミは、小川おがわとのいさかいがすでにおさまったらしく、腹はらを突つき出だし、けろりとしていた。

「あと一いち曲きょく、のこってるの。ちょうどよかった。つきあって。いまの自分じぶんをこれまでの十じゅう曲きょくでさらけ出だして、もうほとんどからっぽなの」

「これがあるじゃないか」

ぼくは、ナミの腹はらを指ゆびさした。

「ずいぶん大おおきい。双子ふたごだな」

「お医者いしゃさんに聴診ちょうしん器きで聴きいてもらったの。中身なかみは、ひとりですって。寝ねてると、蹴けとばすのよ」

「なにが?」

「なかの赤あかん坊ぼうが、なかから、私わたくしのお腹なかを蹴けっとばすの」

小川おがわは、いつもとかわらない小川おがわだった。

「ちょっかいを出だしすぎたんだ。そしたら、怒おこって、泣なきだした。のこりの二に曲きょくについて、うたいかたをかえさせようと思おもったら、私わたくしを自分じぶん好このみの女おんなにかえようとしてると言いって、ナミは怒おこったんだ」

ナミとのいさかいを、小川おがわはそんなふうに説明せつめいした。

「人ひとを自分じぶんの好このみにはめるなよ。出でたとこ勝負しょうぶなんだから」

「おまえに言いわれなくても、わかってる。ミーヨは?」

「好すきなようにやってる」

「オートバイか」

「うん」

「死しぬぞ」

「え?」

「オートバイにかけては天才てんさいにちかいんだ。おまえなんか、ぜんぜんかなわない素質そしつだから」

「それは知しってる」

「でも、死しぬよ」

「なぜ?」

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