← Library‹ 彼のオートバイ、彼女の島 8

西宮にしのみやの白石しらいし美代子みよこから、二に度ど目めの手紙てがみがすぐに届とどいた。

『私わたくしも退屈たいくつなの』

という書かき出だしの手紙てがみだった。

『なんとなく感かんじてはいたのだけど、お手紙てがみを読よんで、はっきりしたみたい。退屈たいくつなのね。毎日まいにちの生活せいかつは、いちおうきまっていて、きちんとそれをやっていけば、それはそれでいいんだろうけれど、そのかわりに、いま自分じぶんのいるところから、ずっと先さきまで見みえてしまうみたい。どうしたらいい?』

こんな調子ちょうしで、便びんせん三さん枚まいに、書かいてある。

会社かいしゃは三み日かつづけて休やすみなので、ぼくは久ひさしぶりに学校がっこうへ来きてみた。

夏休なつやすみのまっさいちゅうなのだが、語学ごがくの単位たんいを落おとしつづけてきた連中れんちゅうのための夏期かき講習こうしゅうが七なな月がついっぱいはあるし、卒業そつぎょう提出ていしゅつの作曲さっきょくをするために学校がっこうへ出でてきている四よん年ねん生せいも多おおい。ぼくだって、四よん年ねん生せいだ。

学校がっこうのちかくの、民芸みんげいふうなコーヒー・ショップで、ぼくは、白石しらいし美代子みよこあての返事へんじを書かこうとしていた。

うまく書かけない。『私わたくしも退屈たいくつなの。どうしたらいい?』というような手紙てがみに、どんな返事へんじを書かいたらいいというのか。

窓まどの外そとを見みた。いい天気てんきだ。暑あつい。かっと陽ひが照てりつけ、夏なつらしい。

熱あつい陽ひざしは、素敵すてきだ。陽ひざしのなかにいると、たいていのことは、忘わすれてしまえる。あるいは、ほとんどのことが、許ゆるせてしまえる。自分じぶんを取とりまく空間くうかんの質しつが、ちがってくるから。

陽ひが照てらなくなると、日常にちじょうの現実げんじつのディテールが、ひとつひとつ意味いみありげにくっきりとしてきて、それぞれに重おもさを主張しゅちょうしはじめる。

強つよい、明あかるい陽ひが照てっているあいだは、そんなことはない。

『手紙てがみは苦手にがてだな』

と、青あおいサインペンで、ぼくは、便びんせんに書かいた。

『気きがむいたら、電話でんわを。電話でんわで喋しゃべったほうが、よく伝つたわるよ』

ぼくのアパートの部屋へやの電話でんわ番号ばんごうを書かき加くわえたら、それで返信へんしんはできあがりだった。

すでに切手きっての貼はってある封筒ふうとうに入いれ、封ふうをした。あて名なを書かいた。おなじ女おんなのこから二に度どつづけて手紙てがみをもらったのは、白石しらいし美代子みよこがはじめてだなと、ぼくは、ふと思おもった。

会社かいしゃでは、夏なつの休暇きゅうかが一いち週間しゅうかん、とれる。だが、輸送ゆそう員いんのローテーションを二十にじゅう四よん時間じかん休やすみなしで組くむ必要ひつよう上じょう、たいていの輸送ゆそう員いんは、一いち週間しゅうかんをふたつに分わけて、休やすまなくてはならない。ぼくも、そうだ。今日きょうからの三み日間かかんが、夏なつの休暇きゅうかの最初さいしょの部分ぶぶんにあたる。

貴重きちょうな休やすみなのに、コーヒー・ショップでこんなふうにぼうっとしているなんてもったいない、と思おもいながら、さらにぼくは、ぼうっとしていた。ひょっとして、友人ゆうじんの誰だれかが、あらわれるかもしれない。

店みせに何なん冊さつも置おいてあるマンガを見みていると、おなじ作曲さっきょく科かの男おとこが、三さん人にんそろって、あらわれた。栗木くりきに桃田ももた、そして大垣おおがきという男おとこだ。

ぼくを見みつけ、ドカドカとやってき、座ざ布団ふとんの敷しいてある小ちいさな椅子いすにすわった。

しばらく雑談ざつだんしていると、やがて、女おんなのこがひとり、入はいってきた。五ご線せんノートを何なん冊さつもかかえている。中原なかはら麻里まりという女おんなのこだ。彼女かのじょも、作曲さっきょく科かだ。いつも白しろいセリカGTに乗のっている。沢田さわだ冬美ふゆみとのドライブのためにぼくが借かりたことのある、あのセリカだ。

ほかの三さん人にんは、彼女かのじょに気きづかない。麻里あさざともぼくたちのほうを見みないまま、すこしはなれた席せきについた。ウエートレスに注文ちゅうもんを告つげ、煙草たばこを取とり出だし、一いち本ほん抜ぬいて、火ひをつけた。

煙けむりを吐はき出だしながら店みせのなかを見渡みわたし、彼女かのじょはぼくたちに気きづいた。

手てをあげてにこっと笑わらい、煙草たばこを唇くちびるにくわえたまま、五ご線せんノートをかかえ、ぼくたちの席せきへきた。となりの席せきから椅子いすを持もってきて腰こしをおろし、

「新宿しんじゅくでさあ――」

と言いいかけるところを、

「新宿しんじゅくでどうしたんだ。目めを三みつにしてもらったのか」

と、栗木くりきが茶化ちゃかす。それをうけて桃田ももたが、次つぎのようにつけ加くわえる。

「三みつでようやく人ひとなみにものが見みえるだろう」

麻里あさざとの目めは、細ほそい。といっても、ほんのちょっとなのだが。

ほっそりした、青白あおじろい顔かおを、まんなかから分わけてカールさせた髪かみが、両側りょうがわからとりかこんでいる。体からだも、すんなりと細ほそい。胸むねなんか、ふくらみがあるのかないのか、ぜんぜんわからない。快活かいかつな、拍子ひょうしぬけのするほどにさっぱりした女おんなのこだ。

「待まってたんだよ、麻里あさざと」

と、今度こんどは大垣おおがきだ。

「あたしを?」

「おまえでも、男おとこに待またれることがあるんだ」

「あなた、男おとこなの?」

「おまえは、なになんだ」

「それでも女おんなのつもりかよ」

「カンナだわ」

「カンナ?」

「そうよ。大工だいく道具どうぐのカンナ」

「なぜ?」

「男おとこの身みを削けずるもん」

と、麻里あさざとは、身みぶりを加くわえた。

「よく言ゆうよ」

三さん人にんの男おとこが、そろって笑わらった。

「その薄うすい腰こしで」

「助平すけべえねえ」

「でもさあ、男おとこをほろぼすのは、以外いがいにこういう女おんななんだ。なあ、橋本はしもと」

「こいつあ、知しらないよ。オートバイにまたがってばっかりだから」

ウエートレスが、麻里あさざとの注文ちゅうもんしたものを持もってきた。アイス・ウインナだ。広口ひろくちのずんぐりしたグラスにアイス・コーヒーを入いれ、コーヒーのうえにクリームが厚あつく白しろい層そうをつくっている。

「ああ、飲のみたかったんだ、これ」

グラスを持もち、麻里あさざとは口くちをつけた。

「白しろいヒゲができるよ」

グラスをかたむけると、クリームの下したから、アイス・コーヒーが口くちのなかに入はいってくる。こぼさずに飲のもうとすると、鼻はなの下したにクリームが白しろく八はちの字じひげのようにくっつく。

みんなは、それを見みて笑わらった。まるで幼稚ようち園えんだ。

麻里あさざとは、サンダルの先さきでぼくのブーツのヒールを軽かるく蹴けってよこした。

「どうしてるのよ、コオ、最近さいきんは」

「どうもしてない」

「ライブラリーでパブロ・カザルスを聴きいてたの。弾ひきながら、うーんって、何なん度どもうなるのね。感動かんどう的てき」

しばらくして、みんなで店みせを出でた。伝票でんぴょうは麻里あさざとが払はらった。

小ちいさな駐車ちゅうしゃ場じょうに、白しろいセリカのGTがとまっていた。ぼくたち五ご人にんは、乗のりこんだ。うしろの三さん人にんは、きゅうくつだ。麻里あさざとが運転うんてんした。

「五ご人にんも乗のると、ハンドルの感かんじが、ぜんぜんちがう」

やがてクーラーが、きいてきた。

どこへというあてはなく、都心としんにむかって走はしった。街道かいどうをいきながら、郵便ゆうびんポストをみつけたぼくは、セリカをとめてもらい、白石しらいし美代子みよこへの返事へんじを投函とうかんした。

走はしりながらいろんな雑談ざつだんが四よん人にんのあいだを飛とびかった。ぼくは、おおむね、黙だまっていた。

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