← Library‹ 大金塊 奇々怪々

ああ、それはどんなに長ながい長ながい一夜いちやだったでしょう。不二夫ふじお君くんは、まるでひと月がつもたったように感かんじました。あまりのことに、こわさを通とおりこして、心こころがしびれたようになって、ボウッとなってしまって、今いまにも気きをうしなうのではないかとあやぶまれたほどでした。

ピストルをかまえた怪かい人物じんぶつは、一いち晩ばん中ちゅうカーテンのかげから動うごかなかったのです。ですから、かわいそうな不ふ二夫にふ君くんは、朝あさまでまんじりともせず、カーテンとにらめっこしていなければならなかったのです。

しかし、その長ながい長ながい一夜いちやがすぎて、やっと、夜よるが明あけはじめました。部屋へやの中なかがなんとなく、ボウッとうす白じろくなって、表ひょうの道路どうろを牛乳ぎゅうにゅう屋やさんの車くるまが走はしる音おと、なっとう売うりの呼よび声ごえなどが聞きこえてきました。

「ああ、うれしい。とうとう朝あさになった。でも、賊ぞくは客間きゃくまのものを、根ねこそぎ持もっていったにちがいないが、ああ、ほんとうに、ぼくが子こどもで、どうにもできなかったのがざんねんだ。」

不二夫ふじお君くんは、ざんねんはざんねんでしたけれど、それでも、ホッとした気持きもちで、れいのカーテンのほうを見みますと、ああ、なんという執念しゅうねんぶかい、ずうずうしいやつでしょう。あいつは、まだじっと立たっているのです。ピストルをかまえて、カーテンの下したから長ながぐつの足あしを見みせて、だまりこくって、立たっているのです。

それを見みますと、不二夫ふじお君くんはぞっとして、また首くびを毛布もうふの中なかへちぢめてしまいました。

いったい、この怪かい人物じんぶつは何なんをしようとしているのでしょう。となりの客間きゃくまをガタガタいわせていた同類どうるいたちは、とっくに立たちさってしまったのに、こいつだけが、なんのためにいつまでも居残いのこっているのでしょう。

外そとはだんだん明あかるくなってきたらしく、カーテンの上うえのすきまから、ほの白しろい光ひかりがさしこんできました。でも、カーテンの織おり物ものが厚あついのと窓まどの外そとに木きがしげっていますので、賊ぞくの影かげがすいて見みえるほどではありません。カーテンのひだのふくらみで、それとわかるばかりです。

まくらもとの置おき時計とけいがもう六ろく時じ十じゅう分ふんまえをしめしています。やがて、書生しょせいの喜多村きたむらが、不二夫ふじお君くんを起おこしにやってくるころです。

おお、廊下ろうかにそれらしい足音あしおとが聞きこえてきました。喜多村きたむらです。喜多村きたむららしい、かっぱつな歩あるき方かたです。

不二夫ふじお君くんは、その足音あしおとを聞ききつけて、あんどするよりも、かえってドキドキしました。

「もし喜多村きたむらがふいにはいってきたなら、カーテンのかげのやつは、まさか、じっとしていやしない。逃にげだしてくれればいいけれど、もし、いきなり喜多村きたむらめがけてピストルをうつようなことがあれば、それこそ、たいへんだ。」

そう思おもうと気きが気きではありません。

しかし、何なんも知しらぬ書生しょせいは、もう部屋へやの入いり口ぐちまで来きて、コツコツとドアをたたいておいて、いきなり寝室しんしつの中なかへはいってきました。

「喜多村きたむら、いけない。はいってきちゃいけない。」

不二夫ふじお君くんは、書生しょせいに、もしものことがあってはいけないと、何なんもかもわすれて、するどくさけびました。

「え、ぼっちゃん、なんです。」

喜多村きたむらは、びっくりしたように、戸口とぐちに立たちどまりましたが、目早めばやいかれは、その瞬間しゅんかん、カーテンのうしろの人影ひとかげを見みつけてしまいました。

「あ、そこにいるのは、だれだ。」

逃にげるどころか、喜多村きたむらは、いきなり賊ぞくのほうへかけよったではありませんか。不二夫ふじお君くんが喜多村きたむらを気きづかうように、喜多村きたむらのほうでも、ぼっちゃんの一いち大事だいじとばかり、われをわすれてしまったのです。

「喜多村きたむら、いけない。」

不二夫ふじお君くんは思おもわずベッドをとびおりて、書生しょせいのうしろから、その手てを取とって、引ひきとめようとしました。

でも、喜多村きたむらは、もうむちゅうです。ピストルのつつ先さきも目めにとまらぬかのように、カーテンのほうへつめよっていきました。喜多村きたむらは勇敢ゆうかんな青年せいねんでした。それに柔道じゅうどう初段しょだんの免状めんじょうを持もっているほどで、腕うでにおぼえがあるのです。

「やい、返事へんじをしないか。……さては、きさま、どろぼうだな。うぬ、逃にがすものか。」

喜多村きたむらは、まるで土佐犬とさいぬのような勇いさましいかっこうで、まっかな顔かおをしてどなりながら、パッとカーテンに組くみついていきました。

「あ、あぶない、賊ぞくがピストルを……。」

不二夫ふじお君くんは、今いまにもパンというピストルの音おとが聞きこえ、喜多村きたむらが血ちを流ながしてたおれやしないかと、息いきもできないほどでした。

ところが、ピストルの音おとではなくて、バリバリというおそろしい音おとがしたかと思おもうと、おや、これはどうしたというのでしょう。書生しょせいはカーテンにとびついた勢いきおいで、そのむこうの窓まどガラスをやぶってしまったのです。そして、その場ばにころがってしまいました。

しばらくは、何なんがなんだかわけがわからず、喜多村きたむらも不二夫ふじお君くんも、キョロキョロそのへんを見みまわすばかりでしたが、やがて気きがつきますと、今いまのさわぎでめくれたカーテンのはしに、一いちちょうのピストルが、ひもでくくって、ぶらんぶらんとゆれながらさがっていました。カーテンの下したには、二ふたつの長ながぐつが、横よこだおしになってころがっていました。

不二夫ふじお君くんはそれを見みて、思おもわず顔かおをまっかにしてしまいました。ひもでぶらさげたピストルと、長ながぐつにおびえて、一いち晩ばん中ちゅう、息いきもたえだえの思おもいをしたのかと考かんがえると、はずかしくてしかたがなかったのです。

「なあんだ。人ひとかと思おもったら、長ながぐつばっかりか。まんまといっぱいくわされてしまった。……これ、ぼっちゃんのいたずらですか。」

喜多村きたむらは、指ゆびをけがしたらしく、それをチュウチュウ口くちですいながら、顔かおをしかめて、不二夫ふじお君くんをにらみつけました。

「そうじゃないよ。やっぱり、どろぼうなんだよ。」

不二夫ふじお君くんは、まだ赤あかい顔かおをしたまま、気きのどくそうに書生しょせいをながめて、ゆうべからのできごとを、手てみじかに話はなして聞きかせました。

「え、なんですって。じゃ、客間きゃくまの家具かぐを――。」

「そうだよ。あんなひどい音おとをたてていたんだから、きっと、何なんもかも持もっていったにきまっているよ。」

「じゃ、行いってしらべてみましょう。ぼっちゃんもいらっしゃい。」

大学だいがく生せい服ふくの喜多村きたむらと、パジャマ姿すがたの不二夫ふじお少年しょうねんとは、まだうすぐらい廊下ろうかをまわって、客間きゃくまへ急いそぎました。

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