「明智さん、だいじょうぶでしょうか。わたしはあんな強いことをいったものの、なんだか心配でしかたがありません。あいつは長いあいだ暗号をつけねらっていたらしいようすです。おそろしく執念ぶかいやつです。このつぎには、いったいどんなたくらみをするかと思うと、気が気ではありません。明智さん、何かうまいお考えはないでしょうか。」
宮瀬氏は、青ざめた顔で、名探偵の知恵にすがるようにいうのでした。
「ぼくも今、それを考えているのです。あいつはもう一度、ここへやってくると思います。この家へ近づかなくては、暗号の半分を、手に入れることはできないのですからね。
われわれはそれを待っていればいいのです。そして、ぎゃくにあいつのかくれ家をつきとめて、ぬすまれた暗号を取りもどせばいいのです。しかし、あいつもなかなか悪がしこいやつですから、たとえこの家へやってくるにしても、われわれのゆだんを見すまして、何か思いもよらないやりかたで、不意うちをするつもりにちがいありません。
われわれは、それをふせぐことを考えなければなりません。相手のてだてにのらない用心をしなければなりません。」
明智はもじゃもじゃの頭に、指をつっこみながら、しきりと考えていましたが、やがて何か思いついたらしく、にこにこしていいだしました。
「ああ、こいつは妙案だ。宮瀬さん、ぼくはうまいことを思いつきましたよ。これならばだいじょうぶ、相手にさとられる気づかいはありません。ちょっと電話を拝借します。ぼくの助手の小林という子どもを、ここへ呼びよせたいのです。」
宮瀬氏があっけにとられて、ながめているあいだに、明智はもう卓上電話機をとって、明智探偵事務所を呼びだしていました。
「ああ、きみ、小林君だね。すぐここへ来てもらいたいんだ。宮瀬さんのお宅、わかっているね。あ、それから、れいの化粧箱を持ってきてくれたまえ。自動車で、急いでね。じゃ、待っているよ。」
その電話が切れるのを待って、宮瀬氏はいぶかしげにたずねました。
「明智さん、その妙案というのは、どんなことなんです。わたしには、聞かせてくださってもいいでしょう。」
「それは、こういうわけなのです。」
明智はあいかわらず、にこにこしながら説明をはじめました。
「賊が何かたくらみをするために、もう一度ここへやってくるとすれば、それをふせがなければなりません。いちばんいいのは、ぼくがお宅へとまりこんで、見はりをつとめることですが、それでは相手が用心をして近づかないかもしれません。
たとえ変装するにしても、家族がひとりふえたとなると、あんな悪がしこいやつですから、きっとあやしむにちがいありません。それにしても、さいぜんあなたが、ぼくの名を賊におっしゃったのはまずかったですよ。ぼくが、この事件に関係しているとわかっては、賊はいよいよ用心ぶかくなりますからね。
それで、ぼくのかわりにだれかと考えたのですが、けっきょく、ぼくの助手の小林に、この役をつとめさせることを思いついたのです。
小林を使うというのには、わけがあります。じつはお宅へうかがったときから、気づいていたのですが、こちらのぼっちゃん、不二夫君といいましたね。あのぼっちゃんがからだのかっこうから、顔のまるいところなんか、ぼくの助手の小林と、ひじょうによく似ているのです。年は小林のほうが上でしょうが、ぼっちゃんは大がらなので、せいの高さなども同じぐらいなのです。
そこで、ぼくはへんなことを考えついたのですよ。少しとっぴな考えですから、おおどろきになるかもしれませんが、助手の小林を不二夫君のかえ玉にして、しばらくここへ、とまらせていただくことにしたいと思うのです。」
それを聞きますと、あんのじょう、宮瀬氏は目をまるくしました。
「へえ、うちの不二夫のかえ玉ですって? で、いったいそれは、どういうお考えなのです。」
「小林を不二夫君に変装させて、不二夫君の部屋に住まわせるのです。夜も不二夫君のベッドに寝させるのです。まさか、そのかえ玉を学校へ通わせることはできませんが、かぜをひいたていにして、休ませておけばいいのです。そして、賊のやってくるのを待つのです。小林はまだ子どもですが、探偵の仕事にかけては、じゅうぶん、ぼくのかわりがつとまるほどの腕まえを持っています。けっしてへまをやるようなことはありません。」
「なるほど、そういうわけですか。しかし、それじゃほんとうの不二夫のほうはどうするのです。不二夫がふたりもいては、おかしいじゃありませんか。」
「ほんとうの不二夫君は、しばらくぼくがおあずかりしたいのです。助手の小林に変装させて、ぼくの家にいていただくことにしたいのです。学校のほうは、少しのあいだ休ませなければなりませんが、そのかわりに、ぼくなり、ぼくの家内なりが先生になって、みっちり勉強させますよ。
なぜ、そんな手数のかかるまねをするかといいますとね、これにはもう一つ別のわけがあるのですよ。というのは、ぼくは不二夫君の身のうえに、何か危険なことが起こりはしないかと、心配するからです。
賊は、あなたの指輪の秘密を知りませんから、暗号そのものをぬすみだすことはできません。何か、あなたにひどい苦しみをあたえて、あなたががまんしきれなくなるように、しむけるにちがいありません。
それには、さしあたって、不二夫君がいちばん目をつけられやすいと思うのです。子どもをかどわかして、その身のしろとして、暗号の半分をよこせという、よくある手です。ぼくは、賊がそれを考えているんじゃないかとおそれるのです。さっきの電話の口ぶりが、なんだかそんなふうに感じられましたからね。」
「ふうん、なるほど、おもしろい考えですね。そうすれば不二夫も安全だし、あなたの少年助手も、だれにもうたがわれないで、わたしの家にとまりこめるというわけですね。なるほど、こいつは名案ですね。」